第2章:少女と天候
雷鳴が草原を揺らし、風が草を波のようにうねらせた。
俺は呆然と空を見上げていた。
自分で「雷雨」を選んだとはいえ、その即座の変化に現実感が追いつかない。指先がまだ震えている。
設定ウィンドウは視界の端で静かに浮かんだまま、次の指示を待っているようだった。
「……信じられないな、本当に俺がやったのか」
独り言をつぶやきながら、ウィンドウを閉じようとしたその時——。
「ねえ! あんた、何!?」
背後から少し慌てたような声が聞こえた。
振り返ると、そこには見知らぬ少女が立っていた。
歳は俺と同じ16歳くらいだろう。
赤みがかった髪を肩まで伸ばし、粗末な麻の服に小さな籠を手に持っている。
村人らしい素朴な雰囲気だ。
目には驚きと警戒が混じっていて、俺をじっと見つめている。
「何って……お前こそ誰だよ?」
俺は少し身構えながら聞いた。
こんな状況で人に会うなんて想定外だ。
しかも、この少女——リーナと名乗るその子は、どうやら俺が天気を変えた瞬間を見てしまったらしい。
「あ、あたしはリーナ。近くの村に住んでて、草摘みに来てただけだよ……。それより、あんた何!? さっきまで晴れてたのに、いきなり雷が鳴るなんて変よ!あんた、何かしたの!?」
彼女は籠を胸に抱きしめながら、半歩下がって俺を睨んだ。
怯えてるみたいだけど、好奇心も隠しきれてない感じだ。
「……まあ、確かに俺がやったっちゃやったんだけどさ」
隠すのも面倒だし、正直に言っちゃってもいいか。
俺は肩をすくめてウィンドウを再び開き、リーナに見えるように指で叩いた。
【天候】→「晴れ」に変更。
——雷鳴がピタリと止み、黒雲がまるで早送りの映像みたいに消えていく。数秒後にはまた青空が広がった。
「え……何!?」
リーナの目が丸くなり、籠を落としそうになる。
彼女は空と俺を交互に見て、言葉を失ったみたいに口をパクパクさせていた。
「驚くよな。俺もさっきまで信じられなかった。でも、どうやら俺はこの世界のルールを自由に変えられるらしい」
俺はちょっと得意げに笑ってみせた。リーナはしばらく茫然としていたけど、やっと我に返ったのか、籠を地面に置いて俺に近づいてきた。
「あ、あんた……神様とか、そういうの?」
その素朴な質問に、俺は思わず笑っちまった。
「神様か……まあ、そんな感じかもな。少なくとも、この世界のルールは俺の手の中にある」
試しにウィンドウで「風速」を「微風」に変えてみる。
すると、さっきまでの強風が収まり、柔らかな風が草原を優しく撫で始めた。
リーナは目をキラキラさせて俺を見上げた。
「すごい……! ねえ、あんたなら何でもできるの? 村の川が汚れてて、飲む水も洗い物も大変で……水を綺麗にしたりできない?」
彼女の声には切実な響きがあった。
村人らしい困りごとが垣間見える。
「水を綺麗にねえ……ちょっと待てよ」
俺はウィンドウを操作しながら「地形変更」の項目を開き、「川の水質」を「清浄」に設定してみた。
遠くで水音が微かに変わった気がして、草原の向こうを見ると、濁っていた川が透明に澄み始めていた。
「うそっ、川が……!」リーナが目を丸くして、草原の向こうを指差した。
確かに、さっきまで濁っていた川がキラキラと輝く清流に変わっている。
「うわっ、本当に綺麗になった……!」
リーナは手を叩いて喜び、俺の方を振り返った。俺はその無邪気な笑顔に、少し照れ臭くなる。
「ねえ、あんた! 村に来てよ! みんな困ってるんだ。水が汚くて作物にも影響出てて……あんたならもっと助けられるよね?」
リーナが俺の手を掴んで、真剣な目で訴えてきた。
「……村か。まあ、いいよ。どうせこの力試してみたいし」俺はニヤリと笑ってウィンドウを閉じた。
——この世界、意外と退屈しないかもしれないな。