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1日目(後)

 



 午後のおやつを皆で食べた後、琴野ちゃんは自宅へ帰ることとなった。

 昼過ぎからずっと談笑して過ごしていたし、いい頃合いだったとは思う。

 琴野ちゃんの帰宅に際し、じゃあそろそろ解散かと我が家の空気が変わった。もちろん、その空気を察知できないわけがないヴァイスだ。

「ほな、うちもそろそろ」とウェストポーチを手に持って、琴野ちゃんと一緒に玄関へ向かう。

 僕と琴乃もその後ろに続く。


「今日はありがとうございました。眞白さん」

「いやいやかまへんよ。うちも楽しかったしな」


 すっかり距離の縮まった二人。コミュニケーション能力が長けた人間同士というものは、こうもあっさりと友達になれてしまうものなんだな。

 もはや恨めしいとか羨ましいなんて感情すら湧かない。尊敬もしないが。ヴァイスにしてたまるもんか。


「バーベキュー楽しみ! また会おうね琴乃ちゃん! お兄さん! それじゃ失礼しまーす」

「はい。また今度」

「おう。またいつでも来てくれな」

「さいなら~」


 ローファーを履き終えて、いつもの元気ハツラツな満面の笑みを浮かべた琴野ちゃんは颯爽と僕の家から帰っていった。

 それを見送った僕らであるのだけれど、どうももう一人の来客の様子がおかしい。

 なぜ、お前はカバンを持って玄関まで来たのに、靴すら履こうとしないんだ。

 僕だけでなく琴乃からも訝し気な視線を向けられているにも関わらず、ヴァイスは飄々と階段を上り始めた。さも当然かのように。


「ちょっと待て!!」

「ん? どないしたん少年」

「なにしれっと二階に行こうとしてんだよ!!」

「……?」

「なんだその表情は! 心底不思議そうな顔してんじゃねぇよ!」


 まるで自室に向かうかのように流暢な動きで階段上がろうとしやがって。


「うちはただ少年の部屋で駄弁ろうと思っただけやねんけど」

「いやいや、帰る流れだっただろ」

「うちは一言も帰るなんて言うてへんよ?」

「流れの話をしてんだよ!!」


 終始何を言われているかわからないみたいな素っ頓狂な顔してやがる。

 見てみろ。琴乃なんてジト目を通り越してもはや呆れ返っちまってるじゃねぇか。


「そんな帰れ帰れ言われると、乙女として傷つくわ」

「個人的に嫌いで帰れって言ってるんじゃなくて、流れ的に帰るところだろって話だよ」

「個人的には好きってことやな?」

「そこに食いつくな、乙女すぎるだろ」


 ニマニマと口の端を押し上げて「傷つくわ」なんてよく言えたもんだなヴァイスよ。


「別にまだ日も暮れてへんしええやんか、なあ? 妹ちゃん」

「いえ、もう帰ってください」

「えぇ、辛辣やなあ」


 この辺りの琴乃とヴァイスの温度感はいつも通り。最早お家芸と化しつつある。琴乃がヴァイスに寄り添うような発言は今まで聞いたことがない。


「兄妹揃って冷たいやっちゃなあ。まぁしゃーないか、ほな今日は大人しく帰らせてもらうわ」


 不服そうに唇を尖らせながら、渋々といった感じで玄関に向かうヴァイス。なんだかんだ上着を着ていたところから察するに、ちゃんと帰る気だったのかもしれないが。

 ややだるそうに玄関に向かって、つま先を床に打ち付けてスニーカーを履くと、ヴァイスはいつもと変わらない笑顔でこちらを振り返った。


「ほんじゃ、またな少年。バーベキュー楽しみにしてるで」

「おう、まぁ、バーベキューなんて小学校の時の飯盒炊爨が最後だから、色々迷惑かけてしまいそうだけど、よろしくな」

「かまへんよ。当日はお姉さんに任せとき」


 張った胸にどんと拳を打ち付ける。

 豊満なセーター越しの胸がぷるんと震えたように見えた。


「……兄さん」

「……何も言ってないだろ」


 いいだろ別に! 思春期の男子高校生なんだから、気になっても仕方ないだろうがよ!

 健全だろうがむしろ!!


「当日は車で迎えにくるからよろしくなぁ。ほな」


 そう言って、ヴァイスはひらひらと手を振って我が家の玄関を超えていった。

 玄関が閉まると一気に家の中が静かになる。ヴァイスが如何に空気を賑やかしてくれていたのかが分かるな。

 ふぅ、と小さく息を吐く。ちらりと琴乃を見ると、ジトっと僕を見上げてきていた。


「どうした?」

「いえ、なんでもありません」


 そんなわけないだろ、と思うけれど、僕が何かを言う前に、琴乃はふいっとそのままリビングに歩き出してしまった。

 とことこと歩く後ろ姿も可愛らしい。照明が反射して真っ黒の丸みを帯びた頭頂に天使の輪っかが浮かんでいるのも相まって神々しさすら感じる。流石我が家の天使だ。

 僕も琴乃の背中に引き寄せられるように、同じ歩幅でリビングに向かった。


「やっぱりまだヴァイスのことは嫌いなのか?」


 ソファの前まで歩いた琴乃に聞いてみる。

 琴乃は数拍考えてから、嘆息しながらソファに座った。


「……否定はしません」

「うーん、そうかぁ」


 琴乃は相変わらずの淡々とした声色を発する。


「好き嫌いの尺度だけではないですね……苦手意識が強いといいますか」

「尚のことじゃないか」

「相性がそもそも良くないです」


 実際、琴乃とヴァイスは正反対とすら言えるほどの性格だからな。

 感情表現の極みとも言えそうな程、豪快で明朗な立ち振る舞いをするヴァイスの陽の雰囲気には、未だに僕も引っ張られっぱなしだし。


「恋敵として警戒していることも要因だとは思っていますけれど」

「ん゛んっ」


 冬休みの一件から、琴乃はこういう好意の不意打ちで僕の心臓を打ち抜いてくる。

 そして毎度毎度クリーンヒットして狼狽える僕の姿を横目で見てくる。

 強かになりすぎだろ全く。


「……んんっ、恋敵って、別にヴァイスは僕のことそういう風に見てないだろ?」

「……まぁ、兄さんはそうですよね」

「どういう意味だよ」

「いえ、相変わらずだなと思っただけです」


 そして分かりやすくため息をつく。


「でも、最近は兄さんの言う通りなのかもしれないと思うこともあります」

「ん?」

「眞白さんが私の恋敵であるという認識が誤っているということですよ」


 そりゃそうだろう。確かに僕とヴァイスは仲が良いとは思うけれど、お互い恋愛感情なんて持っていないはずだ。

 そういう素振りを僕は見たことがない。


「兄さんの恋愛に対する勘は腐り果ててますので、そもそも参考にはならないんですけど」

「腐ってねぇよ!?」

「あの人の兄さんに対する態度は、恋愛的に見えるんですけど……違和感があるんですよね」


 なにか煮え切らない様子の琴乃。

 だが、その琴乃の疑問は当然としか思えない。さっきから言ってるようにヴァイスは僕に対して恋心なんて抱いてないだろうから、恋愛的な視点で傍から見ると当然違和感が出るはずだ。

 前提が間違っているんだから、むしろ違和感を感じないほうが僕からすると違和感だ。


「兄さんに恋してないとしたら、どうして兄さんに恋をしているように振る舞うのか分かりません」

「別に振る舞ってもないだろ?」

「振る舞ってますよ。兄さんの一番の理解者であるかのように振る舞って、兄さんの傍に居るのが当たり前かのように振る舞ってます」

「……確かに僕の良き理解者だとは思うけれど、それを『振る舞ってる』ってのは、流石に棘がないか?」

「良き理解者……それは否定しませんけれど、その理解は……果たして兄さんのことなんでしょうか」


 ……何が言いたいんだ??


「なんといいますか、……兄さんのことを理解しているようで、……兄さんの事を見ていないといいますか……。いえ、見ているんですけれど、……見ているように見せているというか…………」


 あまりにも要領を得ない言葉。

 琴乃がここまで何かを言語化することに苦戦するのは珍しい。

 年齢的に考えるとむしろいつもがあまりにも理路整然としすぎているだけな気もするけれど、そんな琴乃がこんなに思案している様子は普段見ることなんてない。

 ただ、恋敵だからとか、そんな私的な理由によって、出鱈目なことを口走る琴乃ではない。

 琴乃なりに何かを感じているというのは事実なんだろう。きっと。


「まぁ、人を見る目という点においては、僕より琴乃の方が慧眼だよな間違いなく」

「はい」

「即答かよ」

「事実ですから」

「まぁ、でも仮に琴乃の言う通りだとしても、僕としては別にいいと思うんだけどね。実際、ヴァイスのおかげで良い事はあっても、悪い事は起こってないからな」


 冬休みの一件もそうだ。

 ヴァイスが僕と琴乃の仲介役になってくれていなかったら、僕たちの関係はきっと破綻していたはずだ。

 仮に何かの思惑があって、僕に近づいているのだとしても、僕としては現状そこまで問題視することではないと思うけれど。


 それはあくまで僕の見解であって、琴乃の価値観が許容できるかは別問題なのだろう。


「はい。それは否定しません。私と兄さんの関係についても察しているようですけれど、それに対して否定的な態度は出してきませんし、むしろ楽しんでるような節すら感じます」


 僕と琴乃の関係については、冬休みに僕から全て相談してしまっているから筒抜けなのだけどな。


「だから余計に嫌いなんです。本気で兄さんの事が好きなら、恋敵として見るだけで良かったのに……」


 ――不愉快です。


 強い拒絶の言葉。これも琴乃にしては珍しい心からの明確な拒絶の吐露だった。



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― 新着の感想 ―
ヴァイスさん恋愛感情じゃない可能性があるのか…… ゆっくりでもいいので頑張ってください!
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