第十九話:潜伏(倉庫)
「例の倉庫」の場所を特定する必要があった。
「翔太のスマホ、ハッキングできない?」
私はゆめかわに聞いた。
「無理。iPhoneのセキュリティ、マジで固い」
「じゃあ、どうする」
「別の方法がある」
ゆめかわがニヤリと笑った。
「翔太のインスタ、位置情報オンになってるでしょ」
「うん」
「過去の投稿、全部調べた。『倉庫』っぽい場所で撮った写真、一枚だけあった」
ゆめかわがスマホを見せてきた。
翔太が、シャッターの前で撮った写真。背景に、看板の一部が映っている。
「これ、拡大したら——」
「『〇〇運輸』って読める……」
「そう。で、この運輸会社を調べたら——」
ゆめかわが地図を表示した。
「江東区に倉庫がある。ここだと思う」
さすがゆめかわ。
「よし。明日、偵察に行く」
***
翌日。午後2時。
私と病み子は、江東区の倉庫街にいた。
「あれだ」
目の前に、大きな倉庫があった。
看板には「〇〇運輸」と書いてある。ゆめかわが特定した場所だ。
「人、いますね」
病み子が囁いた。
倉庫の前に、黒い車が3台停まっている。スーツの男たちが、入口を警備している。
「……会議、本当にやるみたいだな」
「どうしますか」
「近づけない。遠くから見るだけだ」
私たちは、向かいのビルの影に隠れた。
***
午後2時50分。
黒いベンツが、倉庫の前に停まった。
運転席から、男が降りてきた。
50代くらい。白髪混じりの短髪。鋭い目つき。
「……あれが、柊誠一郎」
病み子が、カメラを構えた。
パシャ。パシャ。パシャ。
「顔、撮れました」
「よくやった」
私は、柊誠一郎を見つめた。
こいつが、諸悪の根源。
こいつが、歌舞伎町で女を食い物にしてる組織のトップ。
こいつを潰せば、全部終わる。
***
午後3時。
倉庫の中で、会議が始まったらしい。外からは中の様子は見えない。
「らむねさん、これ以上は危険です」
「分かってる。——でも、もう少しだけ」
「何をするんですか」
「車のナンバー、全部控える」
私はスマホを取り出し、停まっている車のナンバーを撮影した。
「これで、誰が会議に参加してるか分かる」
「なるほど……」
「あとで、ゆめかわに調べてもらう」
***
午後4時。
会議が終わったらしい。男たちが、倉庫から出てきた。
柊誠一郎が、部下と何か話している。
距離があって、声は聞こえない。
でも、表情は見える。
怒っている。
何かに、怒っている。
「……何かあったのかな」
「分かりません」
柊誠一郎が、車に乗り込んだ。
ベンツが、走り去っていく。
「追いますか?」
「無理だ。向こうは車だ」
私たちは、倉庫を見つめていた。
そして——気づいた。
一人、残っている。
若い男が、倉庫の前で煙草を吸っている。
他の車は全部行ったのに、一人だけ残っている。
「あれ、翔太じゃないですか」
病み子が言った。
本当だ。
柊翔太が、倉庫の前に立っている。
何か、考え込んでいる様子だ。
「……何やってるんだ、あいつ」
***
翔太が、スマホを取り出した。
誰かに電話をかけている。
私たちの位置からは、声は聞こえない。
でも、表情は見える。
泣きそうな顔をしている。
「……どうしたんだろう」
「分かりません」
翔太が、電話を切った。
そして、倉庫の壁を殴った。
「っ——!」
拳を押さえている。痛そうだ。
何があった。
翔太が、車に乗り込んだ。
そして、走り去っていった。
***
私たちは、その場を離れた。
「らむねさん」
「なに」
「翔太、何かあったんですかね」
「分からない。——でも、何かあったのは確かだ」
私は考えた。
会議の後、翔太だけが残っていた。
壁を殴るほど、感情的になっていた。
親父と、何かあったのか。
「……もしかしたら、使えるかもしれない」
「使える?」
「翔太が、親父と対立してるなら——」
私は、スマホを取り出した。
翔太に、LINEを送る。
「翔太さん、今日時間ありますか? 会いたいです」
すぐに既読がついた。
そして、返信。
「会いたい。今から来れる?」
かかった。
「行きます」
私は、病み子と別れて、翔太のマンションに向かった。
***
翔太のマンション。
インターホンを押すと、すぐにドアが開いた。
「さくらちゃん……」
翔太の顔は、疲れていた。目が赤い。泣いていたのかもしれない。
「どうしたんですか……? 大丈夫ですか……?」
「……うん。大丈夫」
「嘘。全然大丈夫じゃないじゃないですか」
私は、翔太の手を握った。
演技だ。でも、本気で心配しているように見せる。
「何かあったんですか……? 話してください……」
翔太が、私を見た。
そして——崩れた。
「親父に……言われたんだ」
「何を……?」
「お前は、俺の息子じゃないって」
***
『葉隠』にはこうある。
「敵の内に味方あり」
——敵の中にも、味方になる者がいる。
翔太は、柊誠一郎の息子だ。
でも、今は——敵の敵かもしれない。




