第一話:斬首(社会的)
私の名前は姫咲らむね。職業、無職。趣味、元カレの社会的抹殺。
今、私の目の前には元カレ——佐藤健太(本名ダサすぎて逆に晒す価値がある)のTwitterアカウントが表示されている。フォロワー523人。しょぼい。しょぼいくせに女の匂いがするツイートばかり。
「今日も楽しかった〜!」
誰と? 言えよ。言えないんだろ。言えないようなことしてんだろ。
私はスクリーンショットを撮る。魚拓を取る。呼吸をするようにエビデンスを確保する。これが令和の武士道——記録こそ刃である。
三ヶ月前の私なら泣いていた。枕を濡らし、ODすれすれまで酒と薬を流し込み、「しんどい」「消えたい」と十五分おきにストーリーを更新していた。
でも今は違う。
私は『葉隠』を読んだ女だ。
Amazonで「メンタル 強くなりたい 本」と検索したら、なぜかサジェストされた江戸時代の武士道指南書。レビューには「現代人にこそ響く」「ビジネスマン必読」とか書いてあった。嘘つけと思いながらKindleで買った。そしたら人生変わった。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」
最初は意味わからなかった。でも三回読んで理解した。これ、「死ぬ覚悟があれば何でもできる」ってことだ。
つまり——社会的に死ぬ覚悟があれば、何でも殺せる。
私は今、その境地にいる。
元カレ・健太との出会いは歌舞伎町のガールズバー「らぶりんこ☆」だった。私が働いてて、向こうが客。典型的な地雷パターンである。
「らむねちゃんマジ可愛い」「俺、本気だから」「他の女とか関係ないから」
信じた私が馬鹿だった。いや、馬鹿じゃない。誠実さを信じることは武士として正しい。 裏切った側が悪なのであり、私の純情は一点の曇りもない。
交際二ヶ月目で同棲した。三ヶ月目で財布を握った。四ヶ月目で向こうの浮気が発覚した。
証拠? あるよ。LINEのスクショ84枚、ホテルの領収書3枚、位置情報の履歴、女のインスタアカウント、その女の本名と勤務先と実家の住所。
調べたんじゃない。自然と集まったんだ。 武士は常に戦場にいる。情報収集は息をするようにやるものだ。
そして今夜、私は最後の一太刀を振り下ろす。
健太のTwitterに紐づいた裏アカウント——こっちが本体——を特定するのに二日かかった。フォロワー52人。鍵なし。内容は主に下ネタと彼女(私)への愚痴だった。
「同棲してる女まじ重い」
「メンヘラすぎてウケる」
「でもセックスは良いんだよな〜」
は?
は????
セックスは良い。セックスは良い。セックスは良いんだよな〜〜〜。
三秒間、殺意で目の前が真っ赤になった。でも深呼吸。武士は激情に駆られて刀を抜かない。抜くときは、確実に仕留められるときだけだ。
私は準備した。健太の裏アカのスクショ。浮気相手とのLINE。ホテルの領収書。全部まとめてGoogleドライブにぶち込んだ。
タイトルは「佐藤健太の生態記録」。
共有設定:リンクを知っている全員。
そして今、私は健太の職場のSlackのオープンチャンネルのURLを眺めている。
どうやって手に入れたかは聞くな。武士には武士の諜報術がある。っていうか健太がログインしたまま寝落ちしてたパソコンを見ただけだけど。
「#雑談」チャンネル。社員47人が見ている。
私の指が震えている。興奮じゃない。これは武者震いである。
貼る。
リンクを、貼る。
ッターーーーン!(エンターキー)
十秒。
三十秒。
一分。
Slackが動き始める。
「え、これ佐藤?」
「まじかよ」
「やば」
「うわあ……」
私は静かにタブを閉じた。
武士は、仕留めたあとに獲物を眺めたりしない。
ただ、刀を鞘に収め、静かに去るのみ——
十五分後、LINEが鳴った。健太からだ。
「おまえ何した?????」
「会社でやばいことになってるんだけど」
「おまえだろ!? おまえがやったんだろ!?!?」
既読。
つけない。
武士は、勝利を誇示しない。ただ沈黙をもって答えるのみ。
さらに三十分後、電話が17回鳴った。全部無視した。
留守電が入っていた。再生した。
「らむね、頼む、あれ消してくれ……俺マジでクビになるかも……頼むから……」
泣いてた。
二十七歳の男が、泣いていた。
私は静かにボイスメモを保存した。追加証拠である。 武士は常に次の戦に備える。
窓の外、歌舞伎町のネオンが瞬いている。ドン・キホーテの観覧車がゆっくり回っている。
私はベッドに寝転がり、天井を見つめた。
勝った。
私は、勝ったのだ。
でも不思議と、心は凪いでいる。激情もない。虚しさもない。ただ静かな、達成感だけがある。
これが武士道か。
これが、私の見つけた武士道か——
スマホが鳴る。見ると、地雷仲間のぴえんからLINEだ。
「らむね聞いて〜〜〜〜泣泣泣 カレシがまた浮気してた〜〜〜〜泣泣泣 しにたい〜〜〜〜泣泣泣」
私は指を動かす。
「落ち着け。まず証拠を取れ。話はそれからだ」
送信。
彼女には彼女の戦がある。私にできるのは、道を示すことだけ——
『葉隠』にはこうある。
「恋の至極は忍恋と見立て候」
——恋の極みとは、忍ぶ恋である。
つまり、好きな相手には気持ちを悟られず、ただ静かに想い続けるのが最上だと。
違うが????
忍ぶな。殴れ。社会的に。
それが令和の、地雷系の、私の武士道だ。




