ハーレム設定とか無理なんで、まず“友達”からでもいいですか?【異世界富豪転生】
「……あれ?」
気づけば、ふかふかのベッドの上だった。真っ白な天蓋、金の装飾、天井画。どこかの貴族の屋敷のようだ。
「……あれぇ?」
神谷ユウト、25歳。人間不信、特に女性に対しては致命的なほど距離を取る。過去の恋愛で深く傷つき、以来、誰かと深く関わるのをやめた。
そんな彼が、なぜこんな豪華なベッドに? 記憶をたどる。確か、通勤途中、トラックに轢かれそうな猫を助けて——
「ああ、俺、死んだのか……?」
目の前で、静かに一礼する初老の男性。黒服に白手袋、まさに“執事”という風貌だ。
「お目覚めですね、ご主人様。お身体の具合はいかがでしょう?」
「えっ、あ、あの、どちら様……?」
「申し遅れました。私、執事長のカールと申します。ここはエリュシオン王国、首都の西にある〈神谷領〉にございます。そして本日は——第一夫人をお迎えする、重要な日でございます」
「第一夫人!? 誰が!? 俺が!?」
あまりに意味がわからず、思わず起き上がる。が、目に入ったのは、やけに整った自分の顔と、異常に豪華な衣服だった。
「ご安心ください。神の加護により、前世の記憶は保ったまま、この国屈指の大富豪として転生なさいました」
そう言われて安心できる人間がこの世にいるか。
混乱するユウトの前に、扉が開く音。そして次々と現れる、美しい女性たち。
「ご主人様……♡」「お会いできて光栄です」「今日からよろしくお願いいたします」
モデルのような美女が3人、4人、5人……。
(無理無理無理無理!!!)
「ど、どこ見たらいいか分からん! というか近い! 距離近いってば!!」
目をそらして壁と会話を始めるユウト。女性たちは困惑しつつも、好意的な笑みを崩さない。すると、ひときわきりっとした女性が一歩前に出る。
「初めまして、第一夫人候補のセリア・ノースフィールドです。……あなたが嫌でなければ、これから一緒に暮らすことになります」
「ま、待ってくれ! いろいろ飛ばしすぎて追いつけてない!」
セリアは真面目そうで気品のある女性だったが、その視線は優しく、どこか不思議な安心感があった。
「この国では、富豪には社会的責任として複数の妻を迎えることが定められています。ですが……無理強いはしません。ご安心を」
「いや、無理とかそういうレベルじゃなくて、俺、女性と話すだけで胃が……」
そしてその場から、ユウトは逃げ出した。
◆ ◆ ◆
雨が降り始めていた。庭の東屋で一人、頭を抱えるユウトのもとに、そっと傘を差し出す影がある。
「……セリアさん?」
「お逃げになったので、てっきり戻られないかと」
ユウトは視線をそらす。雨音にまぎれて、胸の奥の弱さが漏れ出しそうになる。
「……俺、前の世界で女性にひどい目に遭って。それ以来、人が信じられないんだ。だから、こんな環境、俺には——」
セリアはそっと言葉を挟む。
「私はあなたに好かれなくても構いません。でも、あなたの不安を笑ったりはしません」
一瞬、心がふるえた。
ユウトは、自分の中の何かがほんの少しだけ、緩んだ気がした。
「……俺、変われるかな」
雨音の中、傘の下に、少しだけ温もりがあった。
——つづく。