第十六話:調査(柊)
柊グループ。
歌舞伎町の裏で暗躍する、半グレ組織。
私たちの新しい敵だ。
「まず、情報を集める」
私は「地獄極楽」のホワイトボードに、大きく「柊」と書いた。
「敵を知らずに戦いは挑めない」
「でも、相手は組織だよ……?」
ぴえんが不安そうに言った。
「今までの個人とは、わけが違うんじゃ……」
「違う。だから、慎重にやる」
私はゆめかわを見た。
「ゆめかわ。柊グループについて、何か分かった?」
「調べてる。でも、情報が少ない」
ゆめかわがノートパソコンを開いた。
「表向きの会社はいくつか見つけた。不動産、飲食、人材派遣。全部、柊の関連会社」
「代表者は?」
「ダミーだと思う。名前は出てるけど、たぶん雇われ社長」
「本当のトップは?」
「分からない。『柊』って呼ばれてるらしいけど、本名も顔も不明」
私は腕を組んだ。
情報がなさすぎる。
***
「姐さん」
私は姐さんに聞いた。
「柊について、もっと詳しく知ってる人いませんか」
「……いるにはいる」
「誰ですか」
「昔の知り合いだ。今は足を洗ってるけど、当時は柊の下で働いてた」
「会えますか」
「会えるかどうかは、向こう次第だな」
姐さんがスマホを取り出した。
「連絡してみる。——ただ、気をつけろよ」
「何をですか」
「この件に首を突っ込むと、後戻りできなくなる。お前たち、本当にいいんだな?」
私は、メンバーを見回した。
ぴえん。ゆめかわ。病み子。もこ。
全員が、頷いた。
「いいです。——覚悟はできてます」
***
二日後。
姐さんの知り合いと会うことになった。
場所は、池袋の喫茶店。歌舞伎町から離れた場所を指定された。
「柊の耳は、歌舞伎町中にある。あそこで会うのは危険だ」
姐さんがそう言った。
私と姐さん、二人で池袋に向かった。
***
喫茶店に入ると、奥の席に女が一人座っていた。
40代くらい。黒いスーツ。髪はきっちりまとめている。
一見すると、普通のOLに見える。
でも、目が違う。修羅場をくぐってきた目だ。
「久しぶり、沙羅」
女が姐さんに声をかけた。
「ああ。——元気そうだな、美咲」
「まあね。今は堅気だから」
女——美咲が、私を見た。
「この子が、噂の『らむね』?」
「ああ。うちのリーダーだ」
「へえ……若いね。何歳?」
「22です」
「22か。——私がその歳の時は、まだ歌舞伎町でホステスやってたな」
美咲が、コーヒーを飲んだ。
「で、柊について知りたいんだって?」
「はい」
「なんで」
「戦うためです」
美咲の目が、一瞬鋭くなった。
「……本気で言ってる?」
「本気です」
「死ぬよ?」
「かもしれません。でも——」
私は、美咲の目を見た。
「逃げたら、もっと死ぬ人が出る」
***
美咲が、しばらく私を見つめていた。
そして——笑った。
「……いい目してるね」
「ありがとうございます」
「分かった。話してあげる。——ただし、ここだけの話だよ」
「はい」
美咲がテーブルに身を乗り出した。
「柊グループのトップ、『柊』の正体。——柊誠一郎っていう男だ」
「柊誠一郎……」
「50代。元ヤクザ。組が解散した後、半グレ組織を作った」
「顔は分かりますか」
「直接会ったことはない。でも、噂は聞いてる」
美咲の声が、低くなった。
「冷酷で、狡猾で、執念深い男だって。一度目をつけられたら、どこまでも追ってくる」
「……」
「あと、女を道具としか思ってない。柊の下で働いてた女は、みんな使い捨てにされた」
「使い捨て……」
「借金を背負わされて、風俗に沈められて、稼げなくなったらポイ。——私も、危なかった」
美咲が、自分の首筋を撫でた。
そこには、うっすらと傷跡があった。
「逃げる時に、つけられた。——一生消えない」
***
私は、拳を握った。
「許せない」
「……え?」
「そいつ、許せないです。——絶対に潰します」
美咲が、私を見た。
「……あんた、本気だね」
「本気です」
「分かった。じゃあ、もう一つ教えてあげる」
美咲がスマホを取り出した。
「柊の弱点」
「弱点……?」
「どんな組織にも、弱点がある。柊グループも例外じゃない」
美咲が、画面を見せてきた。
そこには、一人の男の写真があった。
若い。20代後半くらい。柊誠一郎とは違う、チャラそうな顔。
「誰ですか」
「柊翔太。柊誠一郎の息子」
「息子……」
「親父と違って、バカで、女好きで、自己顕示欲が強い。SNSにも顔出ししてる」
「SNS……?」
「インスタ、やってるよ。鍵なしで」
私は、その名前を頭に刻んだ。
柊翔太。
「親父は用心深いけど、息子はザル。——狙うなら、息子からだね」
美咲が、ニヤリと笑った。
「息子を落とせば、親父も崩れる」
***
帰りの電車の中。
私は、スマホで柊翔太のインスタを検索した。
あった。
フォロワー1万2000人。投稿は、高級車、ブランド品、夜の街、女——典型的な「金持ちアピール」アカウントだ。
「こいつが、柊の息子……」
姐さんが、私のスマホを覗き込んだ。
「バカそうだな」
「バカそうですね」
「でも、だからこそ危険だ。バカは予測できない行動をする」
「分かってます」
私は、柊翔太の顔を見つめた。
こいつから、崩す。
戦いの、第一歩だ。
***
『葉隠』にはこうある。
「敵の弱きを攻めよ」
——敵の弱点を攻めろ。
正面から組織と戦っても、勝てない。
だから、弱点を探す。弱点を突く。
それが、弱者の戦い方だ。




