【第6話 教会の聖典と、聞こえる声】
ルミナスの街の中心に、教会はあった。
白い大理石の建物。
尖った塔が空を刺すようにそびえ、
入り口には女神の像が優しく微笑んでいる。
カイはここに来るのを、迷っていた。
転生直後、女神の声。
美しい響きだけが残り、意味はわからない。
でも、あの温かさは忘れられない。
ギルドの依頼で、教会の修復を手伝うことになった。
「聖堂の壁にヒビが入った。ドワーフのハンマーが役立つかも」
リアの言葉に、頷いた。
教会の扉をくぐると、静寂が広がった。
ステンドグラスから差し込む光が、床を虹色に染める。
数人の聖職者が祈りを捧げている。
一人の老司祭が、カイに近づいてきた。
「冒険者ギルドからの方かね?」
カイは頷いた。
「はい、カイです。修復を手伝いに」
司祭は優しく微笑み、
壁のヒビを指差した。
「ここじゃ。女神の加護が弱まっておるのかもしれん」
カイはハンマーを取り出し、
慎重に叩いた。
ドン……ドン。
振動が壁を伝う。
司祭は目を細め、
聖典を開いた。
そこに書かれた文字は、奇妙だった。
人間の言葉ではない。
神聖語の断片。
司祭は呟くように読んだ。
「女神の言葉……『光よ、集え』」
カイはハンマーを止めた。
……違う。
女神の声が、頭の中に響く。
転生時の、あの美しい響き。
意味はわからないが、感情が伝わる。
『光よ、集え』じゃない。
もっと、優しい。
『光よ、寄り添え』のような。
カイは司祭に近づき、
聖典を指差した。
「これ……違うかも」
司祭は眉をひそめた。
「何を言うかね。教会の解釈じゃよ」
カイは胸がざわついた。
説明したい。
女神から直接聞いたんだ、と。
でも、言葉で伝えられない。
神聖語は、人間には発音すら不可能。
カイは地面に膝をつき、
土に絵を描いた。
女神の像。
光が集まる絵。
でも、集まるじゃなく、寄り添うように。
司祭は首を傾げ、
他の聖職者を呼んだ。
数人が集まり、
カイの絵を見て囁き合う。
「異端か?」
「女神の言葉を疑うとは」
カイは汗が止まらなかった。
地球の記憶がフラッシュバックする。
面接の部屋。
言葉が詰まり、冷たい視線。
「何を言ってるかわからない」
また、同じ。
伝わらない。
カイの目が熱くなった。
悔し涙が、頰を伝う。
司祭の一人が、カイの肩に手を置いた。
優しい手。
「待て。
この者は、ただ伝えたいだけじゃ」
老司祭は聖典を閉じ、
カイの目を見て頷いた。
「女神の声が、聞こえたのかね?」
カイは頷いた。
司祭は微笑んだ。
「なら、信じよう。
言葉じゃなく、心で」
修復が終わった頃、
司祭はカイに小さなアミュレットを渡した。
女神の象徴。
「これを、持っていけ。
聞こえる声の、証じゃ」
カイは受け取り、
胸に当てた。
温かい。
言葉は、まだ通じない。
でも、神聖語の響きが、
少しだけ、近づいた気がした。
教会を出て、空を見上げる。
星が、また一つ。
聞こえる声が、増えていく。
第6話 終わり
(次回、第7話 魔王の影と、誤解の始まり)




