第三話:暴走(すりこぎ)
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異変に気づいたのは、三日後のことだった。
ぴえんからのLINEが止まらない。
「らむねらむね! 今日も一人成敗してきた!」
「らむね見て! こいつの裏アカ特定した!」
「らむね! 武士道サイコー!」
スマホの通知が鳴り止まない。一時間に23件。もはやスパムである。
私は嫌な予感がした。
**弟子が、暴走している。**
***
事の発端は、あの夜だ。
高田馬場での討ち入りを終えた後、ぴえんは変わった。目に光が宿った。涙が減った。代わりに、妙な自信が生まれていた。
「ねぇらむね、あたしも武士になれたかな」
からあげクンを頬張りながら、ぴえんはそう言った。
「まだ早い。お前は見習いだ」
「見習い……じゃあ、修行する!」
その時の私は、軽く考えていた。修行といっても、せいぜいスクショの取り方を練習するくらいだろうと。
**甘かった。**
***
三日後。
ぴえんのTwitterを開いて、私は絶句した。
「今日の戦果報告(剣)」
「浮気男、社会的に斬首しました♡」
「武士道サイコー☆彡」
添付されていたのは、見知らぬ男のLINEスクショだった。浮気の証拠。そして、その男の職場に送りつけたというDMのスクショ。
**いや待て。**
「誰これ」
私はLINEを送った。即既読。
「マッチングアプリで会った男!」
「二股してたから成敗した!」
「らむねに教わった通りにやったよ!」
教えてない。
私は一度も「見知らぬ男を無差別に成敗しろ」とは言っていない。
「ぴえん、落ち着け」
「あたし落ち着いてるよ!」
「落ち着いてない」
「落ち着いてる! だって武士だもん!」
武士は落ち着いているものだが、お前は落ち着いていない。
***
さらにツイートを遡ると、被害は一人ではなかった。
一日目:マッチングアプリで会った男A(二股発覚→職場に通報)
二日目:マッチングアプリで会った男B(ヤリモク発覚→インスタで晒し)
三日目:マッチングアプリで会った男C(既婚者発覚→奥さんにDM)
**三日で三人。**
いや、ペース早すぎないか?
しかも全員、ぴえん本人が被害を受けたわけではない。マッチングアプリで会って、相手のクズさを察知して、証拠を集めて、成敗している。
**それはもう、狩りだ。**
***
私はぴえんのアパートに向かった。
インターホンを押す。返事がない。ドアノブを回すと、開いた。鍵かけろよ。
「ぴえん?」
部屋の中は異様な光景だった。
壁一面に、男たちの顔写真が貼られている。SNSからダウンロードしたのだろう。それぞれの写真の横に、赤いマーカーで「済」「未」「調査中」と書かれていた。
**ホワイトボードまである。**
「らむね! 来てくれたの!」
ぴえんが奥から出てきた。目が輝いている。輝きすぎている。三日間寝てないだろ、その目。
「……ぴえん、これ何」
「作戦本部!」
作戦本部。
「この男たちは?」
「成敗候補! マッチングアプリで怪しいやつ、全部リストアップしたの!」
「何人いるの」
「47人!」
**四十七士かよ。**
***
私はぴえんを座らせた。
「落ち着いて聞け」
「うん!」
「お前、やりすぎだ」
「え?」
ぴえんの目から光が消えた。代わりに、涙が滲み始める。
「やりすぎ……? あたし、頑張ったのに……」
「頑張りの方向が間違ってる」
「でも、でも、武士道って——」
「武士道は、無差別殺人じゃない」
社会的殺人だけど。
***
私は深呼吸して、言葉を選んだ。
「いいか、ぴえん。武士には、守るべきものがある」
「守るべきもの……」
「自分の誇り。仲間の誇り。それを踏みにじられた時だけ、刀を抜くんだ」
「……」
「お前がりゅうきを成敗したのは正しかった。あいつはお前を裏切った。お前の誇りを傷つけた。だから討ち入りした」
「うん……」
「でも、マッチングアプリで会っただけの男を、片っ端から成敗するのは違う」
「……違う?」
「それは武士道じゃない。**ただの通り魔だ**」
ぴえんの目から、大粒の涙がこぼれた。
「あたし……通り魔だったの……?」
「まあ、社会的通り魔だな」
「うわああああん!」
泣き出した。本格的に泣き出した。まあ、この子は基本泣いてるから通常運転とも言える。
***
私はぴえんの隣に座った。
「でもな」
「……ひっく」
「証拠を集める能力は、すごい」
「……え?」
「三日で三人、全員の浮気の証拠を掴んで、社会的に仕留めた。普通はできない」
「……そう、かな」
「お前には才能がある。ただ、方向が間違ってただけだ」
ぴえんが顔を上げた。涙でぐちゃぐちゃだが、さっきより表情が柔らかい。
「らむね……」
「だから、次からは私に相談しろ。勝手に討ち入りするな」
「……うん」
「約束だ。武士に二言はない」
「……約束する」
私はぴえんの頭をぽんぽんと叩いた。
**弟子の教育は、難しい。**
***
その時、ぴえんのスマホが鳴った。
「……あ、やば」
「どうした」
「えっと……さっき成敗した男から、LINEきてる」
「何て?」
ぴえんがスマホを見せてきた。
「お前のせいで離婚することになった。慰謝料払え。じゃないと訴える」
**あー。**
これは、面倒なことになった。
「ぴえん」
「……はい」
「お前、既婚者にDMしたやつ、証拠残ってる?」
「……全部スクショしてある」
「よし。じゃあ戦えるな」
「え、戦うの?」
私は立ち上がった。
「当たり前だ。**売られた喧嘩は買う。それが武士道だ**」
***
窓の外、歌舞伎町のネオンが瞬いている。
新しい戦いが始まろうとしている。でも今回は、ぴえんの尻拭いだ。弟子を持つというのは、こういうことなのかもしれない。
まあいい。**武士は戦友を見捨てない。**
それに——正直、ちょっと楽しみでもある。既婚者の浮気男が、逆ギレして訴えるとか言ってきてるのだ。
**返り討ちにしてやる。**
社会的に。
***
『葉隠』にはこうある。
**「我人、生死の交わりを結ぶ」**
——武士は、命を懸けた絆で結ばれる。
つまり、**弟子の不始末は師匠が取る。**
そういうことだと私は解釈している。




