彼について
1920年
赤子……正確には子供の10年とは早いもので、気付けばこの歴史でも世界初の総力戦を終え、私はあっという間に高校生の身分となった。
兄のラインハルトとは違う、できれば寮付きの学校に行くことを希望した結果、まあ希望は叶わなかった。
正直なところ、私の記憶とは多少異なる流れとは言え一次大戦を終えて経済的に余裕があるわけでもない、さらに治安もお世辞にもいいとは言えないので親として兄弟揃えてできるだけ登下校を一人にしたくないというのは妥当なところだろう。
私が親になって同じ状況なら時間の合う同じ学校に行かせるだろうし、文句は言えない。
というわけで無事に高等学校へ進学したわけだが。
まず登下校が気まずい!!!!!!!
わかってますよええ。私が一方的に兄貴を避けてるだけなんですよ。
だいたいこいつと一緒てのが最高に気まずい。
…ラインハルト・ハイドリヒ。
残念なことに両親の名前含めて私の知っているハイドリヒだ。
歴史の教科書でホロコーストやナチスの強制収容所といっしょに写真が載っていたりいなかったりするハイドリヒだ。
「ハインツ、早くしろ。入学式から遅刻して教師に目を付けられたくはないだろう」
「ごめんすぐ行く」
普通にいい人よりなのが一層罪悪感というか気まずさを加速させてくる。
……いやほんと、新聞にナチスなんて文字を見なければ普通に兄弟として生きるのも悪くないと思えたんだけどな。
「で、学校はどうなのさ先輩」
「いつも通り兄貴でいい。正直最悪だ」
「親父の疑惑のせい?」
「認めたくはないがそうだろうな」
私の知る歴史通り一次大戦に負けたドイツでは俗に言う『背後からの一突き』が流行っている。
簡単に言うとユダヤ人差別。少しだけ踏み込むならユダヤ人をちょうどいいスケープゴートにする言説だ。
我々の父親にはユダヤ人疑惑がありハイドリヒは幼少期苦労したらしい。
ま、歴史を変えられないならこの先私はいじめっ子を斬り付けようとするんですけどね。
前科者になったりはしたくなので是非とも未来は変えられると己の手で証明したいところである。
「行きたくねぇ~」
「何をするにしても勉強は必要だ。諦めて歩け」
「うぃ~…」
兄に促されて重い足を動かす。
通りは人がほとんどおらず、空いている店も少ない。店員もいなければ大元の母数である労働者も殆どいないのだ。
総力戦の代償ともいえる終末のような空気と景色に私たちは目を背けて学校へ歩く。
『(よくわからない話)(さっきと同じ話)(何の教訓もない話)』
残念なことに始業式の校長の話は長くつまらないというのは国も時代も関係なく同じらしい。
私の隣に並んでる奴など立ったまま眠っている。
隠れて後ろを向けば出席している在校生も同じ感じで、真面目に聞いている兄が逆に目立つ。
まあこれも当たり前というか、あまりに長い話を前に小声で雑談する生徒がだんだんと増え、少しずつ周囲の音が大きくなる。
そうするとなんとなく嫌な話も聞こえてくるものだ。
「どうせユダヤだ」
「奴ら次は何をやらかすか」
仕方ない事ではあるが、やはりユダヤ差別の話が耳に入る。
こういうのには関わらないのが一番なので私も隣に倣って立ちながら寝ることに挑戦してみる。
これから三年間毎日歩くであろう道を並んで歩く。
「兄貴はいじめられた時どうしてるのさ」
赤くなった頬をさすりながら珍しく私から話を切り出す。
学生の中ではユダヤ差別は娯楽にもなりえるようで早速同級生に因縁を付けられて殴り合いになった。
数の差でほぼ一方的に殴られて終わったが、やり返したので殴り合いと称してもいいだろう。うん。
「何もするな。反撃すれば評判が悪くなる…笑って見過ごせ。気持ち悪いくらい笑って向こうが近づきたくなくなるまで笑え」
「それできるの多分兄貴くらいだと思う」
頭では分かっていても実行できないことだろうそれは。
本当に、恐ろしいくらいに私の兄は冷静で、それ故に頭のネジが飛んでいるとすら思う。
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