第十話:依頼(天使)
電話の主は、天使もこと名乗った。
「あまつか、もこ……?」
「はい。あの、友達から聞いて……困ってる女の人を助けてくれるって……」
声が震えている。泣いている。
「落ち着いて。何があったの」
「あの、彼氏が……彼氏が……」
「彼氏が?」
「お金、持っていかれて……」
またか。
歌舞伎町、本当にクズ男しかいないのか。
「分かった。会おう。——今日の夜、来れる?」
「はい……どこに行けば……」
「歌舞伎町のスナック『地獄極楽』。場所はLINEで送る」
「ありがとうございます……」
電話が切れた。
私はスマホを置いて、深呼吸した。
新しい依頼だ。
***
夜8時。「地獄極楽」。
天使もこが、店に現れた。
第一印象は——眩しい。
金髪のボブ。天使の羽のイヤリング。白いワンピース。
歌舞伎町には似合わない、ピュアな雰囲気の女の子だった。
「あの、姫咲さん……ですか……?」
「らむねでいい。座って」
もこがカウンターに座った。姐さんがウーロン茶を出す。
「で、話を聞かせて」
「はい……」
もこが、ぽつぽつと話し始めた。
***
【天使もこの話】
・20歳。メンズエステ勤務。
・半年前、マッチングアプリで彼氏ができた。
・名前は「ユウト」。25歳。自称IT企業勤務。
・優しかった。毎日LINEをくれた。デートも楽しかった。
・3ヶ月目、「起業したい」と言われた。
・お金を貸してほしいと頼まれた。
・断れなかった。
・50万貸した。
・さらに30万貸した。
・さらに20万——
・気づいたら、100万円貸していた。
・そして先週、ユウトが消えた。
・LINEはブロック。電話は繋がらない。
・家に行ったら、もぬけの殻だった。
***
「……それで、どうしたいの」
私が聞いた。
「お金……返してほしいです……」
「他には?」
「他……?」
「復讐したいとか、社会的に殺したいとか、ないの?」
もこが首を傾げた。
「復讐……? いえ、そんな……」
「怒ってないの? 100万騙し取られたのに」
「怒って……ない、です」
もこの目は、澄んでいた。
「だって、ユウトくん、悪い人じゃないと思うから」
「は?」
「きっと、何か事情があったんだと思います。だから、話し合えば——」
「待って」
私はもこの言葉を遮った。
「お金持って逃げた男が、悪い人じゃない?」
「はい」
「話し合えば分かる?」
「はい」
「……本気で言ってる?」
「本気です」
もこが、真っ直ぐ私を見た。
「私、信じてるんです。悪い人なんて、いないって」
私は、言葉を失った。
こいつ、本物のピュアだ。
***
「姐さん」
私は姐さんを呼んだ。
「この子、どう思います」
「……ピュアすぎて怖いな」
「ですよね」
「でも、嫌いじゃない」
姐さんがもこを見た。
「お前、歌舞伎町でその考え方、損するぞ」
「よく言われます……」
「だろうな。——で、らむね。どうする」
「どうするって……」
私はもこを見た。
100万騙し取られて、それでも相手を悪く言わない。信じてる。話し合えば分かると思ってる。
馬鹿だ。
でも——
「……助ける」
「え?」
「助けるって言ったの。お金、取り返す」
もこの目が、キラキラ輝いた。
「本当ですか!?」
「本当。——ただし、条件がある」
「条件……?」
「私のやり方に、口を出さないこと」
「やり方……?」
「社会的に殺すかもしれない」
もこが、きょとんとした。
「社会的に……殺す……?」
「お前が望まなくても、私が必要だと判断したらやる。それでもいいなら、依頼を受ける」
もこが考え込んだ。
10秒。20秒。30秒。
そして——
「……分かりました」
「いいの?」
「はい。らむねさんを、信じます」
また「信じる」か。
この子、本当に——
「……分かった。じゃあ、依頼を受ける」
私はスマホを取り出した。
「ゆめかわ、病み子、ぴえん。——全員招集」
***
30分後。「地獄極楽」にメンバーが集まった。
「で、今回のターゲットは?」
ゆめかわが聞いた。
「名前はユウト。25歳。自称IT企業勤務。——たぶん全部嘘」
「写真は?」
もこがスマホを取り出した。
「これ……ユウトくんです」
画面には、爽やかな笑顔の男が映っていた。茶髪。整った顔。いかにも「誠実そう」な雰囲気。
「……これ、加工してない?」
「たぶん、してます……」
「他の写真は?」
「2人で撮ったやつなら……」
もこがアルバムをスクロールした。デートの写真が何枚も出てくる。
「これ、どこ?」
「新宿です。あと、渋谷と……池袋と……」
「全部都内か。——ゆめかわ、特定できそう?」
「やってみる」
ゆめかわがスマホを受け取った。
「インスタとかTwitterとか、聞いてる?」
「インスタは教えてもらいました。でも、今見たら消えてて……」
「消えてても、魚拓があれば——」
ゆめかわが操作を始めた。
「Wayback Machine、使えるかな……」
「なにそれ……?」
「ウェブサイトの過去の状態を保存してるサービス。運が良ければ、消える前のページが残ってる」
もこが目を丸くした。
「そんなことできるんですか……」
「できる。——あった」
ゆめかわがニヤリと笑った。
「ユウトくんのインスタ、魚拓残ってたよ。フォロワーリストも見れる」
「マジで?」
「マジ。——ここから辿れば、本名も住所も割れる」
ゆめかわが私を見た。
「狩りの時間だね」
***
深夜。
ゆめかわの調査が完了した。
「ユウトの本名、判明した」
「誰」
「斎藤雄大。27歳。住所は——」
ゆめかわがホワイトボードに書いた。
「埼玉県さいたま市。——あと、前科あり」
「また前科持ちかよ」
「詐欺で二回捕まってる。今回で三回目」
もこが息を呑んだ。
「詐欺……ユウトくん、詐欺師だったんですか……」
「そうみたいだね」
「でも、あんなに優しかったのに……」
「詐欺師は、優しいんだよ」
私が言った。
「優しくなきゃ、騙せないから」
「……」
「もこ。お前が信じてた『ユウトくん』は、最初から存在しなかった。いたのは、斎藤雄大っていう詐欺師だけ」
もこの目から、涙がこぼれた。
「……ひどい」
「ひどいな」
「ひどいです……」
「だから——」
私はもこの肩に手を置いた。
「取り返す。全部」
***
『葉隠』にはこうある。
「人を見て法を説け」
——相手を見て、話し方を変えろ。
もこは、ピュアだ。純粋すぎる。
だから私は、もこに合わせて話をした。
でも、やることは変わらない。
詐欺師は、社会的に殺す。
それが、私のやり方だ。




