第二十三話:対峙(柊)
柊誠一郎の顔が、怒りで歪んだ。
「翔太……お前、何を考えてる」
「何も考えてない。ただ、お前を潰しに来ただけだ」
「潰す? 俺を?」
柊誠一郎が、笑った。
冷たい、嘲笑。
「お前に、何ができる」
「できるさ。お前の秘密、全部握った」
翔太が、私を見た。
私は頷き、ポケットからUSBメモリを取り出した。
「この中に、お前の犯罪記録が全部入ってる。誰にいくら渡したか、誰を脅したか、全部だ」
柊誠一郎の顔から、笑みが消えた。
「……お前」
「これを警察に渡せば、お前は終わりだ。汚職警官も、一緒にな」
「……」
「だから、大人しくしろ。親父」
***
沈黙が流れた。
柊誠一郎が、翔太を見つめている。
その目に、さまざまな感情が渦巻いているのが見えた。
怒り。驚き。失望。そして、何か別のもの。
「……翔太」
「何だ」
「お前、本気で俺を潰す気か」
「本気だ」
「なぜだ。俺は、お前に全部与えてやったじゃないか。金も、車も、マンションも」
「俺が欲しかったのは、そんなものじゃない」
翔太の声が、震えていた。
「俺が欲しかったのは、お前に認められることだった。息子として、見てもらうことだった」
「……」
「でも、お前は最初から、俺を息子だと思ってなかった。道具としか、思ってなかった」
柊誠一郎が、黙った。
「28年間、俺は何だったんだ。お前の駒か? 飾りか? 他人の子供を、よく28年も飼ってたな」
「翔太」
「もういい。聞きたくない」
翔太が、私の手を取った。
「行くぞ、らむね」
「待て」
柊誠一郎が、一歩踏み出した。
「その女を置いていけ」
「断る」
「翔太。お前は、まだ間に合う。その女を渡せば、今日のことは忘れてやる」
「……何言ってんだ」
「お前は、騙されてるんだ。その女に、利用されてるだけだ」
翔太が、笑った。
「利用されてる? お前に言われたくない」
「翔太」
「お前こそ、俺を利用してただろ。息子のふりさせて、便利に使ってただろ。どっちが酷いんだよ」
柊誠一郎の顔が、歪んだ。
「……そうか。お前は、もう俺の息子じゃないんだな」
「最初から、息子じゃなかっただろ」
「……そうだな」
柊誠一郎が、懐に手を入れた。
やばい。
「翔太、逃げろ!」
私は、翔太の腕を引っ張った。
同時に、柊誠一郎の手に、拳銃が握られていた。
***
「動くな」
柊誠一郎が、銃口を私たちに向けた。
「USBを渡せ」
「……」
「渡さないなら、撃つ」
私は、翔太を見た。
翔太は、歯を食いしばっていた。
「渡せば、見逃してやる」
「嘘だ」
私は言った。
「お前みたいな奴が、約束を守るわけない」
「……小娘が」
「撃ちたきゃ撃てばいい。でも、銃声が聞こえたら、下の連中が駆けつけてくる。そうなったら、お前も説明しなきゃいけなくなる」
「……」
「それに」
私は、スマホを取り出した。
「このUSBの中身、すでにクラウドにバックアップしてある。私を殺しても、データは消えない」
嘘だ。
バックアップなんてしてない。
でも、柊誠一郎には分からない。
「……」
柊誠一郎の目が、揺れた。
「どうする? 撃つか?」
私は、一歩前に出た。
「撃てばいい。でも、お前の人生も終わる。道連れだ」
***
沈黙。
柊誠一郎と私が、睨み合う。
時間が、止まったように感じた。
そして。
「……ふん」
柊誠一郎が、銃を下ろした。
「面白い女だ」
「……」
「度胸がある。柊グループに来ないか」
「は?」
「お前みたいな女、欲しかったんだ。頭が良くて、度胸があって、嘘を平気でつける女」
「……冗談だろ」
「本気だ。金なら、いくらでも出す」
私は、柊誠一郎を見つめた。
この男は、本気で言っている。
狂ってる。
「断る」
「なぜだ」
「お前みたいなクズの下で働く気はない」
「クズ……」
「お前は、女を道具としか思ってない。借金漬けにして、風俗に沈めて、使い捨てにしてきた」
「それが、ビジネスだ」
「ビジネス?」
私は、笑った。
「人の人生を壊すことが、ビジネス?」
「……」
「お前は、地獄に落ちるべきだ。私が、落としてやる」
***
柊誠一郎が、再び銃を構えた。
「……やはり、殺すか」
「撃てよ」
「死ぬぞ?」
「死なない。私には、仲間がいるから」
その時。
窓ガラスが、割れた。
***
外から、何かが飛び込んできた。
煙幕弾だ。
部屋の中が、白い煙で満たされる。
「何だ!?」
柊誠一郎が叫ぶ。
「らむね! こっち!」
ゆめかわの声が聞こえた。
窓の外に、ロープが垂れている。
「翔太、行くぞ!」
「ああ!」
私と翔太は、窓に向かって走った。
背後で、銃声が響いた。
でも、煙で視界が効かない。弾は、どこにも当たらなかった。
私は、ロープを掴んだ。
そして、飛び降りた。
***
『葉隠』にはこうある。
「生きて虜囚の辱めを受けず」
生きて捕虜になる恥を受けるな。
私は今夜、死地に飛び込んだ。
そして、生きて帰った。




