第十五話:予兆(新章)
平和な日々は、また長くは続かなかった。
日曜日の夜。
私のスマホに、一本の電話がかかってきた。
「……もしもし」
「姫咲らむね、だな」
男の声だった。
低い。冷たい。——聞いたことのない声。
「……誰」
「名乗る必要はない。用件だけ伝える」
「……」
「お前たち、調子に乗りすぎだ」
私の背筋が、凍った。
「健太を潰した。涼介を潰した。斎藤を潰した。——やりすぎだ」
「……何が言いたい」
「警告だ。これ以上続けるなら、こっちも動く」
「こっちって、誰」
「知らなくていい。——お前たちの敵だ、とだけ言っておく」
電話が切れた。
***
私は、スマホを握りしめていた。
手が震えていた。
脅迫だ。
誰かが、私たちの活動を快く思っていない。
健太、涼介、斎藤——私たちが潰した男たち。その後ろに、誰かがいる?
それとも、歌舞伎町で暗躍している別の組織?
分からない。
でも、一つだけ分かることがある。
私たちは、目をつけられた。
***
「地獄極楽」に、緊急招集をかけた。
深夜1時。全員が集まった。
「電話の内容は、今話した通りだ」
私は、メンバーを見回した。
「誰かが、私たちに警告してきた。『これ以上続けるなら、動く』と」
「動くって……何をするつもりなの……」
ぴえんが、怯えた声で聞いた。
「分からない。でも、ただの脅しじゃない気がする」
「なんで?」
「声のトーン。本気だった。——あれは、実行する奴の声だ」
姐さんが、腕を組んだ。
「心当たり、あるか」
「ないです。健太も涼介も斎藤も、個人犯だった。組織のバックは見えなかった」
「じゃあ、別の線か」
「たぶん。——姐さん、何か知ってますか?」
姐さんが、少し考えた。
「……一つ、思い当たることがある」
「何ですか」
「歌舞伎町には、裏の顔役がいる」
「裏の顔役……?」
「表向きは合法的なビジネスをしてる。でも、裏では——」
姐さんが、声を落とした。
「ロマンス詐欺、ホストの売掛回収、風俗への斡旋。——全部、仕切ってる奴がいる」
「全部……?」
「そう。歌舞伎町で男が女を食い物にするビジネス、全部の元締めだ」
私は、息を呑んだ。
「そんな奴がいるんですか」
「いる。——柊グループっていう」
***
【柊グループ】
姐さんが知っている情報を、すべて話してくれた。
・歌舞伎町を拠点とする半グレ組織
・表向きは不動産、飲食、人材派遣
・裏では、詐欺、恐喝、風俗斡旋など
・トップは「柊」と呼ばれる男。本名不明。
・警察にも手が回っていて、なかなか摘発されない
「健太も、涼介も、斎藤も——」
姐さんが言った。
「もしかしたら、柊グループと繋がってたのかもしれない」
「繋がってた……?」
「詐欺で稼いだ金の一部を上納してた、とか。指示を受けてやってた、とか」
「そんな……」
「だとしたら、お前たちがやったことは——」
姐さんの目が、鋭くなった。
「柊グループのビジネスを邪魔したことになる」
***
沈黙が流れた。
メンバー全員が、言葉を失っていた。
ぴえんが、泣き出しそうな顔をしている。
ゆめかわが、珍しく真剣な表情をしている。
病み子が、マスクの下で何かを呟いている。
もこが、震えている。
「……らむね」
姐さんが言った。
「ここで止めるか?」
「……」
「止めるなら、今だ。これ以上深入りしたら、引き返せなくなる」
私は、考えた。
止める?
ここで止めて、普通の生活に戻る?
——できるわけがない。
「止めません」
私は言った。
「え……らむね……」
ぴえんが、私を見た。
「止めない。——逃げたら、武士じゃない」
「でも……危ないよ……」
「危ないから、何だ」
私は立ち上がった。
「今まで、何度も危ない目に遭った。健太にナイフを向けられた。警察に事情聴取された。それでも、私は戦い続けた」
「……」
「なんでか分かる?」
「……分かんない」
「逃げたら、今まで救った人たちに顔向けできないから」
私は、メンバーを見回した。
「もこ。お前を救った。斎藤を潰した。——それを、なかったことにできるか?」
「……できない、です」
「ぴえん。お前を救った。涼介を潰した。——逃げていいのか?」
「……逃げたく、ない」
「ゆめかわ。病み子。お前たちも、戦う理由があるだろ」
「……ある」
「あります」
「なら——」
私は、拳を握った。
「戦おう。最後まで」
***
姐さんが、笑った。
「……いい目だ、らむね」
「姐さん」
「お前、本物の武士になったな」
「……どうですか」
「ああ。認めてやる。——お前は、歌舞伎町の侍だ」
姐さんが、グラスを持ち上げた。
「いいだろう。あたしも付き合ってやる。——柊グループ、潰すぞ」
「姐さん……!」
「あたしも昔、あいつらに女を取られた。借金漬けにされて、風俗に沈められた女を、何人も見てきた」
姐さんの目に、暗い炎が燃えていた。
「そろそろ、落とし前をつける時だ」
***
その夜、私たちは誓いを立てた。
「柊グループを潰す。歌舞伎町から、クズ男を駆逐する。——そのために、命を懸ける」
全員が、頷いた。
新しい戦いが、始まる。
今までとは、スケールが違う。相手は個人じゃない。組織だ。
でも、怖くはなかった。
仲間がいるから。
私は、窓の外を見た。
歌舞伎町の夜景が、広がっている。
ネオンが瞬いている。
この街には、まだ泣いている女がたくさんいる。
救わなければならない。
それが、私の——私たちの武士道だ。
***
『葉隠』にはこうある。
「大敵を前にして怯むなかれ。武士の本懐は、戦いにあり」
——大きな敵を前にして、怯えるな。武士の本当の喜びは、戦いにある。
これは……たぶん、本当に葉隠に書いてある。たぶん。
まあ、いい。
戦いは、これからだ。




