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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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アンビバレンスハッピーライフ

アンビバレンス──同一対象に対して、愛と憎しみなどの相反する感情を同時に、または、交替して抱くこと

『──本日をもって、地球に残存するELの全ての排除が確認されました。散っていった人命と、身命を賭して戦った魔法少女に敬意を──』


 ジジッ、とノイズ交じりに、オンボロのラジオが情報を吐き出し続けた。

 畑に向かて鍬を振るう手を止め、耳障りなノイズの中にある必要なことを聞き取ろうとフナカは耳を傾けた。

 男の声は淡々としていたが、その奥にわずかな熱が混じっているように聞こえた。


『魔法少女は一人を残して全滅。同行したレジスタンスも9割を超える死傷者を出しました。しかし、その犠牲に見合うだけの──』


 ブツリ、ラジオの電源を落とす。

 犠牲を賛美するだけの内容に、時間を割く意味を感じなかったからだ。

 鍬に体重を預け、空を見上げる。

 雲一つない澄んだ空が、どこまでも広がっている。

 EL──Extraterrestrial Life、謎の地球外生命体に地球が侵略されて二十年。

 長い抵抗の末、人類は侵略者との戦争に終止符を打った。

 ある日、地球の空を未知の船団が埋め尽くした。

 船の中から、見たこともない生命体が落下するように地面へ降り立った。

 純白な陶器のようなつるりとした見た目に、蜘蛛のような多足の体、頭には緋色の単眼。

 その生物は、無軌道に、無慈悲に人類に攻撃を始めた。

 突如として地球を侵略したその生命体には、既存の武器が一切通用せず人類は虐殺されるがままであった。

 人では到底敵わない力と速度を持ち、魔法のような人類が持ちえない能力を行使するその化け物に、人は無力であった。

 文化は衰退し、技術は継承されず、人口は減少の一途を辿ってきた。

 人類が絶滅寸前まで追い込まれた時、人間の中からELと同じ力を持つ少女たちが現れるまでは。

 少女たちはみな一様の特徴を持っていた。

 十二歳から十六歳の間であること。

 真っ白なローブに身を包み、鮮血が滴るような真っ赤な鎌を持っていたこと。

 ELと同じように魔法が使えること。

 魔法少女の顕現は、地球侵略から3年目のことだった。

 それから17年、人類は少女たちを戦いの最前線に立たせ、懸命に生存を続けていた。

 ELを殺し、船を墜とし、時には殺され。

 その結果が、人類の解放と魔法少女の壊滅という報なのだろう。

 喜んでいいかどうかは、フナカには分からなかった。

 魔法少女には付き合いの長い友人がいたからだ。

 その少女も、死んでしまったのだろうか。

 同じ孤児院で育ち、白い髪に赤い目という日本人離れした見た目を持つフナカに、唯一よくしてくれたあの少女も、最後まで戦って散ったのだろうか。

 ……それなら、それでいい。

 そう思っていると、空で何かがキラリと輝いた。

 輝いたものは、流れ星のように光を放ちながらこちらに向かって真っすぐ落ちてきた。


「あぶなーーい!!」


 声と共にドスンと地響きがして、耕していた畑の土がモクモクと舞い上がった。

 予想だにしてなかった土煙に思わず顔をしかめる。

 顔の前で手を振っていると、土煙の中から真っ白い何かがこちらに向かって走り抜けてきた。

 その勢いを受け止められず、情けない声を出しながら地面に倒れこむ。

 飛び込んできたものに視線を向けると、縫い目一つない純白のローブで身を包んだ少女がフナカの体に抱き着いていた。


「フナカ! ただいま!」

「……スウ、おかえり。魔法少女の力で抱きしめられると、体がちぎれそうなんだけど」

「あ、ごめん。早く帰ってきたくて、力使っちゃった」


 何の前触れもなく、少女が身にまとっていたローブが消えた。

 暗緑色の軍服を身にまとった少女が起き上がり、こちらに手を向ける。

 肩口で切りそろえた黒い髪、くっきりとした黒目、嬉しそうに端が吊り上がった口。

 幼さが残った顔立ちには、軍服はひどく似合っていなかった。

 それは、ELと戦うレジスタンスに属することを示す服だった。


「ほら、ボケっとしてないで、起きてよ」

「倒したのは誰かな」

「細かいことは気にしないでよ。私、ずっとフナカに会いたかったんだから」


 差し出された手は、細かく震えていた。

 小さい手だ。

 幾重にも傷の痕が刻まれた、その小さな手が震えていた。

 目には涙が溜まり、声はか細く消え入りそうになっていた。

 帰ってこれた安堵感が、話しているうちに出てきたのだろう。


「会えないと......思ったから......もう、帰れないと、思ったから......」


 ラジオのざらついた声を思い出す。

 魔法少女は、一人を残して全滅。

 最後の一人が、スウなのだろう。

 フナカは手を取り、起き上がって自分よりはるかに小さい体を抱きしめた。


「お帰り。僕も、会いたかったよ」

「......うん、うん......」


 運がいい、そう思った。

 生き残った魔法少女が、好きな少女だったから。

 運が悪い、そうも思った。

 この魔法少女を、殺さないといけないと思ったから。


 ──殺せ殺せコロセころせ殺せ魔法少女を殺せ裏切り者を殺せ殺せ殺せ人の手で同胞の手で殺せコロセ──


 頭の中で自分のものではない声が響く。

 愛おしいはずのスウに対してそれは殺意を訴える。


「ねぇフナカ。戦争は終わったから、二人で暮らせるよ」

「そうだね」

「もう、ELどもに怯えなくていいんだよ。フナカも、きっと受け入れてもらえるよ!」

「そうだと、いいね」


 魔法少女は嬉しそうに言った。

 フナカは、曖昧に笑って誤魔化した。

 少女は知らない。

 フナカが、ELの生き残りだと。

 ここに、最後の魔法少女とELの生活が始まった。


 ——————


 両親のことは何も知らない。

 知っていることは、自分の体にELが埋め込まれていることだけだ。

 フナカを身ごもっていた母親は、戦争に巻き込まれて命を落としたらしい。

 本来ならフナカもその時死ぬはずだったのだが、近くで死にかけていたELがフナカに寄生する形で生きながらえた。

 意思の主導権はフナカにあるが、ELの影響は確かに体に刻まれていた。

 ELの体表と同じ色をした白い髪、輝くような赤色の瞳。

 敵である魔法少女を殺すと心に刻まれた強い使命感。

 人に属しながら、人の救世主を憎む存在。

 それが自分だった。

 周りと異なる姿を持つフナカは、ELを想起させる見た目から数少ない人類の生き残りにも嫌悪されながら生きてきた。

 フナカという名前は、人に不和を与える姿を見た孤児院の院長につけられたものだ。

 幸い、融合したELのおかげか体は頑丈だったので生き延びることは苦ではなかった。

 生きることの辛さより、生き続ける辛さの方が苦であった。

 昔はよかった。

 食べ物があった、自由があった、娯楽があった。

 そう在りし日を思い出すように語る院長に、暴力を振るわれるだけの毎日であった。

 粗末なボロを身にまとい、割り振られた仕事をこなし、夜はELに怯えるように廃墟で息を潜める。

 耐えられない子どもはドンドンと死んでいった。

 無駄に頑丈な体が恨めしかった。

 自分も死んでしまえば楽になれるのに。

 そう思うようになったある日、孤児院に新入りがやってきた。

 男か女か分からない貧相な身なりの、背の低い子どもだった。

 両親を戦争でなくし、集落にたどり着いたらしい。

 ここでは、いや、きっと全世界でもよくある話だろう。

 それぐらい、死が蔓延していた。


(一年も生きられたら、上等だろう)


 弱々しい体に目を向け、そう思った。

 仕事ができなければ飯はもらえない。

 飯を貰えても、心が壊れれば生きていけない。

 貧弱な体では、すぐに死ぬと思った。

 どちらにせよ、フナカには関係ないことだった。

 どうせ、嫌われる自分が関わることはない。

 そのはずだったのに。


「ねぇ、綺麗な髪だね」

「......僕に話しかけてる?」

「だって、真っ白な雪みたいな髪じゃない。目も真っ赤で綺麗だよ。朝焼けみたい」

「ELみたいと思わないの?」

「あんなに怖くないわ! 私も、あなたみたいに綺麗な髪が良かったなぁ」

「そう、僕は君みたいに黒い髪がよかったけどね......名前は?」

「私、スウよ!」


 スウはなぜかフナカにとても懐いた。

 大人も子どもも忌避するその髪と瞳を、スウだけは輝く目で見つめてきた。

 フナカも戸惑いを覚えたが、初めて向けられる感情は嫌いではなかった。

 仕事を陰ながら手伝ってやり、少ない配給を分けてやり、一枚の布切れに二人でくるまって寝た。


「どうしてフナカは、そんなに嫌われているの?」

「見た目のせいだと思うよ。ELそっくりだしね」

「皆、見る目がないのね。こんなに優しいのに。こっそり力仕事変わってくれてるの、知ってるんだから」

「......君に死なれたら、夢見が悪いから」

「私もフナカが死んだら悲しいわ!」


 そんな生活を2年した。

 フナカが14歳、スウが12歳になった年であった。

 ある日、仕事前に院長にスウが呼び出された。

 集落でも指導者の地位にいた院長は、廃墟ではない木造りの質素な家に一人で住んでいた。

 なぜか、嫌な予感がして仕方なかった。

 畑に向かう足を翻し院長の家に様子を見に行った時、半裸のスウが飛び出してきた。

 もともとぼろきれだった服はビリビリに破かれ、体は引っかかれたのか赤い傷がついていた。

 恐怖と混乱で顔は歪み、涙でぐしゃぐしゃになっていた瞳はフナカを見つけると一目散に駆け寄ってきた。


「フナカぁ! 助けてぇ!」

「待て、ガキが! 誰のおかげで生きてこれたと思ってるんだ! 体ぐらい大人しく捧げろ!」


 それから先のことはよく覚えていない。

 頭が沸騰したように熱くなって、気がつけばがむしゃらに拳を振り下ろしていた。

 殺せと、頭の中で誰かが強く叫んでいた。

 ぴちゃりと顔にかかる血の感覚と、肉を叩き骨を打ち据える拳の痛みで我に返った時には、院長は物言わぬ肉塊になっていた。

 泣き叫ぶスウの声に集まった人に取り押さえられるまで、ずっと肉塊を殴り続けていた。

 人を殺した。

 ELと自分、どこに違いがあるのだろうか。

 国家権力が無くなった今でも、殺人は重い罪であった。

 コミュニティが成り立つのは、お互いがお互いを害さないという暗黙の了解があるからだ。

 それを破った自分に、集落での居場所があるはずはなかった。

 その日のうちに、集落から叩き出されてしまった。

 14年間過ごした場所を追い出されることには、何の感情も抱かなかった。

 胸の内にあったのは、人類に対する強い敵意と、巻き込んでしまったスウへの責任感だけだった。

 フナカが横に目をやると、小さな袋を片手にもったスウが立っていた。


「ねぇ、どこで暮らそう? 私、川沿いがいいな。水、いっぱい使いたいもん」

「......どこでもいいよ。それより、本当についてくるのか?」

「......フナカがいないと、怖いよ」

「そっか......」


 手をつないで、二人で荒廃した道を歩いた。

 人の手入れがされず、破壊された街並みには草木が生い茂っていた。

 二人ならこんな世界でも生きていけると、そう思えた。

 そんなわけがないのに。


 ——————


 目が覚める。

 朽ち果てたコンクリートビルの中、野生動物の毛皮を剥いで作った毛布に、スウと二人で眠っていた。

 劣化で穴が開いた建物は、月の光が差し込んで明るかった。

 穴を木で覆うことはできない。

 人工物に不自然な補修の跡があれば、人が住んでいると気づかれ、ELが襲ってくるからだ。

 それに、襲い来るのはELだけではない。

 食うに困った人間が盗賊へと身を墜とし、人が住んでいる痕跡のある場所を襲うこともある。

 安全のためには、廃墟の中でそのまま寝ることしかできない。

 二、三人相手なら勝てる自信はあるが、盗賊というものは基本的に徒党を組むものだ。

 用心をするに越したことはない。

 畑は住むべき廃墟から遠い場所に作り、生活に必要な道具は土に埋めて隠す。

 特に、ラジオのような機械でできたものは貴重であった。

 廃墟から掘り起こされる過去の遺物は、人が多い集落でしか修理できないし、フナカ一人では到底作れるものではなかった。


「ごめんなさい......ごめんなさい......ごめんなさい......」


 ぼんやりと月を眺めていると、横で眠っているスウからうめき声が聞こえた。

 うなされるように謝り続けるスウの方を向く。

 月明かりに照らされた幼い顔は、汗で濡れ苦悶に歪んでいた。

 眉に深くしわがついて、手は毛布を強く握りしめている。


「ミサキちゃん、レンちゃん、ポーラさん、ごめんなさい......私だけ、生きてごめんなさい......」


 謝罪の言葉は続く。

 一人生き残ってしまった罪悪感が、少女を未だ苦しめている。

 今日が初めてではない。

 ずっとスウは苦しんでいる。

 その頭を撫でようとして、手が止まる。

 魔法少女を殺せと、頭の奥で誰かが叫んでいる。

 スウと二人でいると、時折殺意を訴えてくる。

 フナカが殺せるほど、魔法少女は弱くはないのだが。

 スウを起こさないように、小さくため息をついてまた夜空を見上げる。

 あの日も、こんな月の綺麗な夜だった。

 集落を追い出されてから、二人で自給自足の暮らしを過ごしている時のことだった。

 生活拠点の確保や飲み水や食料の確保に奔走する日々に、疲れが溜まったのか頭の中の声に意識を乗っ取られたことがあった。

 魔法少女を殺せと叫ぶ声に、無意識に寝ているスウの首にフナカの手が伸びた。

 どうして魔法少女ではないスウを殺そうとしていたのか、スウの肌に指が触れた瞬間に理解した。

 バチリと音を立てて手が弾かれる。

 ボロをまとっていたスウの体は、純白のローブに一瞬で身を包まれていた。

 その手には身の丈ほどの大鎌を握っており、刃が自分の首にかかっていた。

 刃先は内側も外側も研ぎ澄まされており、首から滴り落ちる血を吸っているかのように同じ色であった。


「私、なに、これ......」


 起きたスウは事態を把握できていないようで、困惑の声を漏らしている。

 目が覚めたら知らない服に包まれて、知らない武器を握り、同居人を殺そうとしているのだ。

 スウの目線から見たら、パニックになるだろう。

 ただ、フナカの頭はスウ以上にパニックになっていた。

 自分の意識が乗っ取られていたこと、スウを殺そうとしたこと。

 そしてなにより、スウが魔法少女になったということを実感して。

 自分に寄生しているELが強い拒否反応を示している。

 殺せと、逃げろと。

 ELとしての敵意か、過去に魔法少女に負けた記憶か、強く自分の中のELが反応していることにフナカは気がついた。


「私、フナカを殺そうとした……?」

「落ち着け、違うから」

「だって、鎌に血が......フナカの首、切れて」

「当たっただけだよ、たまたまだ」


 ゆっくりと動き、スウの体を抱きしめる。

 スウは今、魔法少女になった。

 元々、その才能を秘めていたのだろう。

 それを恐れた自分の中のELが殺そうとして、結果としてその力を目覚めさせてしまった。

 自業自得だと、フナカの中の人間の部分が寄生するELをあざ笑った。

 そして、それに意識を乗っ取られた自分が死にかけるのも、自業自得だ。

 だから、スウには泣かないでほしかった。


「ごめん、僕が悪いんだ、スウ」

「フナカぁ、怖いよ。私、どうなっちゃったの?」

「ごめん、ごめん……」


 フナカを見上げる、スウの目の潤んだ瞳を直視することはできなかった。

 抱きしめる自分の腕が、ひどく汚れたものに感じた。

 それから怯えるスウをなだめすかし、夜が明けた時には二人の元にレジスタンスが現れた。

 魔法少女は魔法少女を感知できるらしく、新しく目覚めたスウを保護しに来たらしい。

 フナカの髪と瞳を見て嫌悪感を露わにするレジスタンスとスウでひと悶着はあったが、スウはその魔法少女についていくことになった。


「フナカを守りたいから、ちゃんと力の使い方を学んでくるよ」


 そういってスウは去って行った。

 自分も付いて行きたかったが、見た目で勘違いされるとレジスタンスから断れてしまった。


「安心してフナカ、私はちゃんと帰ってくるから」


 そう言ったスウは、その後も定期的に顔を見せに来てくれた。

 その少女以外、誰も帰ってこなかったことは最近になって知ったのだけれど。

 クソみたいだ。

 世界も、自分も。


 ——————


 戦争は終わった。

 空を覆う宇宙船は跡形もなく、大地を揺るがすような轟音がすることもない。

 ただ崩れ落ちた建物だけが、戦争の記憶を物語っていた。


「どうして、どうして……」


 廃墟の中、毛布を頭からすっぽりと被ったスウが、がたがたと震えながら呟いていた。

 服装はレジスタンスの軍装ではなく、白いローブが毛布の隙間から覗いている。


「どうして、魔法少女の力が消えないの?」


 魔法少女の力は、ELから与えられたものである。

 ELの中でも絶大な力を持った王女が、裏切って人間に力を貸しているのだ。

 これは、最初の魔法少女から伝わる話だった。

 ELが滅べば魔法少女の力も消え、ELが力を増せば魔法少女も強まる、と。

 つまり、フナカが死なない限り、スウから魔法少女の力が消えることはない。

 フナカもELとしては不完全な力しか持っていないから、これから魔法少女が増えることもない。

 そんなことを知る由もないスウは、困惑と怯えの顔でフナカの隣で震えている。


「もう、戦いたくないよ......どうして? まだELはいるの......?」

「大丈夫だよ。ラジオで新しいELが見つかったって話はないし、スウもレジスタンスから解放されたんだろ? そのうちその力も消えるさ」

「本当?」

「あぁ。スウはもう、戦わなくていいんだよ」


 励ましている自分の言葉の空虚さに、フナカは心の中で顔をしかめた。

 今も頭の中でELが叫んでいる。

 裏切り者を、殺せ。

 ELにとって、魔法少女とは自分を滅ぼしうる敵と同時に、同胞の中から出た裏切り者の力でもある。

 その声には、耐えがたい憎しみと怨嗟の念がこもっていた。

 フナカに寄生しているELからは、断片的な記憶が流れ込んでくる時がある。

 魔法少女に殺される寸前の記憶だったり、人々を虐殺する記憶だったり、ほとんどがろくでもないものである。

 そのろくでもない記憶の中でも、何度も何度も流れ込んでくる記憶が、憎悪の記憶だ。

 地球侵略から三年、主要都市は滅び、人類はろくな抵抗もできずに消え去るだけの風前の灯火であった。

 もう少しで、自分たちの新たな居住地が手に入る。

 ELがそう安堵した時に、同胞の中から裏切り者が出た。

 絶大な力をもったELの王女が、王族のほとんどを殺害し、人類に自らを捧げる形で力になったのだ。

 王女の力を発現した人類の少女たちは、その力で同胞を殺し続けた。

 自分たちと同じ魔法の力を使い、巨大な鎌で命を刈り取るその少女たちが憎く、怖くて仕方がなかった。

 どうして姉さまは、同胞を裏切ったのだ?

 自分の体が崩れ落ち、意識が消え行くときに残ったのはわずかな疑問と、頭を焦がす恨みだった。

 憎い、憎い憎い憎いニクイにくい憎い憎いニクイニクイ──

 思考が染まりかけた時、フナカは首を振ってその感情を振り払った。

 寄生している分際で宿主の意識を奪おうとするなと、ELに向かって罵倒する。

 そんなことよりも今は、スウの方が大事だ。


「スウ、集落に行ってくるといい。こんな何もないところだと、気が滅入るだろ?」


 川沿いにあるフナカの畑から、ずっと川上に向かって歩いて行けば大きい集落がある。

 遺物である機械を修理できる人間もおり、今の時代には珍しく電気がわずかに使える集落だ。

 自生している植物や野生の動物以外にも食べ物が豊富で、たまのお祝いには甘いものが食べられるらしい。

 流れの盗賊から聞きだした情報しかフナカはもっていないが、人がそれだけいる場所ならスウも気分転換ができるだろう。

 それに、飛行能力がある魔法少女なら時間もかからない。

 フナカが歩けば半日とかかるその場所も、スウならすぐにつくだろう。


「......フナカも、付いてきてくれる?」

「僕は、いけないよ」


 上目遣いのスウから、目を逸らして答える。

 戦争が終わりELが消えてなくなったといっても、昨日の今日の出来事だ。

 人々にはまだ戦争の傷跡と、ELに対する恐怖心がある。

 この白髪と赤眼がある限り、フナカが人々に受け入れられることはない。

 自分が傷つくだけならいい。

 慣れている。

 ただ、傷つく自分を見るスウを、見るのは辛い。


「フナカが行かないなら、私も行かない」

「ここにいたって、面白くないだろう」

「フナカがいるもん」

「僕がいなくなったらどうするんだ?」

「……いなくならないでよ」


 甘えるようなスウの声に返事はできなかった。

 二人が幸せに生きていける未来はないと分かっていたから。

 今も頭は殺意の雄たけびを上げているし、魔法少女は絶大な力と引き換えに十六歳までしか生きられない。

 どちらかが死ぬことでしか、安定した未来などないのだ。

 ……安定した未来など、望んではいない。

 スウと生きられたら、それでよかったのに。


「今度、二人で行こうか。荷物をまとめて、色んな所に行くのも悪くないかもね」

「うん。きっと、フナカを受け入れてくれる人もいるよ。私みたいに」

「いないよ、スウ以外に」

「じゃあさ、二人で家作って、そこで暮らそうよ。フナカが畑で働いて、私が集落で働くの。それでフナカの良いところをいっぱい広めるんだ。そうしたら、いつか受け入れてくれるよ。綺麗な髪と目だもん」


 そんなことはありえないと分かっている。

 それでも、理想の未来を思い描くことをやめることはできなかった。

 明るく話す少女に、水を差すことはできなかった。

 その理想を、否定できるほど自分の心は強くなかった。


 ——————


『レジスタンスは戦争の終結を完全に宣言します。今まで艱難辛苦を乗り越えた皆さん、もう怯える必要はありません。復興に向けて、団結しましょう。レジスタンスは皆様の集結を心よりお待ちしております』


 ラジオから聞き慣れた男の声が流れる。

 スウが帰ってきてから十日が経った。

 その間ELの被害はなく、また発見報告もない。

 今日のこの宣言をもって、人類は復興への道を歩み出す栄光の日となるだろう。


「スウは、レジスタンスに戻らなくていいのか?」

「......あそこ、嫌い。皆、魔法少女としか見てくれないから。ELがいないなら、私の力は必要ないから」


 喋るスウの口調は暗い。

 仲間を失った心の傷が、ELを滅ぼしたはずなのに力が消えない不安が、彼女の心を蝕み続けている。

 何もないときに魔法少女としての力を顕現させては、怯えたように辺りを見回すことがよくあった。

 その度に泣いて抱きついてくる。

 白いローブに触れるたび、指先にチリチリとした痛みが走った。

 トラウマとなっているスウの心の傷が何回も痛むのは、フナカのせいでもあるだろう。

 研ぎ澄まされた魔法少女の感覚が、近くにいるフナカからELの気配を感じ取って変身してしまうのだ。

 スウはそれを、長く戦い続けた弊害だと勘違いしている。

 無意識に変身して大鎌をフナカに向ける。

 そんなことをする自分が、信じられずに泣いてしまう。

 そんな日々が、ただ重なっていった。

 大鎌を向けられるたびに、寄生しているELが殺意と怯えの声を上げるものだからうるさくて仕方がなかった。

 二人でいたいとあれほど願った生活は、ひどく心を摩耗させるものになってしまった。

 そんな時、珍しくレジスタンス以外の電波をラジオが受信した。

 聞きなじみのない、年老いたしわがれた女の声だった。


『ELの脅威が去った今、人々は団結して暮らすことができます。我が集落には人手を歓迎し、いかなる人も受け入れる手配があります。どうか、生き残った者同士力を合わせて生きていきましょう。これを聞いた個人、団体関わらず我が集落に来てくれることを、心から願っています』


 集落のおおよその位置と目印を告げたところで、放送はブツリと途切れた。

 その集落は遠くはなかった。

 歩いて三日ほどの距離だろうか。

 もはや定位置となった廃墟の片隅に座るスウに話しかける。


「スウ、行ってみる?」

「......フナカはいいの?」

「嫌われたら、それで一緒に帰ればいいよ」

「......じゃあ、行く」


 ここにいても、心が擦り切れるだけだ。

 自分はそれでいいが、スウは違う。

 人智を超える力を与えられてしまった、ただの心優しい女の子なのだ。

 生まれついた時には化け物に寄生されている自分とは違う。

 人には人の、居場所があるべきだ。

 ……純然たる人ではない自分の居場所は、どこにあるのだろうか。

 少なくとも、スウの隣にはなさそうだ。


「行こうか。きっと、甘いものもあるよ」

「子ども扱いしないでよ」

「でも、甘いもの好きだったろう?」

「......好きだけど」

「食べられたらいいね」


 ふくれっ面をしたスウの顔を、いつまでも見ていたい気分だった。

 叶わない願いが、ずっと頭を占めていた。


 ——————


 フナカは優しい。

 誰よりも綺麗な真っ白の透き通るような髪と、お日様みたいな緋色の目。

 穏やかな顔は、今まで出会ってきた人には感じられない優しさがあった。

 誰も彼もが明日よりも今の心配をし、争い、疑心暗鬼する中にあってもフナカは優しかった。

 嫌われ、集落の端に追いやられていた子どもの時からそうだ。

 こっそり仕事を手伝ってくれるし、少ない配給も私が腹いっぱいになるように分けてくれた。

 レジスタンスに入った後も、スウに丁寧に接してくれる人はいた。

 けれど、それは魔法少女だからにすぎない。

 私個人に向けた感情ではない。

 優しさというよりも、道具を丁寧に扱う、そういった感情の方が近い気がする。


「そこ、すべるよ」

「私、そんなにドジじゃないよ。魔法少女なんだから!」

「昨日、川を渡るときに滑ってたのは誰だったかな?」

「あれはフナカが魚がいるって言うから!」

「はは、そうだったかな」


 スッと差し伸べられたフナカの手を見る。

 長年の力仕事で荒れた、ごつごつとした手。

 決して美しいとは言えないその手が、何よりもスウにとっては価値があると思える。

 だってその手の持ち主は、私を見てくれているから。

 私を見る目は、温もりに溢れているから。

 温かい気持ちになって、その手を取った瞬間、体の芯がざわりと蠢いた。

 体が熱くなり、空いた手にズシリと重たい感覚がした。


「ダメ!」

「っ!」


 無意識に大鎌を持った手がフナカの首を刈り取ろうと動く。

 叫び声に反応したフナカは転がるように倒れこんで、鎌が描く軌道からよけた。

 掠った白髪が宙に散った。

 さっきまであった、温かい心はどこかに消えてしまった。

 私は、壊れてしまった。

 フナカが好きなのに、彼に触れると魔法少女の力が勝手に発現してしまう。

 なぜか、彼を殺そうと体が動いてしまうのだ。

 どうして、どうして、どうして。

 ELはもういないのに、どうして魔法少女の力がまだあるのだろう。

 怖いものは何もないのに、どうして体がざわりと嫌なものを感じているのだろう。

 フナカを守るために身に着けた力なのに、どうしてそれをフナカに振るってしまうのだろう。


「ごめんな──」

「スウ、大丈夫?」


 謝ろうとした私より先に、フナカが口を開いた。

 どうしてフナカは、私を責めないのだろう。

 本来なら嬉しいはずの優しさが、今は胸を締めつけるように痛んだ。


「ごめんなさい......ごめんなさい……」

「......仕方ないよ。ずっと、戦ってきたんだから。集落に行けば、落ち着くよ。きっと」


 ローブの上からフナカが抱きしめてくれる。

 好きな人が抱きしめてくれている。

 嬉しいはずなのに、体の全てを預けてしまいたいのに、体は熱を帯びたまま変身を解くことができなかった。

 まるで、ELの目の前に居る時のように。

 あぁ、やはり私は、壊れてしまったのだ。

 壊れた私は、フナカに相応しくないだろう。

 彼の腕に抱かれながら、スウはずっと泣き続けた。

 集落についたなら、身を引こう。

 人に過ぎた力を持った自分がいつか、フナカを殺す前に。

 彼の居場所を作って、私はどこかに消え去ろう。

 そのためだけに、彼のためだけに、戦い続けたのだから。


 ——————


「アレが目印かな?」

「......多分、そうじゃない?」


 歩き始めて五日目、ラジオで耳にしていた集落の目印が、ようやく目視できるところまできた。

 天を衝くほどの赤い鉄塔は、おそらくELが地球を襲う前に建てられた建物だろう。

 鉄塔の先端は折れて、塗装は所々剥げて錆びているようだ。


「遅くなっちゃったね、思ったより」

「……ごめんね、私のせいで」

「あぁ、スウを責めるつもりじゃなかったんだ。人と歩くのは久しぶりだから、楽しかったよ」


 最初の目算では三日程度で着くと思っていたが、それよりも二日も遅れてしまった。

 理由は二つ。

 一つは、スウのメンタルが安定しなかったことだ。

 自分に寄生しているELと魔法少女の力が呼応している。

 スウの体にフナカが触れると、体が無意識にフナカを殺そうと動いてしまうようだ。

 鎌が髪を掠めたり、立っていた地面が魔法で抉り取られたりすることが何度もあった。

 そのたびに転げまわって避けていたから、フナカの体は擦り傷だらけになってしまった。

 そして、地面に転がったフナカを見て、スウはごめんなさいと泣き続けるのだ。

 スウを責め立てるようなことはしない。

 ただの少女が、数年も命を懸けて戦い続けていたのだ。

 心に深い傷を負っている方が普通だと思う。

 それに、スウの行動は間違いではないのだ。

 自分の中にあるELが、スウを凶行に走らせている。

 自分の命を守り、泣いているスウをなだめ、また集落に向かって歩き出す。

 それはとても足取りを重くするものだった。

 おかげでスウは、帰ってきた時と違ってあまり喋らなくなってしまった。

 明るく、よく笑い、行動力があった少女だったのに、今はトボトボとフナカの後ろをついてくるだけだ。

 俯いたその顔を、撫でてやりたい欲求に駆られるが、ぐっとこらえる。

 自分が、スウの体に触れることはよくない。

 魔法少女に呼応するように、フナカに寄生しているELが力を増しているからだ。

 遅れている理由の二つ目が、これである。

 赤色の目は煌々と輝きを増し、人間の限界に近い力をフナカも持ちつつある。

 食事は最低限の量で一日中歩き続けることができ、睡眠を必要としなくなった。

 さすがに魔法はつかえないが、その気になれば石ぐらいは握りつぶせそうな力に満ちている。

 そうでなければ、魔法少女の攻撃など避けられないのだが、ナーバスになっているスウはフナカの変化に気がついていない。

 それに、変化は肉体面だけではなかった。

 集落に向かう途中、何度か盗賊と遭遇することがあった。

 旧時代の銃や刃物を手に、食料や遺物を奪う盗賊は、この飢えた時代には珍しくない存在だった。

 その盗賊は皆、フナカを襲うのだ。

 武器を持ち、人数で優位に立っている盗賊達はみな、血走った目と恐怖に満ちた叫び声をあげながらフナカに攻撃をする。

 その時に、確信した。

 自分に寄生しているELは、人の悪感情を増幅させる力がある。

 孤児院からずっと、今まで人に嫌われ続けてきたのは、きっとこの力のせいだろう。

 そしてその力は、フナカにハッキリと自覚できるほど大きくなっている。

 人を狂わせることも、その気になればできそうな気がする。

 なるべく盗賊にも、小さな集落にも合わないように細心の注意を払って歩いたものだから、歩みは遅々として進まなかった。

 遅い歩みの中、ようやく見えた集落を前にしても、喜ぶことはできなかった。

 そんな力を持っていると言うことは、普通の人間には絶対に自分は受け入れられないということだから。


「止まれ! ここに何の用だ!」


 突きつけられるハンドガンの銃口に、やはりとため息をつく。

 荒れた道を抜け土で作られた簡単な壁に着いた瞬間に、見張りと思わしき屈強な男二人に呼び止められる。

 廃墟を利用した建物ではなく、木で建てた平屋が並び炊事の煙が立つ平和的な町並みが見張り越しに見ることができる。

 入口の近くに立っていた子どもが剣呑な雰囲気を察して、泣きながらその町並みに消えていった。


「答えろ! そこのELみたいな見た目の奴!」

「僕は──」

「動くな! 横の少女は人質か!?」


 ただ答えようとしただけなのに、理不尽だな。

 平和の証に両手をあげようとしてみたが、銃口は自分の眉間にピタリと狙い澄まされており会話という雰囲気にはならなそうだった。

 力を増した、と言っても銃で撃たれたらさすがに死ぬだろう。


「なんで!? 私たちはラジオを聞いて来ただけだよ!」

「そう言って何人も盗賊が来た。お前たちもそうだろう!」

「私たちは盗賊じゃない!」

「はん、化け物みたいな見た目の奴の何を信用しろというのだ」


 スウと言い争っていた見張りの目はこちらから離れない。

 敵意、嘲り、恐怖、不快。

 色んな感情が入り混じったその目に、友好的なものは何一つ感じられなかった。

 仕方がない、その感覚は、何一つ間違っていないのだから。


「スウ、行っておいで」

「フナカ!?」

「歓迎されていないのは僕だけだから、来る途中にあった川のほとりで野宿しているよ。ねぇ見張りさん、それならいいでしょ?」

「……その少女だけなら、いいだろう。嫌な気配がするのは、お前だけだ」


 スウをチラリと見てから、見張りはそう言った。

 何か言いたげなスウが口を開くより早く、フナカが答える。


「助かるよ。歩きっぱなしだったから、休ませてあげてほしい」

「は! お前が連れまわしたんだろう?」

「まぁ、間違いではないかな」


 スウに集落に行こうと言ったのは自分だから、連れまわしている形にはなっている。

 見張り二人はフナカを警戒したまま、集落に向かってハンドサインを送った。

 斧を持った男性と、質素な服を着た女性が恐る恐るフナカを見ながらスウを引き連れていこうとする。


「フナカがいないなら、私も行かない!」

「スウ。一度君は、しっかりとした場所で休んだ方がいい」

「なんで......なんでそんなこと言うの?」

「......それが、お互いのためだから」


 スウの目が、フナカの言葉に大きく見開かれた。

 自分の横では、スウの心は休まらない。

 戦争とは、ELとは無縁の場所でなければ、ずっと魔法少女からは逃れられない。


「……私のこと、嫌いになった?」

「まさか、それはないよ」


 好きさ。

 そう言えれば、どれだけ楽になれたか。

 好きだから、自分はスウの隣にいられないのだ。

 女性に手を引かれ、集落の中へと消えていくスウを見送った。

 何度もこちらを振り返るスウに優しくほほ笑み返す。

 スウの姿が見えなくなった時、パンと乾いた発砲音がした。

 頬を弾丸が掠めて、ズキリと鈍い音がした。

 見張りの持ったハンドガンから硝煙が上がっている。

 威嚇射撃のつもりだろう。

 弾丸だって、貴重だろうに。


「そんなに僕が怖い?」

「あぁ、打ち殺したいぐらいには。お前の髪と目に、さっきから鳥肌が止まらない。初めてELを見た日を思い出したよ」

「そっか......スウは、普通に扱ってくれよ? 寂しがり屋だから」


 これ以上の軽口には付き合ってくれなさそうだ。

 カチャリと無機質な音がしただけだった。

 手を挙げたまま、そのまま来た道を引き返す。

 やはり、自分には人の居場所はないようだ。

 頬にできた傷から滲む血は、人と同じ赤色だったけれど、ただそれだけだ。

 いっそのこと、化け物になれたのなら楽なのに。


「なぁ、なんとかならないか?」


 返事はこないと分かっていても、頭の中のELに問いかける。

 ただただ、魔法少女と人類に対する殺意を振りまくだけで、いつも通りのことだった。


「お前は、いつもそればっかりだな」


 自分に人を殺す理由はあまりないし、スウはなおさら殺せない。

 それが導き出す答えは一つしかない。


「どうやって、死のうかな」


 魔法少女は十六歳で死ぬ。

 ELが存在する限り、魔法少女の力が消えることはない。

 なら、自分が死ねば、スウは役割から解放されて生き続けることができる。

 そんな考えに、頭のELがまた叫び声を上げている。

 殺せばいいと、全て滅ぼしてお前が生きればいいと訴えかける。

 体に刻まれた使命感が、ずるりと重みを持つが、それを笑い飛ばす。


「はっ、お前が生きたいだけだろ」


 空を見上げる。

 雲一つない、青空がやけに眩しく見えた。

 母星に帰りたいと願う頭の声か、少女の隣にいたいと願う自分の浅はかさか。

 太陽を直視することはできなかった。

 ……俺だって、生きたいよ。

 でも、それだと彼女は笑えないんだ。

 視線を地面に戻し、トボトボと歩き出す。

 スウは、集落で上手く生きていけるだろうか。

 また一人で、泣いていないといいのだけれど。


 ——————


 ふと目を覚ますと、見慣れない木目の天井が広がっていた。

 レジスタンスに居た時もフナカと暮らしている時も、煤で汚れたコンクリートの天井ばかり見ていたから、少し新鮮な気分になった。

 体を起こすと、ギッとスプリングの音がした。

 ベッド、それもスプリング入りの上質なもので寝たのは、いつぶりだろうか。

 それでも起きた時の肌寒さに、一人だと感じてしまうのは贅沢な悩みなのだろうか。


「......フナカ」


 ポツリと呟いて、隣にいない青年のことを想像する。

 銃を突きつけられて、それでもいつもと変わらないように話すフナカの姿を思い出す。

 まるで、撃たれてもいいと思っているようだった。

 撃たれたら、人の体のフナカは死んでしまうのに。


「嘘つき……フナカの嘘つき……」


 考えても分からないことよりも、分かっている事実に意識を切り替える。

 嫌われたら一緒に帰ろうと言ったのに、一人で帰ってしまったフナカに悪態をつく。

 二人で暮らそうと夢を語ったのに、あれは私だけの望みだったのだろうか。

 それとも、何回も暴走してしまって愛想が尽きたのだろうか。

 今すぐ会いに行きたい気持ちはある。

 ただ、もし、面と向かって拒絶されてしまったのなら、立ち直れる気がしなかった。

 フナカの為に戦ったのに、もしも彼に否定されたのなら。

 私は何のために戦って、何のために生き残ったのだろうか。

 ぼんやりと天井を眺めていると、コンコンと扉がノックされる音がした。


「……どうぞ」

「入りますね」


 引き戸が擦れる音がして現れたのは、昨日集落に手を引いて入れてくれた女性だった。

 私を見る目は子どもを見るような優しい目をしている。

 ……女性からしたら、私はまだ子どもで合っているか。


「今まで大変だったでしょう? 今日からは、皆が一緒に暮らしてくれるからね」


 その言葉に、私を馬鹿にするような調子は一切なかった。

 慈しみ、哀れみ、慮る。

 それが、癇に障った。

 どうして、大変だと勝手に決めつけるのだろう。

 どうして、フナカを悪だと決めつけているのだろう。

 どうして、見知らぬ皆の方がフナカより良いと決めつけているのだろう。

 強く否定して叫んでやりたい気分だったが、グッと我慢する。

 それは、フナカの望んだことにはならない。

 休んでほしいと、自分の身を引いてまで私を集落に入れてくれたのだ。

 せめて、一日だけでもしっかりとここで休むべきだろう。

 そうして様子を見て、フナカへの土産話にしよう。


「集落の様子が、見たいな」

「ええ、ご案内しますね。きっと、気に入りますよ」


 丁寧な口調だったが、その声には喜びの色があった。

 私が興味を持ったのが嬉しいのか、女性は軽やかに家を出ていった。

 私も女性の後をついて家を出る。

 真っ青な空に日が強く差していて、室内の暗さに慣れていた目には眩しい。

 太陽の位置からして、少し寝過ぎたようだ。

 ELが襲来してからの人類の生活は、ひどく衰退したものだった。

 日の出とともに起き、日中は労働に勤しみ、日が沈むとじっと建物の中で息を潜める。

 それはろくな明かりがないことも原因であったし、夜中に明かりをつけて活動しているとELに奇襲される恐れがあるからだ。

 しかし、集落はそういった警戒とは無縁の雰囲気が漂っている。

 四方は盗賊対策用の櫓と簡素な壁で囲まれているが、中は平和そのものであった。

 道端で話し込む女性の姿、布を丸めただけのボールで遊ぶ子供たち、日焼けした肌を晒して肉体労働に励む男たち。

 道はむき出しの土だが、石は取り除かれ、簡易的に整えられていた。

 赤さびた鉄塔を中心に建てられた建物は区画がしっかり整備されているようで、平屋が等間隔に並んでいる。

 戦争が終わって間もないのに、ここはずいぶんと活気で満ちている。

 いや、戦争が終わった直後だからだろうか。

 今まで味わうことのできなかった平穏を、十二分に満喫する空気があった。

 それを教えるためか、案内をする女性の足取りはゆったりとしたものだった。


(どうして、フナカはダメなの?)


 気さくに声を掛けてくる男性は、昨日フナカに怯えながら斧を突きつけた男だ。

 私に挨拶をしてくる子供たちは、昨日フナカを見て泣いていた子供たちだ。

 私の生活を心配してくれる女性は、昨日フナカの悪口を言っていた女性だ。

 憎い、そう思った。

 私はフナカの為に戦ったのであって、お前らの為に戦った訳じゃない。

 心の中にどす黒いものが渦巻いて、それでも私の姿にはなんの影響もなかった。

 フナカと居る時は、どんな穏やかな気持ちでも勝手に変身してしまったのに。

 こいつらには一切の反応を示さないその力も、今は煩わしいという気持ちしかなかった。

 早く、消えてくれ。

 そうしたら、私はただの少女としてフナカと暮らせるのに。

 ……あぁ、その前に、フナカを撃とうとした奴だけは許せない。

 この手で、謝らせないと気が済まない。

 村の中には銃を持った男の姿はない。

 外で警備でもしているのだろうか。


「ここが、長の家です」


 集落を一通り見て歩いた後、鉄塔の下にある比較的古い家に案内された。

 家に入ると、レジスタンスに所属していた頃に見たことのある機械がたくさん置いてあった。

 私は詳しくないからよく分からないけど、これでラジオも飛ばしているのだろう。


「よく来てくれたね、魔法少女スウ」

「......私のことを知ってるの?」


 機械から目を離し、声を掛けられた方を向く。

 暗緑色の軍服に身を包んだ、六十代ぐらいの女性だ。

 何より目を引いたのは、ぶらりと右腕の袖が垂れていることだった。

 隻腕の女性、記憶にはない。

 レジスタンスの服を着ていると言うことは、基地かどこかですれ違ったのだろうか。

 ろくに服も作れないこの時代、軍服は貴重だ。

 私は戦争を思い出したくないから捨ててしまったが、レジスタンスの中には寝る時以外ずっと着ている人もいたぐらいだ。


「君と入れ替わりでケガで除隊になったんだ。ポーラとはよく話したもんだ」

「......ポーラさん」

「最後まで隣にいてやりたかったが、この腕だと役立たずだからね。平和になる日を信じて、集落を作ってたんだ」


 かつての魔法少女の名前に、心が痛む。

 ELとの戦いで命を落とした人が多い中、ポーラさんは最後まで戦い抜いた。

 そうして戦争が終わる直前に、十六歳になって塵になって消えていった。

 仕組みは知らない。

 ただ、魔法少女はそういう生物らしい。

 私もあと一年経ったら、塵になって消えるのか。

 それはイヤだ。

 フナカが独りぼっちになってしまう。

 まだ私は、彼の居場所を作れてはいない。

 そう思っていると、しわがれた声が耳朶を打った。


「それで、なんでお前はとち狂ってELとなんかつるんでいるんだい?」

「は?」


 その言葉を、脳が上手く処理できずに思考に空白ができる。

 この老婆は、何を言っている?


「スウ、お前まだ、魔法少女の力を失っていないだろう? ELが全滅したらその力は消える。これはレジスタンスに居たなら知っているだろう?」


 それはもちろん知っている。

 戦争には勝った。

 新しい魔法少女が誕生しないのは、ELが滅んだ証だろう。

 だから、なぜ私の力が消えないのかは、謎であるのだが。


「一緒にいたあの男、どう見たってELだろう。白い髪に赤色の目、ELの擬人化そのものじゃないか。それに、戦場に立っていた人間なら分かるはずだよ。あいつが発する空気、心が不安になるようなオーラとでも言おうか、あれはELのものだ」

「フナカをバカにするな!」

「......そうかい、もう正常じゃないのか。それとも、そう思い込みたいのか」

「うるさい!」


 こいつも、フナカを拒絶するのか。

 ただ見た目が綺麗なだけの彼が、どうしてここまで世界に拒絶されなければならないのだ。

 私が孤児院の院長に襲われた時、助けてくれたのはフナカだけだった。

 私が魔法少女になった時も、一人の人間として見てくれたのはフナカだけだった。

 どうして、どうして、どうして、どうして。

 誰も彼も、フナカをただの人と見てくれないのだろう。

 怒りと悲しみの行き場を失った感情は、自発的に魔法少女の力を顕現させる。

 突然現れた緋色の大鎌に、案内していた女性が悲鳴をあげる。

 その目には、フナカに向けられていたものと同じ怯えが見えた。

 そうだ。

 フナカが化け物というならば、私はもっと化け物なのだ。


「はぁ......戦争を経験したといっても、十五歳のガキが持つには重すぎる力だね」

「黙れ、殺すぞ」

「それで満足するならそうするといい。最後の力の使いどころだ。満喫することだね」


 向けられた鎌に動じることなく、力強い瞳が私の目を見つめ返す。

 死が怖くない?

 いや、それよりも優先すべき何かがあるのか?


「私はこの時代にしては十分すぎるほど生きた。それに、贖罪として死ねるのなら悪くない」

「何を言って──」

「ひどい命令をしちまったからね。ELとは言え、人の見た目をした化け物を撃ち殺してこいなんてさ。平和になった時代に、自分の手を汚さない卑怯者が辿る末路としては妥当だろう」


 一瞬、時間が凍ったように感じた。

 集落を案内された時、昨日見た銃を持った男はいなかった。

 それに、フナカは自分で野宿する場所を伝えてしまっている。

 女性がやけにゆっくりと集落を案内したのは、時間稼ぎだ。

 私がフナカを庇えないようにするために。


「後で殺す!!」


 返事を待たず、全速力で駆け出した。

 集落の近くに、どれだけの川があるのだろうか。

 フナカが野宿している場所なら、私の方が早く見つけられるはずだ。

 空を飛びたい気持ちをグッとこらえて地面を蹴る。

 私が飛び立つ位置で、フナカの位置までバレてしまう可能性がある。

 間に合うはずだ、そのための力だ。

 フナカを守るための、力のはずだ。

 地面を蹴る度に、視界の端でグングンと木々が後ろに流れていく。

 雲一つない青空が、今は腹立たしい。

 曇っていれば、フナカも隠れられる可能性が上がるのに。

 人間の聴力を越えた耳が、川の流れる音を捉える。

 木々の間を抜け、開けた川岸に出る。

 誰もいない。

 ぱちりと火の粉が爆ぜる音がして、そちらの方を向けば焚き火ように組まれた石のかまどがあった。

 火にあぶられた魚が焦げる臭いが鼻をつく。

 近い。

 荷物も置きっぱなしだから、きっと襲われて逃げている最中だ。

 助けなきゃ、助けなきゃ、今度は私が、助ける番だ。

 パンパンと、森に似つかわしくない乾いた銃声が響いた。

 一心不乱に音に向かって走り出す。

 行く手を遮る邪魔な木は、大鎌を振るってなぎ倒す。

 乾いた枝を踏み割る音、火薬の臭い、そして、安堵するかのように笑う人の声。

 たどり着いた時には、胸から血を流したフナカを囲むように10人程度の男たちが立っていた。


「アァァァアアアアァアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 自身の喉から出たとは思えないほどの絶叫が、森を震わせた。

 反射的に向けられた銃を弾き、フナカに斧を振り下ろそうとした男の顔を拳で振りぬく。

 ぐしゃりと、骨が砕ける感覚がした。

 きっと、死んだ。

 どうでもいい。

 フナカを殺そうとしたのだ、自業自得だ。

 恐怖に足を竦む男たちを無視し、フナカを抱きかかえる。

 ぬるりと手に触れた赤いものが、心をひどくかき乱す。

 赤は好きな色なのに、赤黒いそれに嫌悪感が止まらなかった。


「......あれ、スウ? 集落から出てきちゃったんだ......まだゆっくり休めてないでしょ」


 いつもと変わらない様子で喋るフナカが笑った。

 どうして、笑うのだ。

 なんで、私の心配をするのだ。


「ごめん、死ぬね」


 嘘つき。

 二人で暮らすと、言ってくれたのに。


 ——————


 ゴポと水気を帯びた音を立てて、喉から血が噴き出した。

 胸に二発の弾丸を受けたのだ、即死じゃないのは幸運だろう。

 冷たくなりつつある自分の体を抱きしめて泣きじゃくるスウから視線を外し、集落の男たちを見る。

 殴られた奴は死んだな、可哀そうに。

 一撃で人体を殴り飛ばした少女の乱入に、どうしたらいいのか分からなくなっている男たちに同情を向ける。

 そして、人を殺してしまったスウの未来に、思いを馳せる。

 自分が死ぬのはいい。

 むしろ、集落の人間が来たときは安堵した。

 自分で死ぬのは怖かったし、頭の声が強く抵抗するものだから困っていたところだった。

 ただ、失敗したと後悔が募る。

 川の近くだと、ふらりと様子を見に来たスウにバレるかもしれないと思って森まで逃げたのだが、それが裏目に出た。

 時間が掛かった分、スウが間に合ってしまった。

 これでスウは、もうあの集落では生きていけない。

 むしろ、この場を生きて帰れるかすら怪しい。

 自分が死んだら、魔法少女の力は消えるのだ。

 非力な少女と、徒党を組んだ男たち。

 どちらが強いかは明白だろう。

 それなら、最後にスウのために一働きしよう。


「っ、っふふふ、はっはは!」

「こいつ、まだ動くのか!? やっぱり人間じゃねぇ!!」


 喉にこびりつく血反吐を巻き散らしながら、笑い声をあげる。

 全身全霊の力で立ち上がり、さっき死んだ男が落とした斧を拾い上げる。

 頭が、目が焼けるように熱い。

 きっとこれは、人間の力ではなくELの力だろう。

 視界が赤いのは、血ではなく本当に瞳が朱く光っているからだ。

 動けるはずのない重体の人間が、斧を振り回して近づいてくる。

 恐怖に心が折れた男が、震える指で銃のトリガーを引いた。

 だが弾丸は眉間を貫くことなく、空中でぴたりと止まり、ぽとりと落ちた。

 自分にそんな特殊能力はない。

 これはスウの魔法の力だ。

 ただ、男たちには違いが分からなかったらしい。

 手に持っていた武器を投げ捨てて、一目散に逃げていった。


「逃げろ! 銃が効かないなら無理だ!」

「化け物がどもが……」

「嫌だ! 死にたくない!」


 そう言い残して去って行く背中を見てから、崩れるように倒れこむ。

 もう力は少しも残ってはいない。

 視界が暗くなり、意識は朦朧としてきた。


「フナカ! フナカ!」


 スウが泣き叫んでいるのがやけに遠くに聞こえる。

 ただ、いつもうるさかった寄生体は静かになって、気分が良い。

 先に死んだようだ。

 ざまぁみろ。

 スウも大鎌とローブを失って、一人の少女になったようだ。

 今はそのことに気がついていないようで、必死に名前を叫んでいる。


「ごめん、スウ。僕、本当にELなんだよ」

「えっ……」

「だから、死ぬのは仕方ないんだ。スウはもう、一人の女の子として生きていけるよ」


 それだけ喋って、また血を吐く。

 その血でスウの手が真っ赤に汚れる。

 申し訳ない気持ちが湧いてくるが、体はもう動かない。

 ぽたりと温かいものが頬を濡らす。

 やはり、スウは泣き虫だ。


「ELでもいいよ......だから、一緒にいようよ」

「それだと、スウが年齢で死んじゃうよ」

「フナカが死ぬよりいいよ!」

「それは、僕が嫌だから。ごめ──ゴホッ」

「フナカ!」


 もっと喋りたいし謝りたいのだけれど、それが許されるだけの状態ではなかった。

 最後に、何を言おうか。

 そう考えて、そういえば自分の気持ちを言葉にして伝えてなかったなと気がついた。

 死ぬ前に思いを伝えるのは酷だと思ったけれど、ずっと我慢していたのだ。

 最後ぐらい、許してくれるだろう。


「スウ、好きだよ」


 最後の力を振り絞り、スウの髪を撫でて、かすかに笑みを浮かべた。

 視界は霞み、耳はもはやそこについているだけで何も聞き取れはしなかった。

 ただただ、頬を濡らす涙が温かかった。


(スウは、一人でも生きていけるかな?)


 それだけが心配だったが、自分にできることはもうない。

 人としての役割は果たした。

 ELも死んだし、満足のいく結果だ。

 だから、泣かないでほしい。

 笑ってよ、スウ。

 それだけが望みなのだから。

 そうして意識は暗闇に消えていく。

 これで、世界は完全に平和になったのだ。

 めでたしめでたし。

 ……スウと、生きたかったなぁ。


 ——————


「嫌だ! 目を開けて! フナカ! フナカ!」


 髪を撫でてくれていた手がだらりと力なく垂れる。

 体は徐々に冷たくなり、抱きしめているものが本当にフナカなのか分からなくなってくる。

 口元は乾いた血で真っ赤に染まって、微笑をたたえている。

 満足したかのように、死を受け入れていたかのように、その顔には負の感情はなかった。


「私も好きだから、起きてよ! 一人っきりにしないで!」


 フナカはいつだってズルい。

 告白しておいて、返事も聞かずにどこかへいこうとするなんて。

 私の気持ちは、どこに伝えればいいのだ。


「起きてよぉ......フナカぁ......」


 泣きついて駄々をこねても、フナカは何ひとつ応えてくれない。

 魔法少女の力で揺すってみれば起きるかもと思ったが、どうしても変身ができなかった。

 変身を解いたつもりも無かったのに、今はもう一切の力が残っていないようだった。

 その事実が、フナカがELだったことを突きつけてくる。

 ……それが、どうしたというのだろう。

 私を助けてくれたのは、フナカだ。

 私を好きだと言ってくれたのは、フナカだ。

 ELでもなんでもいい。

 だから、もう一度会いたいよ。

 ふと、足に冷たい何かが当たっていることに気がついて、そちらの方をチラリと見る。

 さっきの男たちが投げ捨てた銃が、足元に転がっていた。

 魔法少女だったときは、皮膚を傷つけることすらできないオモチャ同然のそれは、今なら容易く私を貫くだろう。


「......もう、いっか」


 ELはいない。

 魔法少女も、もういない。

 それなら、私がいる意味も、もうない。

 こめかみに当たる銃身の冷たさが、抱きしめたフナカの体のようで心地よく感じる。

 片手でフナカを抱きしめ、もう一方の手でトリガーに指をかける。


「ごめんね。私のせいで悩ませちゃったよね。今度は、ちゃんと二人で暮らそうね」


 返事はない。

 それでも、通じ合えたような気がした。

 きっと気のせいだけれど、それでもよかった。

 もうこの世界に未練はないのだから。


「フナカ。私も、好きだよ」


 パンと乾いた音が、遠くで響いた。

 視界が真っ赤に染まる。

 フナカが見えていた世界は、こんな風に赤かったのかな?

 お揃いだ。

 体が崩れ落ち、私の顔とフナカの顔が近づいた。

 そういえば、キスもしたことなかったな。

 次こそは、できるといいな。

 重なった体に、もっと早くこうすればよかったのだと、思いながら目を閉じた。

 世界は平和になった。

 私の居場所は、そこにはない。

 フナカの横に、私も行くよ。

 それだけが、私の望みだから。

 平和なだけの世界に、意味などないのだから。


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