ずっとお布団の上でごろごろしていようね
朝、トイレのドアをノックすると、
「入ってるよ」
と、ちーの声がした。
トイレの前で待っていたら、玄関のドアが開いて、ちーが帰ってきた。
「パン買ってきたよ」
だって。
「買いすぎちゃった」
って笑ってた。
それで、トイレのドアに向かって、
「だれ?」と聞いてみたら、
「だれ?」と声が返ってきた。
開けてみたら、そこには誰もいなかった。
空耳だったんだな、と思って、ちーの買ってきたパンを一緒に食べた。
次の日、朝起きて、トイレに行こうと思ったら、家の中からトイレが無くなっていた。
どうしよう、コンビニに借りにいこうか、と焦っていたら、ちーがニュースをつけて「みてみて」と指を差した。
ソファーのとなりに座ると、ちーは言った。
「みんな猫になっちゃう、こわい病気が流行っているから、しばらくおうちのなかにいようよ」
わけがわからないな、と思ってニュースを見ているうちに、自分がどこに行きたかったのかを忘れてしまった。
そもそもこのおうちは前からこうだったのに、自分は何を焦っていたんだっけ?
何かドアがない、見つからない、って思っていたような……。
ちーがパンを棚に並べている。
昔は「食べる」ってことが必要だったから、こういう災害のときも、非常食をいっぱいため込んで、苦労したよね。
パンを棚に置きながら、
「このパンは美味しかったね」
「このパンは甘い味がしたね」
「このパンはいまいちだった」
と、ちーは懐かしそうにパンを撫でている。
テレビも映らなくなっちゃって、ずーっとお布団でごろごろして、だらだらスマホを見たり、ゲームしたり、漫画を読んだり。
電波がなくなるにつれて、何故かスマホも映らなくなって、だけど何も困らなかった。
ゲームもしなくなっちゃった。
漫画も読まなくなっちゃった。
そもそも「テレビ」「スマホ」「ゲーム」「漫画」……なんのことだっけ?
ごろごろしていると、ちーが、「駅前に空に向かって長い階段ができて、みんなそこに向かっているんだって」って言った。
「へえ、そうなんだ」
興味ないな、と思う、でも、
「ちーも行きたい?」と聞いてみる。
「私はいいや、くーがいいなら」
と、ちーが笑うので、
「じゃあずっとこうしていようね」
と私も笑った。
ずっとお布団の上でごろごろしていようね。