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波紋

 話をしている間にレイたちは洞窟に着いた。

「ここが魔物のボスのすみかやで」

 一行は中へ入り、魔物たちを倒しながら進んでいく。だが突然現れた魔物に両腕を取られたレイは、身動きが取れなくなった。

 それを見たカイが二人にささやく。

「どうする? 逃げ出すなら今だぜ」

「で、でもレイが……」

「大丈夫さ。あいつはあのぐらい一人で切り抜けられる」


 三人が迷っていると、レイが話しかけた。

「ええよ、行っても。でも例えわい一人になってもこここの魔物は絶対に倒したる」

 三人はレイの目に固い決意を見た。

 アレフが魔物を剣で切り裂きレイを助けた。

 レイが不思議そうに聞いた。

「どうして逃げなかったん?」

「ここの魔物退治までは付き合ってやろうと思ってね。逃げるのはそれからだ」


 道中でレイがとつとつと話し始めた。

「わてはじいさんに育てられた。でもじいさんは魔物に襲われて亡くなってもうたんや。何もできんかったわては悔しかった」

 レイは話を続けた。

「わては以前から自分がエデンの盾を装備できることを知っていたんや。でも天使の力は何も現れなかった。そんな時、ある人がこの朱い珠をくれたのや。この珠を使えば強くなれるってな。それからや、わてが変わったのは」

 三人は黙って聞いている。

「わては攻めてくる魔物を倒し続けた。そして呪文を覚え、ライオットまで使えるようになった。望んでいた天使の力を手に入れたんだ。わいはこの珠をくれた人に感謝しているよ」

 話を聞いた三人は何も言えなかった。


 やがて一行は洞窟の最下層にたどり着いた。

 奥にはボスと思われる魔物がいる。

 浅黒い肌で修行僧のような外見をした人型の魔物が胡座をかいて浮いている。下半身には蛇の尾が垂れ下がり、両腕の代わりに無数のコブラの首がうねうねと体内から延びていた。

 その不気味な魔物は話し出した。

「わたしの名は偽神ブラフマ。おまえたちが来るのを待っていた」

 そう言うと突然ブラフマは沈黙の笛を吹いた。

 レイたちの呪文は封じられてしまった。

 さらにブラフマは爆裂呪文を唱え、レイたちに大ダメージを与える。

 四人も応戦するが、ブラフマの爆炎系の魔法によりダメージを受け続け、瀕死状態になってしまった。

 勝利を確信したブラフマは、勝ち誇ったように話しだした。


「冥土の土産に教えてやろう。レイよ、おまえにその朱い珠を与えたのはわたしなのだ」

「そ、そんなばかな!」

「その珠は魔力でおまえの力を増幅している。つまりその珠の力がなくなれば、おまえも力をなくすというわけだ。そしてわたしはその珠の力を操ることができる」

 ブラフマが突き出した手を握ると、朱い珠の光は消えレイは地面へ崩れ落ちた。

「う、うう」

 次にブラフマは握った手を開いた。

 すると珠は再び光り始め、レイに力が戻る。


「街は外からの守りが固いのでな、中から崩してやろうと思っていたのだ。だが街の中に満ちている聖なる気のため、思うように手が出せなかった。そんなときに、おまえが隠れてエデンの盾を装備しているのを見て利用することを思いついたのだ」

「それが……この朱い珠なのか」

「そうだ。力を欲していたおまえに力を与え、有頂天になったところにわたしの居場所を教えれば、エデンの盾を持って街を出て、わたしを倒しにやってくると考えたのだ」

 レイはもう言葉が出なかった。

「そしておまえはわたしの思惑通り、こうして盾を持ってのこのことやってきた。後はお前を殺してエデンの盾を奪うだけだ」


 そう言うとブラフマはレイに襲いかかった。

 レイはブラフマの攻撃を盾で受ける。

 だが天空の盾は真っ二つに割れてしまった。

「そんな……エデンの盾が割れるなんて……」

「ふん、盾は偽物であったか。それではおまえも偽の天使なのだな」

「わてが偽物……」

「とんだ茶番であった。もうよい」


 ブラフマが力を込めると朱い珠は粉々に砕け散った。

 レイは苦しげに倒れこむ。

 三人はレイのそばに駆けよるが、呪文が封じられていて何もできない。


「何をしようと無駄だ。今までその珠の魔力で、能力以上の力を無理やり引き出していたのだ。その魔力がなくなった今、もはや生きられはしまい」

「なんて……なんてひどいことを!」

「ここまで人をもてあそぶのか!」

「安心しろ。四人ともまとめて片づけてやる」

 ブラフマは再び爆裂の呪文を唱え始めた。マリアたちは観念し目を閉じた。


 そのときどこからかブーメランが飛んできて、ブラフマの目に刺さった。

 ブラフマはブーメランを投げ捨て叫んだ。

「だ、誰だ!」

 一行が目を開けると一人の少女が立っている。

「セーラ!」

「遅れてごめんね」

「それよりレイが!」


 セーラが駆けよるとレイは目を開けた。

 セーラはヒールプラスを唱えた。

 しかしもはやレイには効果がなかった。

 目に涙を浮かべながら、レイがセーラに謝る。

「ごめんなぁ……偽物はわいの方だった。それにあのエデンの盾も偽物だったみたいや。魔物の思い通りに操られていた自分が情けない……お願いや。わての代りに世界を平和にして……」

 レイは静かに息を引き取った。


「別れは済んだか? それではおまえにも死んでもらおう」

「許さない」

 セーラは激しい怒りに震えた。

 セーラがふと碧い珠を見ると、青い光が溢れている。

 その光を受け、割れた盾も光り始めた。

 ゆっくりと空中に浮き上がった盾の欠片は一つになり、みるみる形を変え、やがて新しい盾へと変化した。

 セーラが盾を装備すると、左手にしっくりとなじむ。

 これがエデンの盾の真の姿であった。


「おまえの珠はわたしの前では封じられるはず。それがなぜ……」

「あてが外れたようね。いくわよ!」

 すかさずブラフマは沈黙の笛を使おうとした。

 だがカイが先ほどのブーメランで笛をたたき落とした。

「おのれ!」

 ブラフマは死の呪文を唱え始めた。

 セーラは、エデンの盾の輝きが先程より増していることに気がついた。

 そして盾を天にかざしてみる。

 セーラの前に輝く光の壁が現れた。

 ブラフマの呪文は光の壁に弾かれ、逆にブラフマ自身に襲いかかる。

 敵の呪文を封じたセーラは、さらに攻撃を重ねる。

 もはやブラフマは敵ではなかった。

 セーラがとどめの呪文を唱えると、烈しい電撃がブラフマを焼き尽くす。断末魔の悲鳴をあげてブラフマは黒焦げになった。

 ブラフマを倒した。


「今のは……ライトニング?」

「セーラも電撃系呪文が使えるのか!」

「やっぱりセーラは天使だったんだな」

「みんな大丈夫?」

 セーラは三人にヒールプラスをかけた。

「ありがとう。オレたちは平気だけど……」

「レイが……」

「レイの最後の願いはなんとしても叶えよう」


 一行は決意を新たにセテロを後にした。

 セーラは心の中でつぶやく。

(さようなら、もう一人の天使さん)



 獅子の魔物と黄金の鎧騎士がチェスの駒ではさみ将棋をしていた。

 台には巨大なゴーレムの頭部が使われている。

 幹部の中では仲が良いほうの二人は、こうしてたまにボードゲームを嗜む。


「盾を取りに行ったブラフマも帰らないそうだね」

 黄金の鎧騎士が駒を動かしてポーンを取った。

「やっぱ君の手下は弱いんじゃない? アラブ系だし」

「グルル!  ブラフマなどに期待したオレが間違いだった。今度はオレ自ら行ってやる」

 獅子の魔物は指笛でグリフォンを呼ぼうとした。

「待て、冗談だよ。恐らくブラフマはエデンの盾を装備したその者に返り討ちにあったんだろう。ならばそいつが地上に降り立った稀少な天使でほぼ確だ。奴らパーティはどんな構成?」

「戻った部下に聞いたところ、天使以外はゴミのようだな」

「なるほど。だがボクも同行しよう。君の力なら敵が何人いようが関係ないが用心に越したことはない」

 鎧騎士は取ったチェス駒を手のひらに乗せてジャラジャラと動かした。

「君はこのルークのように直情的だからね」

「ふん。いらぬ心配だ。オレ一人で充分!」

「いや駄目だよ。君がいつかのように思わぬ深手を負って再生まで時間がかかると困る。君とは一番気が合うんだ。ゲームは弱いけどさ」

「余計な一言を…付いてくるのは良いが手は出すなよ」

「オーケー。あと斧のほうだけど、天の流れをくむ者に装備させないと錆びが取れないから一緒に持っていくよ」

「お父様がまだ殆どお言葉を発せられないのはそういうことか」

「長年手がかりさえ掴めなかったのに、最初の斧を探し当ててから盾もすぐに見つかった。とすれば悔しいがあいつの言葉は正しい。残りの装備も集めてもらうまで天使は泳がせて生かしておかなくちゃいけない」

「グルルルル…天使は盾だけ奪い半殺し、仲間どもは八つ裂きにして殺す!!」

「復讐に燃えて早くエンシェントマターを探してもらわないとね。最後の装備を手にした時が」

 鎧騎士が獅子の魔物のキングをナイトで挟んで取った。

「天使が死ぬときだ」



 偽神ブラフマを倒した一行は戻る途中で突然の雨に見舞われたため、森の中でテントを開いた。

「少し雨に当たってくるね」

 セーラは一人で外に出ていった。


「マリア、アレフ、後をつけてみないか」

 カイがそう言うとマリアが激昂した。

「馬鹿ね! セーラは戦いのあとの汗を気にしてるの! ったく男はデリカシーがないんだから」

「そ、そうは言うがこの前のことを忘れたのか?」

「あの時のセーラの姿は水面に乱反射した光のせいだった。そういうことで落ち着いただろう」

「お前たちは本心でそう納得しているのか。オレは納得していない。あんなのは普通じゃない」

「誰にだって触れて欲しくないことはあるわ」

「ああ、それにセーラが天使なら天界の不思議な力で姿が変わるのもあり得ることだ」

「わかった。お前らには頼まん。オレは自分のために行くぞ」

 テントを飛び出すカイ。

(違う、あれはそういうんじゃない、もっとこう、そうだ、邪悪なものだった。でもセーラはエデンの盾を装備できたし電撃呪文も使えた。あのときの変化をもう一度この目で見れば恐らく正体がはっきりするはずだ…)


 セーラは天を仰いで雨のシャワーを浴びていた。

 装備を脱ぎ捨て、服はびしょ濡れであった。

 木陰に隠れたカイはやましい気持ちになり、後を追ってきたことを少し後悔した。

「……!!?」

 セーラは恐ろしく巨大な二つの気配に気づき、キョロキョロと辺りを見回した。

「やばい、ばれた」

 カイがそう思った瞬間、大きな体躯をした魔物が二匹、空から飛び降りて地に着地した。

 空を見上げるととびきり大きなグリフォンがばさばさと羽ばたきしており、数十匹の魔物が降りてきた。


「あなたたち…」

 セーラはその中の二匹の魔物をキッと睨みつけた。



 その少し離れた場所の洞穴で野宿していたバルガも、気配を感じとり飛び上がった。

「やべえ。幹部の誰かが俺を殺しに来やがった。やっべえ…やっべえええええ!」

 オロオロするバルガを見て手下の小虎たちも「どうします? どうします? 」と、あたふたし始めた。



「むっ?」

 干からびた片腕の魔導師はすぐに察した。

(あやつらめ……)

 魔導師が他の幹部に詳しい話をしていないことには理由があった。

 娘の身体を生み出す術はその触媒として、天使の頭骨が必要であった。体内に取り込み長い年月を共にして魔物の個体として育てあげた。

 そのような話をすれば面倒なことになるだろう。


 頭骨の持ち主は名前をルーテと言った。

 ルーテは天界産の高級馬車の名前でもあり大変に希少な車種であった。

 我らは馬車好きが集まる祭りに人間に化けて参加しており、そこで知り合った。

 車のフォルム同様に美しい容姿をしたルーテはすぐに我が魔性を見抜いたが、離れてはいかなかった。

 百年以上昔の話だが、車のマニアックな知識を嬉々として語るルーテの姿は昨日のことのように思い出せる。


「こんなに車について深いお話ができたのは久しぶりで嬉しい。どうも有難う。貴方さまは内に多くの光を宿した良い魔物。天使の私が言うんだから間違いありません!」

「良い魔物……?そんなものが存在するのか」

「どんな生き物にも、植物にさえ善と悪の両面があります。この私にも。そしてそのどちらが強いか弱いかによってその人の色が違って見えるだけなのですよ。私は貴方さまのこと、好きです」


 それから程なくして、我はルーテを殺して天使の頭骨を手に入れた。


 最期の時、ルーテは少しだけ涙を流したが、説得も命乞いも抵抗もしなかった。

 良性の魔物など存在するはずがない。

 まして我は魔の幹部の長。

 その我を懐柔しようとした馬鹿な天使の女は、我に何を見てそして何を信じたのか。

 ルーテ以前にも天使の頭蓋を触媒に使い術を試みたことはあるが、全て我の体内で消滅した。

 ルーテだけが我の魔力に耐え得る力を持っていた特別な天使であり、それ故に我はその名前を記憶している。

 我が愛しき娘はルーテの生まれ変わり。

 魔族でありながら天使の性質をも有する、我の最高傑作である。


 獅子の魔物が黄金の騎士に聞いた。

「こりゃあ一体どういうことだ?」

「一見ただの人間に見えるが同胞のニオイがぷんぷんするね」

「盾も装備していないし天使ではないのか」

「試してみよう」

 槍を装備したフルアーマーナイト四体が同時にセーラに襲いかかった!


 セーラの瞳が盾に割れて足元は僅かに宙に浮いた。

 四本の槍はそのままセーラの身体を通り抜け、アーマーナイト達は同士討ちとなった。


 セーラは口を結んで下唇を噛み、獅子と騎士の魔物だけを警戒して睨みつけていた。

 雨で濡れているセーラの頰に一筋の汗が流れた。


「すり抜けた!? 馬鹿な」

 黄金の騎士は目を疑った。


(あれが…セーラ?)

 カイは加勢に出ることも出来ず、木陰からその様子を見て目をこすった。


 セーラの身体は降り注ぐ雨水と一体化していた。

 自分の体の変化に困惑したセーラが一瞬、敵から目を離した隙に、二匹の強大な魔物は空高くグリフォンの背に飛び移っていた。

「お父様に怒られるから、これくらいで退いてやるか。大体わかった」

 黄金の騎士が抑揚のない声音で小さく呟いた。

「こいつはレアものだ」

 獅子の魔物は腕組みをして、地上にいる豆粒のようなセーラを見下ろした。

 巨大なグリフォンが耳を劈くような甲高い唸り声をあげ、二匹の魔物を背に乗せたまま遥か彼方の空へ消えていった。


(た、助かった…。)

 バルガとカイは脱力したように同じ言葉を呟いた。

 緊張の糸が切れたセーラは、その場にへたりと座り込んでしまった。身体は元の肉体に戻っていた。

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