【第7話 魔王の影と、誤解の始まり】
ルミナスの街は、ざわついていた。
噂が広がっていた。
「魔王の軍勢が、北方の森を越えてきた」
「獣人たちの村が襲われたらしい」
「教会の予言が、当たったんだ……」
カイはギルドの掲示板を見上げた。
緊急依頼が貼り出されている。
「北方国境の偵察。魔王の動向を探れ」
報酬は高い。
危険も高い。
リアが心配そうに声をかけた。
「カイさん、行くの?」
カイは頷いた。
「うん。
何か……気になるんだ」
魔王。
この世界の「悪」の象徴。
女神の敵。
教会の聖典に書かれた、恐ろしい存在。
でも、カイの胸に、違和感があった。
転生時の女神の声。
神聖語の響き。
優しいのに、どこか悲しい。
魔王の力も、神聖語の変種だという噂を、
ドワーフの坑道で聞いたことがある。
カイは依頼を引き受け、北方へ向かった。
馬を借り、森を抜け、
獣人たちの村に着いた頃、
空は曇っていた。
村は荒れていた。
家屋が壊れ、
地面に爪痕のような跡。
獣人たちが唸り声を上げて、修復作業をしている。
カイは村の入り口で、
見覚えのある狐の女性を見た。
市場で出会った、獣人たちの一人。
彼女はカイに気づき、
低い唸りを上げた。
感情が伝わる。
……驚き。
……喜び?
カイは近づき、
ジェスチャーで聞いた。
「何が、あった?」
女性は地面に絵を描いた。
黒い影。
翼のようなもの。
そして、村を襲う絵。
魔王の軍勢か。
カイは胸がざわついた。
女性はもう一度唸り、
遠くの森を指差した。
……あそこに、行け。
カイは頷き、森の奥へ進んだ。
暗い木々の間。
風が冷たい。
すると、聞こえた。
低い、響き。
神聖語のような、
でも、歪んだ声。
カイは息を潜め、近づいた。
開けた場所に、影があった。
黒いマントを纏った、
人間のような姿。
背中に、影のような翼。
魔王の使いか。
影は独り言のように、
声を上げていた。
美しいのに、
恐ろしい響き。
人間には、ただの不気味な音に聞こえるだろう。
でも、カイの「欠片」が働いた。
感情が、ぼんやりと。
……悲しみ。
……孤独?
影は地面に膝をつき、
声を震わせた。
まるで、祈るように。
カイは一歩踏み出した。
枝が折れる音。
影が振り返った。
赤い瞳。
驚きの表情。
影は声を上げ、
カイに向かって手を伸ばした。
神聖語の響き。
でも、カイには通じない。
ただ、感情だけ。
……助けを?
影は近づいてくる。
カイは後ずさった。
誤解だ。
これは、威嚇じゃない。
でも、周囲から獣人たちの唸り声が聞こえた。
村人たちが、駆けつけてきた。
彼らは影を見て、
一斉に咆哮を上げた。
「グルルルル!」
戦闘態勢。
影は慌てて手を振った。
神聖語で、何かを叫ぶ。
でも、通じない。
獣人たちは突進した。
影は逃げようとしたが、
囲まれてしまう。
カイは叫んだ。
「待って!」
人間の言葉。
獣人たちには通じない。
カイは地面に膝をつき、
必死に絵を描いた。
影が祈っている絵。
助けを求めている絵。
獣人たちは止まった。
狐の女性が、カイの絵を見て、
首を傾げた。
影は震えながら、
もう一度神聖語を呟いた。
カイの胸に、感情が強く伝わってきた。
……誤解だ。
……私は、敵じゃない。
カイは立ち上がり、
影と獣人たちの間に立った。
ジェスチャーで、止まれ。
獣人たちは戸惑ったが、
カイの目を見て、武器を下ろした。
影はカイを見て、
涙を浮かべた。
神聖語で、ありがとう。
カイは頷いた。
まだ、言葉は通じない。
でも、この誤解が、
世界の始まりだったのかもしれない。
魔王の影は、ただの孤独な声だったのかもしれない。
カイは空を見上げた。
雲が、ゆっくりと開けていく。
第7話 終わり




