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バベル大陸  作者: nekorovin2501


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【第3話 森の歌と、届かない言葉】

森は深かった。

ルミナスの街から半日ほど歩いた場所。

薬草採取の依頼は簡単なものだった。

「森の入り口付近で、青い花の咲くヒールグラスを10本」。

カイは地図を片手に、木々の間を進む。

木漏れ日が地面にまだら模様を描き、鳥の声が遠くで響く。

人間の言葉で話せる喜びは、まだ胸に残っていた。

リアの笑顔、ガレンの肩叩き。

普通の会話が、こんなに温かいものだったなんて。

でも、同時に、あのエルフの悲しげな瞳も忘れられない。

リリア、という名前だった。

カイは立ち止まり、息を吐いた。

木の幹に背中を預けて、目を閉じる。

──地球の記憶がよみがえる。

高校の廊下。

好きな女の子に話しかけようとした日。

「あ……あの……」

言葉が喉に詰まった。

相手は最初は待ってくれた。

でも、沈黙が長引くにつれ、笑顔が曇る。

やがて、気まずそうに目を逸らされて、

「……ごめん、用事あるから」

そう言われて、去られた。

あのときの、相手の悲しげな瞳と、

リリアの瞳が重なる。

もう、繰り返したくない。

カイは目を開け、歩き出した。

森の奥へ。

もっと奥へ。

すると、聞こえた。

美しい歌。

透き通った、優しい旋律。

カイは足を止め、耳を澄ました。

歌声の方向へ、慎重に進む。

木々の隙間から、開けた場所が見えた。

小さな泉のほとり。

そこに、彼女がいた。

銀色の長い髪を風に揺らし、

弓を背負ったまま、泉に膝をついている。

リリアだ。

彼女は泉の水面を見つめながら、

静かに歌っていた。

悲しいような、

懐かしいような、

優しい旋律。

カイは息を潜め、木の陰から見つめた。

歌が終わると、リリアは小さく息を吐いた。

そして、立ち上がろうとしたとき──

足元が崩れた。

泉の縁の土が、突然くずれる。

「っ!」

リリアがバランスを崩し、泉に落ちそうになる。

カイは反射的に飛び出した。

「危ない!」

腕を伸ばし、リリアの体を抱き止める。

二人は地面に倒れ込んだ。

カイが下になり、リリアが上。

リリアは驚いた顔でカイを見下ろした。

そして、慌てて立ち上がる。

美しい声で、何かを早口で話しかけてきた。

心配している感情が、ぼんやりと伝わってくる。

カイはゆっくり立ち上がり、

両手を振って「大丈夫」とジェスチャーした。

「俺、大丈夫。君こそ、怪我ない?」

もちろん、言葉は通じない。

リリアは首を傾げ、

もう一度、歌のような言葉を繰り返した。

ありがとう、と言っているのだろうか。

カイは胸が痛くなった。

ちゃんと伝えたい。

ありがとう、って。

助けられて嬉しい、って。

でも、言葉が出ない。

カイは地面に膝をつき、

近くに落ちていた小枝を拾った。

土に、絵を描き始めた。

まず、自分が飛び出してきた絵。

次に、リリアを抱き止めた絵。

最後に、笑顔の自分とリリア。

そして、胸に手を当てて、頭を下げた。

ありがとう。

リリアはそれを見て、目を丸くした。

そして、ゆっくりと微笑んだ。

今度は彼女が地面に膝をつき、

土に絵を描き始めた。

泉の縁が崩れた絵。

カイが助けた絵。

そして、二人で笑っている絵。

リリアは立ち上がり、

胸に手を当てて、優しく頭を下げた。

カイの目が熱くなった。

伝わった。

言葉じゃなくても、

少しだけ、伝わった。

でも、まだ足りない。

カイは薬草の袋を開け、

持っていたヒールグラスを見せた。

依頼で採取したものだ。

リリアはそれを見て、くすっと笑った。

そして、自分のポーチから、同じ薬草を出した。

たくさん。

彼女はカイの袋に、自分の薬草を少し分けてくれた。

そして、また歌で話しかけてきた。

今度は、楽しそうな感情が伝わる。

一緒に街に帰ろう、ということだろうか。

カイは頷いた。

二人は並んで森を抜け始めた。

言葉は通じない。

でも、歩幅を合わせて、

時々視線を交わして、

小さく笑い合う。

夕陽が森を赤く染める頃、

街が見えてきた。

リリアは立ち止まり、

カイに向かって、もう一度歌った。

別れの挨拶だろう。

カイは胸に手を当て、頭を下げた。

リリアは微笑んで、

森の反対側へ歩き去っていった。

カイは街に戻り、依頼を報告した。

リアが驚いた顔で迎える。

「早かったわね! しかも、こんなにたくさん……」

カイは微笑んだ。

「少し、助けてもらった」

リアは首を傾げた。

「誰に?」

「リリアさんに」

リアが目を丸くした。

「え? でも、言葉通じないのに?」

カイは頷いた。

「うん。でも……少し、伝わった気がする」

リアは優しく笑った。

「カイさん、すごいわ」

カイは依頼の報酬を受け取り、

ギルドの外に出た。

夜空を見上げる。

星が、たくさん。

胸の奥が、温かい。

まだ、言葉は通じない。

でも、今日、少しだけ近づけた。

明日も、

もっと近づけるかもしれない。

カイは宿屋に向かって歩き出した。

悔し涙じゃなく、

希望の涙が、頰を伝っていた。

第3話 終わり

(次回、第4話 唸り声の挨拶)

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