前世の失敗は繰り返さない、だから誰も愛さないと決めましたが
数多くの作品から目に留めていただき、ありがとうございます。
「シュタイン公爵家から婚約の打診が来たぞ!」
父が手紙らしき物を掲げながらバタバタとリビングに飛び込んで来た。
私は来年から王立学園に入学予定の弟ラウールの勉強を見てあげているところだったが、そうか、弟は将来有望な上、なかなかの美丈夫だ、早くから目を付けられても不思議ではない。それにしても公爵家とはまた身分違いな。
私はデュオル伯爵家の長女のケイティ、焦げ茶の髪に薄茶の瞳、地味で平凡な女である。ただ、努力の甲斐あって成績は優秀、将来は上級文官を目指している。
二歳年下の弟ラウールは、ハニーブロンドにエメラルドの瞳のたいそうな美少年、素直な性格で私を慕ってくれている仲のいい姉弟だ。
我が家としても跡継ぎのラウールと公爵家が縁付けば、伯爵家の将来は安泰だ。
「シュタイン公爵家と言うと、確か末のご令嬢が十二、三歳でしたわね、お名前は」
「なにを言ってるんだ、縁談はお前に来てるんだぞ、ケイティ」
「はあ?」
私はコテンと首を傾げた。
私?
「お相手は嫡男のジェラール殿だ、王立学園の一年先輩だろ? 学園で懇意にしていたなんて全く知らなかったぞ、なぜ言ってくれなかったんだ」
興奮した父に責められるが、全く覚えがない。
シュタイン公爵令息のジェラール様はもちろん存じ上げている。王立学園の三年生で、プラチナブロンドにラピスラズリの瞳のたいそうな美丈夫だ。その上、成績は入学以来ずっとトップで、剣術にも優れた文武両道の貴公子、令嬢からの人気は絶大だ。
未だに婚約者が決まっていないと聞いていたが、学園中の令嬢誰もがその座を狙って目を輝かせている超優良物件、噂によると、卒業までには相手を決める予定だとか。しかし、そんな選び放題の彼がなぜ私を?
「何かの間違いよ、私、シュタイン公爵令息と懇意どころか、挨拶も交わしたことないのよ」
「いや、しかし確かにお前の名前が」
父から手紙を受け取って確認した。確かにケイティ・デュオルと書いてある。そして、さっそく明日、正式に婚約を調えるために、公爵家へ来るようにと記されていた。
明日呼びつけるなんて、また無茶苦茶な。
しかし、我が家に拒否する権利はない。
*
公爵家からの申し出を断ることは出来ない。翌日、私は両親、ラウールと共にシュタイン公爵家へ赴いた。
シュタイン公爵夫妻も私への打診を納得しているようだった。きっと身辺調査は綿密に行われているはずだ。真面目で勉学一筋、浮いた話など一つもない私に問題点があるはずはない。見かけはともかく、合格点をもらったようで、満面の笑みで迎えられ、あれよあれよという間に書類にサインさせられ、恙なく婚約は成立した。
「今までどんなご令嬢にも興味を示さず、好条件の縁談も断ってきたジェラールが選んだのよ、私たちは歓迎するわ」
公爵夫人も手放しで喜んでいるようだった。
そこに私の意思は全くなかった。
「なぜ?……なのです」
公爵家の庭園で二人きりになった時――もちろん侍女は控えているが――やっと本人に聞けた。
「なぜ、私なんかを選んだのです?」
「俺に相応しいと思ったからだよ」
「こんなに地味で平凡な私が?」
「平凡ではないだろ? 入学以来、成績は断トツの一番、飛び抜けて優秀な君が平凡とは言い難いと思うが」
そう言うことですか、これだけ大きな公爵家ともなると膨大な執務があるだろう、美しいだけのお嬢様では公爵夫人としての役割は果たせない、なんなら、自分の仕事も手伝える便利屋が必要と言う訳か。
「私の頭脳をご所望と言う訳なのですね、承知いたしました、シュタイン公爵家のお役に立てるよう努力致します」
そう言うしかなかった。公爵家からの縁談を断れる立場にはない。
私が慇懃にお辞儀をしたところへ、
「お兄様ぁぁっ!!」
淑女らしからぬ大声を挙げながら、フワフワしたアッシュブロンドを靡かせて駆け寄ったのは、パントレー侯爵令嬢のメルフィナ様だった。クラスは違うが同じ学年の有名人だ。エメラルドの瞳、色白で可憐な感じの庇護欲をそそる可愛らしい令嬢で、学園一の美少女と誉れ高い。
「どう言うことなのです!」
彼女はジェラール様にしがみつき、瞳を潤ませながら見上げた。
あらまあ、豊満な胸がジェラール様の腕に当たって、彼がなんとも言えない嫌そうな顔をしているわ。ん? 嫌そう? こんな美少女に擦り寄られて、鼻の下が伸びない男もいるんだ。
「大声を出して、はしたないぞ」
「だってぇ、急に婚約ってどういう事なのです!!」
メルフィナ様はキッと私を睨みつけた。
ジェラール様はさりげなくメルフィナ様の手を解くと、私の肩を抱き寄せた。
「紹介しよう、婚約者のケイティ・デュオル嬢だ」
困ります! 家族以外の男性に触れられたことなんかないのに! 私は真っ赤になって俯いてしまった。
「彼女は遠縁に当たるパントレー侯爵家のメルフィナ嬢だ、君と同じ学年だったな」
「はい、存じております、よろしくお願いいたします」
「私は知らないわよ、そんな冴えない子」
「失礼じゃないか? 俺の婚約者って紹介したよね」
そっと見上げたジェラール様のお顔、怖いんですけど。そして、それを向けられたメルフィナ様は今にも泣き出しそうだ。
「だって、あまりに突然だったから、驚いてしまって」
「突然ではないよ、ずいぶん前から両親には相談していた」
「な……」
言いたいことはわかる、『なぜ彼女なの?』でしょ、でものその言葉を飲み込んだのは、ジェラール様の目が許さなかったからだろう。
ジェラール様を狙う令嬢の中でも、親戚で幼い頃から可愛がってもらっていた――彼女曰く――メルフィナ様が頭一つ抜きに出ていた。彼女自身もそのつもりで周囲には、正式に婚約するのは時間の問題だと吹聴していたらしいし、面目丸潰れだろう。
嫌な予感がする。彼女は男女問わず取り巻きが多くて女王様扱いだ。そんな人に睨まれたら平穏な学園生活が……。
なんだか、とんでもないことになってしまった。
私は結婚するつもりなんかなかったのよ、将来は一人で生きていくと決めていたし、その為に上級文官を目指して勉学に励んでいたのよ。それが目を付けられる羽目になるなんて思いもよらなかったわ。
なぜ一人で生きていくと決めているか、それは、私には前世の記憶があるからだ。
前世の私は、こことは違う世界、日本と言う島国で暮らしていた。この世界より科学が発達した世界だったが、残念ながら普通の事務職だった私に特別な能力はない。ましてやPCのないこの世界で生かせるスキルはなかった。
それはさておき、前世の私には愛する人がいた。高二から交際を始めて十年、彼だけを愛し続けた。結婚して幸せな家庭を築く未来を夢見ていた。二十代後半になり、そろそろ現実になろうとしていた矢先、彼は私を裏切って若い女に乗り換えた。
十年も一途に愛し尽くしてきた私はあっさり捨てられた。
前世で男に裏切られた私は、今世では絶対に誰も愛さない、信じないと決めた。愛していたから辛かった苦しかったのだ。愛さなければあんな絶望を味わうこともなかった。だから、もう誰も愛さない、一人で生きていこうと決めていた。
ジェラール様は私を愛しているわけではない、公爵家の執務をこなせる優秀な人材、条件が揃った便利な女が私だっただけだ。真面目で身持ちが堅く、従順に見えたのだろう。決して愛されたから選ばれたのではない、だから私も愛さない。愛のない結婚など貴族の婚姻には珍しくないのだから。
文官として働くつもりだったが、それが公爵家の執務に変わっただけだ。報酬は給与ではなく、贅沢な暮らしの保証に変わっただけだ。そう考えることにしよう。
そのうち彼は愛人を囲うだろう。頭お花畑でただ可愛いだけの女の方が殿方に愛されると決まっている。まあ、それでもいい、私は彼を愛さないのだから、決して。
*
ジェラール様と私の婚約は、翌日には学園中に知れ渡った。なぜなら、朝、シュタイン公爵家の立派な馬車が我が家へ迎えに来て、ジェラール様にエスコートされて登校したからだ。
注目を浴びることに慣れていない私は顔を上げられなかったが、戸惑う私をジェラール様は甘い笑みを浮かべながら気遣ってくれる。ランチも一緒、帰りも送ってくれた。
その日からそれが日課になった。
なんだか想像していたのと違う、私との結婚は能力を買った政略ではなかったの? これじゃまるで私を見初めたみたいじゃない。
静かだった私の学園生活は一転した。
ジェラール様は特定の令嬢と親しくしていなかったが、メルフィナ様を筆頭に、狙っている令嬢は数多くいた。既に婚約者がいる令嬢でも、あわよくば乗り換えようと窺っている始末、そこに現れた思わぬ伏兵の私が妬まれるのは無理もない。
鞄を隠され、教科書やノートを破られるベタな嫌がらせ、前世で読んだラノベの世界だわ、実際にこんな子供じみた事をする人がいるのだと呆れた。
悪意ある噂も流布した。どうやら私はジェラール様の弱みを握って、無理やり婚約を迫った悪女らしい。
「俺の弱みとはなんだろうな」
ジェラール様も噂を耳にしたようで悪戯っぽく笑った。
しかし、私に対する嫌がらせはいつの間にか無くなっていた。ジェラール様が何らかの手を打ってくれたのだろう。
でも彼女たちの気持ちはわかる、自分が好きな人の隣に立つのが、自分より見劣りする女なのが我慢ならないのだろう。簡単にあきらめるとは思えない。今のところ大事には至っていないが、そのうちに階段から突き落とされるようなイベントが発生するのではないかと我が身が心配だった。
そんな私の危惧も知らずに、ジェラール様の甘さは増す。
休日にはデートに誘ってくれる。評判のレストランやスイーツ店、人気のブティックでオートクチュールのドレス、それに合わせた高価なアクセサリーをプレゼントされ、それらを着けて話題の舞台を観劇する。毎日が夢のような日々に、いくら私でも浮かれないはずはない。
これは不味い方向に進んでいるわ。
彼との日々は、前世で愛した人との日々を彷彿させる。前世で彼と出会ったのは高校の時、今の年齢と同じなのよね。あの頃も彼といろんなところへ行った。いつも一緒にいて、確かに愛し合っていた、幸せだった頃の記憶が甦る。
今世の私は今まで殿方との個人的な付き合を避けてきたが、婚約者の申し出を断るわけにはいかないし、相手が超美形のジェラール様では抗えない。でもダメよ、私が彼を愛してしまえば、また、前世の失敗を繰り返すことになり兼ねない。決めたじゃないの! 前世の記憶を取り戻した時、失敗を繰り返さないって……。
しかし、心とは自分の思い通りにならないものだ。私がジェラール様に惚れこむのに時間はかからなかった。
彼と親しくなって気付いたことがある。いつも穏やかに紳士の笑みを浮かべているが、あくまで表面上で、どうも女性が苦手なようだ。だから今まで婚約者がいなかったのだろう。そしてあえて色気のない私を選んだのだろうか?
とにかく彼は私にだけ優しかった。
ジェラール様の溺愛ぶりに周囲が呆れるほど大切に扱ってくれた。
*
しかし、そんな様子を目の当たりにしていても、物ともしない強者もいる。
「ジェラールお兄様のお誕生日パーティー、楽しみですわ」
満面の笑みを浮かべながら、ランチを共にしているジェラール様と私に話しかけてきたのはメルフィナ様だ。
彼女はまだ全然諦めていないようだ。
ジェラール様が私を婚約者に指名するまでは、彼女が候補の筆頭だったのは周知の事実。遠縁でシュタイン公爵夫人からも気に入られていた彼女は、自分がジェラール様の妻になるのだと思い込んでいたようだ。ジェラール様曰く、『最初からそんなつもりはなかったし、母上にも誤解される振る舞いは控えてほしいと言っていた』そうなのだが、メルフィナ様は納得していないようで、いまだに私を婚約者と認めていない。
「今年も青色のドレスを仕立てましたのよ、ダンスが楽しみですわ」
青はジェラール様の瞳の色、私はその日のためにジェラール様から鮮やかなブルーのドレスをプレゼントされている。
「何度も説明しているが、俺はケイティと正式に婚約したんだ、誕生日パーティーでお披露目する予定で青いドレスを贈っている、彼女と被ってしまうから避けてほしい」
「え……毎年私が青いドレスを」
「俺は一度も贈ったことはないが」
ジェラール様の冷ややかな口調にメルフィナ様は固まった。
*
パーティー当日、メルフィナ様は淡いオレンジのドレスで現れた。ジェラール様の怒りを買いたくなかったのだろうが、あっさり諦めたとも思えない挑戦的な瞳を私に向けていた。
予定通り、私はジェラール様の婚約者として紹介された。
中流で金持ちでもなく社交界で幅を利かせているわけでもない権力など欠片も持ち合わせていない伯爵家の令嬢、見栄えも平凡で、美しいジェラール様の横に立つと釣り合わないと思われている視線が痛い。招待客たちの『うちの娘の方が相応しい』『私の方が美しいのになぜあの子なの?』と言う声が聞こえてきそうだ。きっと横に立つのがメルフィナ様なら納得するのだろうな。
それでもシュタイン公爵夫人がフォロー、
「ケイティ嬢は才女なのですよ、学園では常に成績トップで」
私も彼女を気に入っておりますの、と有難いアピールをしてくれた。夫人としては今まで女性に興味を示さなかった息子が初めて気に入った娘を逃しては、この先がないかも知れない、跡継ぎ問題に困ると焦っているのだろう。
おかげで私は思ったより居心地よく過ごすことが出来た。
しかし、事件はジェラール様が私から離れた少しの間に起きた。
狙ったように突進してきた令嬢に飲み物をぶっかけられた。
「きゃっ、申し訳ありません、足元がふらついてしまって」
白々しく謝るのはメルフィナ様の取り巻き令嬢だ。
「あら大変ですわ、ドレスが濡れてしまいましたわ」
わざとでしょ、テンプレ通りじゃない、汚すために飲み物をかけたのよね。
「シミになったら大変ですわ、こちらへ、侍女に染み抜きをさせましょう」
「大丈夫です、このくらい」
「いえ、いけませんは、さあさあ、こちらへ」
強く腕を掴まれる。
ここで大声を出しジェラール様を呼んだ方がいいのだろうか? 思案している間に、三人の令嬢に取り囲まれて、引き摺られるように会場から出された。
そして連れていかれた控室、放り込まれてガチャっと施錠された。
あーあ、これもまたベタなイベントだわ。きっとそこには、
「君が僕を呼び出したのか?」
予想通り、男性がいた。
「万……フィリップ・ネーベル伯爵令息」
「今、万年二位の、と言いかけただろう」
真面目そうな青年は同学年の秀才、ただし一度も私を上回ることが出来ない万年二位の成績で、いつもライバル心剝き出しの目で私を見ている。
そうか、彼が選ばれたのね。申し訳ないわ、勉学一筋で女っ気のないこの人を巻き込むなんて、彼も気の毒に。
「いったいなんの用だ? 今夜は君の婚約発表だろ?」
「そうなのよ、あなたも招待されていたなんて」
「我が伯爵家もシュタイン公爵家と繋がりはある。それより、今、鍵をかけられたような気がするのだが」
「ご明察、閉じ込められたのよ」
「なんで?」
「すぐにわかるわ、驚かないでね」
展開はわかっている、間もなくジェラール様を連れてメルフィナ様がやってくるのよね。
「まあ! こんなところで逢引きだなんて!」
予想通り、ドアが開くと同時にメルフィナ様が叫んだ。会場にも聞こえるような大声で。
「噂通り、ネーベル伯爵令息と恋仲だったのね」
「なんだって!」
フィリップ・ネーベル様は驚きの声を発した。無理もない、学園で顔を合わすことは多々あっても、二人きりで話をしたのはこれが初めてなのだから。
大声を挙げているメルフィナ様の後ろで、ジェラール様は険しい顔をしてこめかみを押さえる。こんなわかりやすい罠、ジェラール様はメルフィナ様の仕業だと察している。しかし腐っても親戚、ここで弾劾して騒ぎを大きくするのは避けたいのだろう。
「フィリップ殿、申し訳ない、なにか誤解があったようだ、会場へお戻りください」
ジェラール様は丁寧にネーベル伯爵令息に頭を下げた。
「は、はあ……」
訳がわからないと言った様子で首を傾げながら、ネーベル様は部屋を出て行った。
ジェラール様は私の手を取り、
「行こう」
少し痛いくらいに握りしめられた指から、彼の怒りが伝わってくる。関係ない人まで巻き込んだ茶番劇にかなりお冠のようだ。メルフィナ様はやりすぎた。そもそもこんなに幼稚な策をジェラール様が見破れないと思っていたのだろうか? 彼女の頭の程度が知れる。
「待ってよ、お兄様! 二人は以前から噂があったのよ、こんな現場を見てもなんとも思わないの」
ジェラール様は無視してスタスタと歩く、引っ張られる私は小走りで付いていく。
「お兄様ぁ!」
*
私たちは会場には戻らず、中庭に出た。初めて二人きりで言葉を交わした場所、なぜ? と尋ねた場所だ。夜の庭園はランタンの灯が揺れてロマンチックなムードを醸し出していた。
「せっかく発表してくださったのに、これで婚約は早々に破棄ですよね」
しかし、そぐわない会話をしなくてはならない。
「なぜ?」
「殿方と二人きりで密室にいた、貴族令嬢としてはアウトです。傷物を公爵家に迎えるわけにはいかないでしょ、メルフィナ様は騒ぎ立てるおつもりですよ」
「いいや、さっき騎士に指示して取り巻き共々摘み出したから、会場に戻れはしない」
「あら、いつの間に」
「メルフィナがあそこまでバカだったとは思わなかったよ。このことは両親に話して、パントレー侯爵家にも厳重に抗議するつもりだ。今後、公爵家へは足を踏み入れさせない。いっそ、領地へ閉じ込めてもらおう。パントレー家としても、うちとの関係がこじれたら困るだろう。次期公爵の俺に疎まれれば、王都の社交界でも肩身が狭くなる。パントレー家の未来と、勘違い娘の未来を天秤にかければ、どちらを選ぶかは明白だ」
うわぁ、相当怒っているわ。
「でも、そこまでしなくても」
「あの手のバカ女は、口で言っても理解できないんだよ。懲りずにまた何かしでかすに違いない」
またバカって言った。確かに懲りるどころかエスカレートしそうだけど……。
「君を傷つける者は許さない」
「なぜそこまで」
「愛しているから」
「嘘」
「そこは感激して喜ぶところじゃないのか?」
「愛だなんて、私たち、交際を始めてまだ一か月ですよ」
「君はそうかもしれないが、俺は君が入学した時からずっと見て来たから」
「入学した時?」
「入試トップの成績で新入生代表の挨拶をしただろ、女性があの場に立つのは珍しかったから印象的だった」
その点この学園は平等で、身分性別に関係なく実力主義だ。
「それ以来、気になってずっと見ていた、そして、君に恋をしていると気付いたから婚約を申し込んだんだ」
「だから、それが信じられません、私なんかより綺麗な令嬢は山ほどいるし」
「外見だけに惹かれる恋はすぐに泡沫と消えるものだ、君に対する想いはそうじゃない。君が努力して成績を維持しているのは知っている。図書館通いしているのも、教諭の手伝いをしているのも、クラスメートに勉強を惜しみなく教えていて、人望があるのも知っている。本当は生徒会に誘いたかったんだけど、表舞台に立つのは苦手そうだからやめたんだ」
そんなに見られていたなんて、全然気づかなかった。
「気持ち悪いかな、付き纏ってたみたいで」
「いえ……」
「学園では無意識に君の姿を捜していた、でもそうして見ているうちに素晴らしい女性だとわかったんだ。そしてこの一か月、直接君と接して、人柄に触れて、益々好きになった。君こそが一生を共にする女性だと確信した」
スンとした真顔でそれを言う? 聞いている方が恥ずかしいのだけど。
でも、絆されてはダメ、前世の彼も同じようなことを言ったけど、結局裏切った。簡単に信じてはダメ……なのに。
前世とは違うかも知れない。この人は前の彼とは別人なのだから……と淡い期待が広がる。
「本気にしちゃいますよ、私があなたを好きになったら責任を取れますか?」
「もう婚約しているのだから、責任は取っているだろ」
「私の愛は重いのですよ」
そう、私の愛は重い。
自分でコントロール出来ない程のめり込んでしまう。
重すぎて、前世では裏切った男を殺してしまった。
十年も一途に愛し尽くした私を裏切り、若い女と浮気をして、私をあっさり捨てた男を包丁で刺し殺したのだ。そして自分も自殺した。無理心中と言う大罪を犯してしまったのだ。
その記憶が甦った時、恐怖で体が震えた。転生しても本質は変わらない、また同じことを繰り返してしまうのではないかと怯えた。
きっと誰かを愛すればまたのめり込んでしまうだろう、そう言いう性分なのだ。たから誓った。二度とあんな過ちを犯さないように、私は誰も愛さないと。
でも、無理だったわ。心に嘘は付けない、もう彼を愛し始めている。
「裏切ったら、殺してしまうほど、私の愛は重いのですよ」
許されるのだろうか? 前世で大罪を犯した私が、この世界で愛を求めても……愛されて幸せになってもいいのだろうか?
「君が何を恐れているのかは知らないが、俺を信じてほしい」
ジェラール様は優しく抱きしめてくれた。
* * * * *
いいや、それは嘘だ、俺は君が何を恐れているのか知っている。君には前世の記憶があるんだろ? 俺にもあるんだよ。
幼い頃から繰り返し見る夢、それは女性に刺される悪夢だった。
だから俺は女性を恐れた。女性とは距離を取ってきた。いっそ結婚なんかしたくなかったが、公爵家嫡男と言う立場からそれが無理なのはわかっていた。
やがて悪夢が前世の記憶だと気付いた。俺はこの世界に生まれる前、女性に刺されたのだ。
少しずつ前世の出来事を思い出し、刺されたのは自業自得とわかった。十年も俺を愛して尽くしてくれた女性を裏切ってしまった。結婚を目前としていたが、ちょっとした倦怠期からくる浮気心で、若く可愛い女と関係を持ち、愛してくれた女性をゴミのように捨てた。
若い女に夢中になった俺は、彼女の気持ちなど気にもしなかった。どれほど傷つけたか、絶望させたかなど考えもしなかった。
追い詰めてしまったのは俺だ、彼女は俺を刺して、自分も自殺した。
しかし俺は一命を取り留めた。
俺はストーカーと化した元カノに襲われた不運な男として扱われ、彼女は殺人未遂で被疑者死亡のまま送検された。
しかし、彼女の献身を知っていた親しい友人たちは騙せない、俺は責められ、多くの友人を失った。そして結局、若い女とも別れた。
若い女との関係はアッという間に冷めた。所詮ただの火遊びだったのだ。本当に俺を愛してくれたのは彼女だけ、俺が本当に愛していたのは彼女だった。気付いた時にはもう後の祭り、彼女はこの世にいなかった。
ほんと、前世の俺は最低な奴だった。なんて愚かで、なんて酷い男だったのだろう。俺はあの時、彼女に殺されるべきだった。
その後の人生は一人で寂しく過ごした。彼女以上に愛する女性には巡り会えなかった。そして孤独のまま死を迎えた。
入学式のあの日、壇上のケイティを見た時、俺が前世で愛した彼女だとすぐにわかった。同じ世界で同じ時代に転生していた奇跡に感謝した。これは神様が与えてくれたチャンスだ! 今度こそ間違えない。よそ見などしない、彼女だけを愛する。
このことをケイティに話すつもりはない。あんな酷いことをした俺を許してくれるはずないもの、打ち明けたら拒絶されるに決まっている。また刺されるかもしれないし……。彼女を傷つけ絶望させて死に追いやった俺が許されるとは思っていない。
虫のいい話かも知れない、でも、だからこそ、償わせてほしい。
俺はそっとケイティを抱きしめた。
「君を愛している、だから信じてほしい、必ず幸せにするよ」
今度こそ俺は君を裏切らない、前世の失敗は繰り返さない。
おしまい
最後まで読んでいただきありがとうございました。
☆☆☆☆☆で評価、ブクマなどしていただけると励みになります。よろしくお願い致します。




