砕かれた青碧の珠
織物の村ロマーナで、ルナパークの街に天空竜の兜があるという噂を聞いた一行は、街を目指して歩いていた。
「これでやっと二つ目か」
「あればの話だけどね」
「また魔物が襲って来るんだろうな」
「たぶん来るわね」
ルナパークの街に着いた四人は、話を聞こうと街の人を探した。
しかし妙に人の数が少ない。
店の商人や宿屋の女将などはいるのだが、一般の家に住んでる人がまるでどこかに行ってしまったようである。
そのうち急いでどこかへ向かっている人がいたので捕まえて聞いてみる。
「あんたたち旅の人かい? ここに魔物が攻めてくるそうだから、早く逃げた方がいいよ!」
それだけ言うと、その人は走り去ってしまった。
さらにセーラたちは人を探した。
やっと宿屋の二階で人を見つけたので尋ねてみると意外な事実が聞けた。
「数日前使い魔がやってきて街の人にこう告げたのです。天空竜の兜を取りに行くので用意しておけ。もしなかった場合にはおまえたちの街を全滅させると。それから街の人たちはどこかに避難を始めました。そして魔物がやってくるのは今日なのです!」
宿屋から出るとだいぶ暗くなっていた。
一行はふと異様な雰囲気を感じ、あたりを見回した。すると北西の空から大勢の魔物がやってくるのが見えた。
やがて魔物たちは街の近くに降り立ち、その中から三つ又の槍を持った一つ目の魔物が近づいてきた。
「俺はリンガだ。おまえたち早く天空竜の兜をよこすのだ」
四人が相談していると、リンガが気づいた。
「おまえたちは天使一行か。ちょうどいい。おまえたちも殺すように命令されているからな」
「命令しているのは誰だ!」
「これから死にゆくおまえたちには知る必要のないことだ」
四人はまた何か相談した。
「ねえ、どうせ殺されるなら一つだけ教えて。何でセーラと天使の装備を狙うの?」
「よかろう。どうせ死ぬのだからな」
リンガはあまり賢くない魔物のようであった。
「天の装備は我々魔族を唯一脅かすものだからだ。さらに我々の父たる存在はまだ魔力が戻っていない。魔力を復活させるためには天使どもの血が必要なのだ」
「でも魔力だったらあなたたちの方が持っていると思うんだけど」
リンガはしばらく考えていたが答えは出なかった。
「オレがわからんことを聞くな!」
そしていきなり槍を振り回して暴れだした。
それに合わせて手下の巨大鹿たちも襲ってきた。
「だめだ。街の中で戦ったらマーベルの街の二の舞になる!」
「街の外におびき出して!」
四人は街の外に出ていき呪文で攻撃する。
しかし倒しても倒しても、鹿の数は一向に減らない。
戦いは完全に長期戦となっていった。
どのぐらい戦ったであろうか。
ヒールで体力は戻っても、精神力までは全快しない。
「おい、一体こいつら何匹いるんだ!」
「わからん! どこかに魔物の巣でもあるんじゃないか!」
魔物の巣と聞いて、セーラはふと考えた。
ミラの街では魔物は東から来たと聞いた。
だが今回は魔物は北西から来ている。
その交差するところが”魔物の巣”。
「セーラ、危ない!」
マリアが叫んだが一瞬遅く、セーラの体はリンガの手に掴まれてしまった
「さてどうしてくれよう。このまま握りつぶすか」
「私を殺すと天空竜の兜が手に入らなくなるわよ」
「それは困る。よしおまえは人質だ。だがオレは知ってるぞ。この碧い珠は邪魔だ」
そう言うとリンガは力を込め、碧い珠を握りつぶした。
珠は砕け散り、セーラは意識を失った。
「セーラ! セーラ!!」
既に空が明るくなってきていた。
「チッ、もう朝か。いいかおまえたち、明日の夜までに天空竜の兜を用意するのだ。それまでこの女は預かる」
そう言うとリンガの姿は朝もやの中にかき消えていった。
「セーラの……碧い珠が壊れた……」
「これじゃまるでレイのときと同じじゃない! セーラも死んじゃうの!?」
「マリア、落ち着け。時間は次の日没まである。それにセ-ラがどうなるかはわからないから、ここで考えても仕方がない。今オレたちがやるべきことは、一刻も早く碧い珠を元に戻す方法を見つけることだ」
「でも一体どうやって……」
「碧い珠の呪いを解いてくれたじいさんを探すんだ!」
すぐさまミラに飛んだ三人は、以前セーラから聞いていたオルドの家の場所を探してた。
だがそこには林しかない。
マリアたちは林の中に入っていった。
しかしどの道を通ってもいつの間にか林の外に出てしまう。
ジリジリと時間だけが過ぎていく。
「一体どうなってるんだ、この林は」
「早くオルドさんに会わなきゃならないのに」
「わしをお探しかの」
突然後ろから声がしたので、三人は驚いた。
「あの、オルドさんですか?」
「いかにも。わしゃオルドじゃ」
「あの、実は……」
「まてまて、ここで立ち話もなんじゃろう。話はわしの家で聞こう」
そう言うと林の中を入って行く。
三人もあわててオルドについて行くと、不思議なことに今度は家が現れた。
オルドの家で三人は碧い珠が砕かれたことを話し、拾い集めたかけらを見せた。
「うむ……碧い珠をここまで砕くとは恐るべき奴じゃ。これを元通りにするにはかなりの時間が必要じゃろう。今から始めても夕方に終わるかどうか」
「夕方……ぎりぎりだな」
「おそらくこのかけらだけでは足らんので、かけらの補充をせねばならん。また、この珠は聖なる力がその源じゃが、その力を全て失っておる。そこで再びその力を珠に込めることが必要なのじゃ」
「それで碧い珠を失ったセーラの体は大丈夫なんですか?」
「丸一日以上経つとどうなるか、わしにもわからぬ。できるだけ早く珠を身に着けさせないと危険じゃ」
「それじゃ一刻も早くお願いします!」
「うむ、それでは僧侶のお嬢さん、お主も手伝ってくれんか」
「はい!」
オルドたちは祠にやってきた。
中は真っ暗である。
だが歩き出すと行き先を示すように炎が灯っていく。
やがて祭壇に着くと、オルドは碧い珠のかけらを祭壇に置き、周りに明かりを灯した。
「さてお嬢さん。これからお主にやってもらいたいことは、この空間を聖なる力で満たすことじゃ。なに、難しいことはない。要は儀式が終わるまで、碧い珠が元に戻るよう祈っていて欲しいのじゃ。
だが一つ気をつけることがある。邪念じゃ。人間余計なことを考えまいとするほど考えてしまう。無の境地になることが大事じゃ。もっと詳しく教えてやりたいが時間がない。頼んだぞよ」
そう言うとオルドは祭壇の方を向き、何かを唱え始めた。
すると祭壇の回りに円形の模様が現れる。
(あれは聖法陣? 初めて見た……)
そしてマリアも一心に祈り始めた。
そのうちマリアはふと考えた。
これでもし間に合わなかったら一体どうなるのだろう。
マリアは頭を振った。
(いけない、いけない。集中しなきゃ)
だが心とはうらはらにいろいろなことが思い出されていく。
亡くなった両親と幼いころ遊んだ記憶が甦る。
「む?」
オルドが見ると祭壇の炎が大きく揺れている。
だがマリアはとうとう一番思い出したくないこと、アルメリアでの祖父ジムラと憎むべき敵バルガとの戦いを思い出してしまった。
(おじいさま……!)
祭壇の炎が激しく揺れ始め、聖法陣に乱れが生じる。
(これはわし一人でやるしかないのう 。時間が間に合えば良いが……)
マリアの心はしばらくその場面にとらわれてしまっていた。
しかしそのときマリアの心にセーラの姿が浮かんできた。
セーラのすねた顔、困ったような顔、あどけない笑顔、そしてあの猛々しいますらお。
マリアはやっと無心に祈ることを思い出した。
(かわいそうなセーラ)
(あたしが守ってあげる)
「ほう」
祭壇の炎が落ち着いたのを見て、オルドはうなずいた。
そして夕方、碧い珠は復活した。
オルドに礼を言い、即刻三人は碧い珠と共にルナパークへ飛んだ。