第十八話:籠絡(翔太)
柊翔太との「デート」が始まった。
一回目は、恵比寿のイタリアン。
二回目は、銀座の寿司屋。
三回目は、表参道のカフェ。
全部、翔太の奢りだ。
こいつ、本当に金だけはある。
「さくらちゃん、今日も可愛いね」
「ありがとうございます……翔太さんに会えて、嬉しいです」
「俺もだよ。さくらちゃんといると、癒されるわ」
嘘つけ。他にも何人も女いるくせに。
でも、顔には出さない。ニコニコしながら、翔太の話を聞く。
***
翔太は、自分の話をするのが大好きだった。
「俺さ、来月また新しい車買うんだ」
「すごい……何台目ですか?」
「5台目かな。ポルシェ、フェラーリ、ランボルギーニ、ベンツ——」
「すごい……私、軽自動車しか乗ったことないです……」
「マジ? 今度、俺の車乗せてあげるよ」
「本当ですか!? 嬉しい……」
興味ない。
「俺の親父、めっちゃ金持ちなんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。不動産とか、いろいろやってて」
「へえ……」
「まあ、ぶっちゃけ俺が遊んでも、全然減らないくらい金あるから」
それ、自慢になると思ってるのか。
「翔太さんのお父さん、どんな人なんですか?」
「親父? うーん、厳しい人かな。仕事一筋っていうか」
「怖そう……」
「怖いよ。マジで。俺も昔、めっちゃ殴られたし」
「えっ……」
「まあ、今は大人しくなったけど。——歳だしね」
翔太が笑った。
歳か。
柊誠一郎は50代。確かに、若くはない。
「お父さんと、仲いいんですか?」
「まあまあかな。仕事の話はあんまりしないけど、金はくれるから」
「仕事の話、しないんですか?」
「しない。親父、秘密主義だから。何やってるか、俺も詳しくは知らない」
秘密主義か。
やっぱり、翔太から直接情報を引き出すのは難しいかもしれない。
でも、別の方法がある。
***
四回目のデート。
翔太のマンションに、招待された。
「今日、うち来ない? 夜景綺麗だよ」
来た。
普通なら断る。危険だ。
でも、今回は目的がある。
「……いいですよ」
「マジ? やった」
翔太が嬉しそうに笑った。
馬鹿め。
***
翔太のマンションは、港区のタワマンだった。
40階。夜景は確かに綺麗だ。
「どう? すごくない?」
「すごい……こんな部屋、初めて見ました……」
「だろ? 家賃、月80万だよ」
親が払ってるんだろ。
「座って座って。何か飲む?」
「じゃあ、お水を……」
「水? シャンパンとかないの?」
「お酒、弱くて……」
「そっか。じゃあ、水ね」
翔太がキッチンに向かった。
今だ。
私は素早く部屋を見回した。
リビング。高級そうな家具。でも、書類とかは見当たらない。
翔太のスマホが、テーブルの上に置いてある。
これだ。
私はスマホを手に取った。ロックがかかっている。
指紋認証。顔認証。——無理だ。
でも、通知は見える。
画面に、LINEの通知が表示されていた。
「親父」からのメッセージ。
「明日の会議、15時に変更。場所は例の倉庫」
倉庫?
私は、スマホで通知画面を撮影した。
「はい、水」
翔太が戻ってきた。
私は素早くスマホを元の位置に戻した。
「ありがとうございます」
「どうしたの? 顔赤いよ」
「え、あ、夜景が綺麗で……ドキドキしちゃって……」
「可愛いなあ、もう」
翔太が、隣に座ってきた。
近い。
「さくらちゃんさ——」
翔太の手が、私の肩に触れた。
まずい。
「あの、トイレ借りていいですか!?」
「え、あ、うん。そこ」
私は逃げるようにトイレに向かった。
***
トイレの中で、深呼吸した。
危なかった。
でも、収穫はあった。
「例の倉庫」。明日の15時。
柊誠一郎が来る場所が分かった。
私はスマホを取り出し、姐さんにLINEを送った。
「情報取れました。明日15時、倉庫で会議があるみたいです」
すぐに返信が来た。
「よくやった。場所は分かるか」
「分かりません。でも、翔太のスマホに情報があるはずです」
「どうやって見る」
「……考えます」
私はトイレを出た。
翔太が、ソファで待っている。
「大丈夫?」
「はい、すみません……」
「無理しなくていいよ。今日は、ゆっくりしよ」
翔太が、優しく笑った。
こいつ、悪い奴じゃないのかもしれない。
一瞬、そう思った。
でも、すぐに打ち消した。
こいつの親父は、何人もの女を地獄に落としてる。
こいつも、その金で生きてる。
同罪だ。
***
その夜、私は翔太のマンションを後にした。
「また会おうね、さくらちゃん」
「はい……また」
「次は、もっとゆっくり……ね」
翔太がウィンクした。
私は、作り笑いを返した。
次はない。
次に会う時は、お前を潰す時だ。
***
『葉隠』にはこうある。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」
——虎の穴に入らなければ、虎の子は得られない。
危険を冒さなければ、情報は得られない。
私は今夜、虎の穴に入った。
そして、虎の子を掴んだ。




