【第5話 振動の約束】
ルミナスの街の下には、地下街が広がっていた。
人間の街とは別の世界。
石畳の道がなくなり、岩壁に沿ってランタンが揺れる。
空気はひんやりと湿り、重い。
ここはドワーフたちの領域。
カイはギルドの依頼でここに来ていた。
「地下鉱山の崩落調査。ドワーフの職人たちと協力して原因を探れ」
報酬はいい。
でも、それ以上に、カイは興味があった。
言葉が通じない種族。
今まで出会ったエルフ、獣人。
次はドワーフだ。
カイはランタンを掲げ、指定された坑道へ進んだ。
岩の壁を叩く音が、遠くから響いてくる。
規則正しい、リズムのある音。
ドワーフの「石語」。
カイは壁に手を当てた。
振動が、手のひらを通って体に伝わる。
意味はわからない。
でも、感情だけはぼんやりと。
……焦り?
……怒り?
坑道の奥に、ドワーフの職人たちがいた。
髭の長い男たち。
全員がハンマーを手に、崩れた岩をどかしている。
一人のドワーフがカイに気づき、ハンマーを地面に叩きつけた。
ドン、ドン、ドン。
短いリズム。
カイは体が震えた。
威嚇かと思った。
でも、違う。
感情が伝わる。
……誰だ?
……人間か?
カイはゆっくりと手を挙げ、
自分の胸を叩いた。
ドン、ドン。
俺はここにいる。
ドワーフは目を細め、
もう一度ハンマーを叩いた。
ドン、ドン、ドン、ドン。
……来い。
……手伝え。
カイは頷き、近くの岩を押した。
ドワーフたちは驚いた顔をしたが、
すぐに作業を再開した。
言葉はない。
ただ、リズムと振動。
カイは汗を拭いながら、岩を動かした。
額から汗が落ち、
岩に染みる。
ドワーフの一人が、カイの肩を叩いた。
重い手。
痛いくらいの力。
でも、優しかった。
ドワーフはハンマーを差し出した。
カイは受け取り、
ゆっくりと岩を叩いた。
ドン……ドン。
ぎこちない。
でも、ドワーフは頷いた。
……いいぞ。
……続けろ。
作業が続く。
汗が止まらない。
カイの腕が震え、
息が上がる。
でも、止まらなかった。
崩れた岩の奥に、
古い鉱脈が見えた。
ドワーフたちが歓声を上げた。
いや、声ではなく、ハンマーの連打。
ドンドンドン!
喜びのリズム。
カイも、ハンマーを握りしめた。
ドン、ドン、ドン!
俺も、嬉しい。
ドワーフのリーダーらしき男が、カイの前に立った。
髭を撫で、
ゆっくりとハンマーを地面に置いた。
そして、胸に手を当て、
頭を下げた。
ありがとう。
カイは同じ仕草を返した。
胸に手、頭を下げる。
俺も、ありがとう。
ドワーフは満足げに頷き、
自分のハンマーをカイに押し付けた。
……持っていけ。
……お前のものだ。
カイは受け取り、
重みを噛みしめた。
言葉はない。
でも、このハンマーは、
約束の証だ。
坑道を出ると、夜だった。
カイはハンマーを背負い、街に戻った。
ギルドでリアが待っていた。
「カイさん! 無事だったの?」
カイはハンマーを見せた。
「これ……もらった」
リアは目を丸くした。
「ドワーフのハンマー……? あれは、信頼の証だって聞いたわ」
カイは頷いた。
「うん。
言葉は通じなかったけど……
ちゃんと、伝わった」
リアは優しく微笑んだ。
「カイさん、本当にすごい」
カイは空を見上げた。
星が、また一つ増えた。
振動が、まだ手のひらに残っている。
地球で、言葉が出なくて震えていた手が、
今は、ハンマーを握って震えていた。
違う震え。
希望の震え。
第5話 終わり
(次回、第6話 教会の聖典と、聞こえる声)




