存在理由
時を同じくして、お父様が封印された古城では幹部たちによる会議が開かれていた。
テーブルの中央には手下が一足先に調達してきた動物や人間が盛られた巨大な皿。
それぞれ手にはワイングラスを持ち、中には血色の紅い液体が入っていた。
(グルルル・・・)
「辺境の村アルメリアに送った貴様の半身とやらは、未だにエンシェントアイテムを持ち帰っていないそうだが」
獅子の唸り声とともに一匹が語り出した。
「君が自身の魔力を半分切り離して生み出したヤツ? 裏切り者は処刑だよ」
全身を黄金色の鎧に包んだ一人があけすけに訊く。
「人間も馬鹿ではない。簡単にはいかぬさ」
片手に杖を持ち、片腕が干からびた一人が答えた。
「グルル…手ぬるい! 村を襲い人間どもを根絶やしにして奪えば良い。なぜそうしない?」
「長い年月をかけようやく突き止めた天界の装備。必ず繋がりがある。闇雲に滅ぼしてしまうのは愚策だ」
「でもお父様はお嘆きになるだろうなー」
「ふん。その通りだ! 動向が手に取るように分かるそうだが、人間どもに混じり、媚びて情報を探るなど」
「クックックッ……」
黙って聞いていたヘドロスライムが笑い出した。
「何がおかしい?」
「いえ、つい。お三人とも気の長いことだなと思いまして。失礼」
「ガルルッ! 貴様、何か文句があるのか? グラスも持てないスライムごときが」
「幹部の新参。一番下っ端の分際でちょっと生意気だね。ボクがお仕置きしてやろうか」
「いえいえお詫び致します。私のようなスライムが、お父様に次ぐ力を持つあなた方に敵うはずがない」
「なるほど、素早いお前は既に新しい情報を掴んでいると見える」
「ええ。もちろんです」
「我々はまだ他の武具の所在を探し出せていない。お前の命は預けておこう」
「……さすが冷静かつ賢明なご判断。感謝いたします」
(ニヤニヤ。かつて魔王を滅ぼした天使がどのような"モノ"であったか。魔に染まりきったあなた方には分かるまい)」
手下のモンスターたちが狩りから帰ってくる。
″お父様″と呼ばれた存在がその凶大な力の全てを取り戻すための封印。
その解放は目前に迫っていた。
◆
城に帰還したバルガを待っていたのはお父様ではなくヘドロスライムであった。
「失敗したようねバルガ」
「……申し訳ございません。人間どもの中になかなか強力な技を持つものがおりまして」
「それで持ち帰ったのがその汚く錆びれた斧だけか。それが天使の斧とでも?」
ニヤニヤと笑う口元。だがその眼は笑ってはいなかった。
「おっおそらくは! 他にそれらしき武具は見当たらず……」
「そうか。ところで、その手練れの息の根はちゃんと止めてきたんだろうな」
「い、いえ、お父様より伝心が入りましたゆえ、即刻戻って参りました。しかし奴には致命傷を与えており長くは持たないかとおもわr」
≪セバルチュラx≫
ヘドロスライムの二つの眼から紅蓮の炎が際限なく吹き出し、バルガの全身を包む。
「ぐぎゃあああ! た、助けて、お赦し、お赦しを!!」
「そういうところが詰めが甘いと言っている!」
「あっあっ、ベホ、マ、ベホ……」
灼熱に飲み込まれバルガは呪文を唱えられない!
黒焦げとなり床に崩れ落ちるバルガ。
しかしHPはわずか1残り、まだ息があった。
「クックク。大した生命力だよバルガ。もう一度だけチャンスをあげる。再び村に赴きその手練れを捕らえて城に連れて来なさい。そいつは生きている」
「な……な…ぜ、あん…な…にん、げんを」
「そいつは人間ではない」
そう言うとヘドロスライムの身体が光り輝きバルガに注がれ、焼け爛れた傷を少しずつ癒していった。
◆
アルメリアの教会では神父によって治療を受けているセーラを村人たちが取り囲んでいた。
幸運にも軽傷ですんだアレフがカイに話しかけた。
「誰も装備できなかった斧をセーラが使えるなんてな」
「確かにセーラは村の救い主だよ。しかし、親父たちもジムラ様ももう戻らない」
「とにかく早くこの村を出なければならん。またいつ魔物が襲ってくるかわからんからな」
「俺は村を離れるつもりはないよ、アレフ」
「馬鹿なことを言うな! 殺されるのを待つつもりか?」
「まだマリアの意識が戻っていない。それにこの村は俺たち三人が生まれ育った大切な故郷だ。俺にとっての全てだ」
「マリアは担いでいけばいい。今の俺たちの力はあいつらに手も足も出なかったが、経験値を積んでレベルを上げればいつか勝てる」
「……セーラさえ村に来なければ」
カイが呟いたその時、セーラが目を覚ました。
セーラが目を覚ました時、既に夜は明けていた。
日の光の下で見ると、改めて村の悲惨な状況が理解できた。
気がつくとマリアが泣いている。
「おじいさまが……村が……みんなが……」
セーラはマリアにかける言葉がなかった。
しばらくのち、二人はカイとアレフを探し始めた。
カイたちは放心状態で座っていた。
「カイ……アレフ……」
「ああ……」
「あの、二人ともけがの具合はどうですか」
「セーラが手当してくれたんだな。ありがとう。けがは大丈夫だ」
マリアは昨日の出来事をカイとアレフに話し始めたが途中で泣き出してしまった。
後はセーラが説明した。
「そうか、やっぱりあいつは力天使の斧を狙ってきたのか」
「でも本当にあったんだな。天使とやらが使っていた斧」
「何のために持って行ったんでしょうね」
「わからんが、相手は魔物。人間の利益になることのためでないことは明らかだ」
「なあ、これからどうする?」
「どうすると言われてもな」
「オレは奴らを追いかける。奴らを倒して天使の斧を取り戻す」
「一体どうやって奴を倒すつもりだ? 奴は強い。強すぎる。」
「それなら希望はあるわ」
泣き止んだマリアが答えた。
「昨日セーラがすごかったの。誰も装備できなかった家宝の斧を装備できたし、その斧が光りだして攻撃はすべて会心の一撃。あいつ……バルガをあと一歩まで追い詰めたんだから」
「そうなのか、セーラ」
「はい。なぜ会心の一撃ばかりになったのかはわかりませんが……」
「よし、俺たちも旅に出て経験を積みながら敵討ちを目標にしたいと思う」
「あたしも行くわ」
「セーラはどうする?」
「よければ私も一緒に行きたいと思います」
「それじゃ、用意をして出かけよう!」
四人は旅の支度をしたあと、生き残った人々に別れを告げ、旅に出かけた。
途中、バッタに出会った。
「セーラ、それじゃ見せてもらおうか」
「任せてください」
セーラは斧を使いバッタに殴りかかった。
しかし当たらない。
「……あれ?」
セーラの攻撃はことごとくはずれた。
見かねたアレフがバッタを切り刻んだ。
「なぜかはわからんが、今のセーラにはその斧を使いこなせていないようだ。それでは実戦に向かない。しばらくこれを使っていてくれ」
アレフはそう言うと恥ずかしげにムチを渡した。
「はい……」
セーラはすっかりしょげ返っている。
「おかしいなあ。昨日はあんなにすごかったのに」
マリアも首をひねった。
四人はあたりでしばらく経験値稼ぎをすることにした。
セーラ以外の3人は順調にレベルが上がっていく。
だがセーラだけは、何度戦闘に勝利しようともレベルが上がることはなかった。
カイがアレフに声をひそめて話しかけた。
「マリアの言うセーラの力って本当だったのか?」
「わからん」
マリアがセーラをいたわる。
「セーラ、気にしないで。街に着いたら神父さんに見てもらいましょう」
しかしセーラはまたしてもシュンとなっていじけてしまうのであった。
日が落ちてきたため一行は近くの街ミラへと向かった。
ミラは中規模の街であったが、セーラたちには問題ない品ぞろえであった。
しかしどうやら、この街の先にある崖が崩れて通れないらしい。
一行はしばらく滞在することにした。
十分補給をし装備を買い替え、宿に行こうとするとセーラがいない。
「あら? セーラはどうしたの?」
「ん? ああ、あそこで占い師に捕まっているな」
セーラは困っていた。
「あの……私お金持っていないんです」
「大丈夫じゃ、ただで占ってやるわい。お主の運気はなにかこう……」
「セーラー! 宿に行くわよー!」
「はーい!」
セーラはマリアの方に振り向いたが、その時に黒い珠を落としてしまった。
すぐに拾い上げ、セーラは占い師に謝った。
「おじいさん、ごめんなさい。お友達が呼んでるからまたね」
「ああ、ちょっと待たんか! その珠は一体!」
「行ってしまったか。さてあやつは希望か絶望か……」
「セーラ、お風呂行く-?」
「んー、私なんか眠くなっちゃいました。お風呂後で入ります」
「そう? じゃ、あたし入ってきちゃうね」
マリアが部屋を出て行った後、いつしかセーラは眠りに落ちていった。
夢の中でセーラは魔物たちと戦っている。
しかしどんなに切りつけようと魔物たちを倒すことができない。
いやそれどころか、セーラが殴りかかる度に魔物は分裂し増殖する。
とうとうあたりは魔物だらけになってしまった。
「たっ助けっ!………あ、夢……」
少し落ち着いたセーラは、喉が乾いたので水を飲もうと部屋を出た。
廊下に出ると向かいの部屋から話し声がする。
「そんな簡単に切り捨てちゃかわいそうじゃない! もっと長い目で見てあげないと!」
「長い目っていつまでだよ! もしかしたらこのままずっとレベルアップしないかもしれないんだぞ!」
「落ち着け、カイ。神父も言われていたが、レベルアップに必要な経験値は得ている。だが何らかの原因でレベルアップができていないと……」
「じゃあ、その原因とやらがわかるまでここにいるのか? オレはそんなのはごめんだ!」
「カイ! もう少しぐらい様子を見てあげてもいいじゃない!」
「だいたいおまえらも人がいいよな。マリアは何回ヒールをかけてやった? アレフは何度かばってやった? 弱い敵ならまだいいだろう。だけどこれから敵はどんどん強くなるんだぞ! 足手まといが一人いるだけですぐ全滅の危機にさらされる! はっきり言おう。セーラはこれから先の戦闘には耐えられない! 彼女はここに置いていくべきだ!」
そのとき部屋のドアがバタンと閉まった。
「今のは……」
「まさかセーラ!?」
三人は部屋を飛び出した。
向こうに、雨の中宿から駆け出していくセーラの姿が見えた。
急いで追いかけるが、既にセーラは街の外に出てしまっていた。
「追いかけなきゃ」
マリアはカイの方を向いてキッと睨んだ。
「セーラに何かあったら許さないから」
「アレフ、早く探しに行きましょ!」
「ああ」
「カイ、おまえが一刻も早く親父さんの敵をとりたいというのはよくわかる。それは俺も同じだからだ。だが俺たちの中で一番心細い思いをしているのは誰だ? そこらへんをよく考えてみるんだな」
そう言うとアレフはマリアと街を出て行った。
そのころセーラは雨の中、街の外をとぼとぼと歩いていた。
(私は要らない人間)
(もうどこにも居場所はない)
止めどもなく涙があふれてきた。
当てもなくさまよい歩いているうちにももんじゃ8匹と遭遇した。
しかしセーラは完全に戦闘意欲を失っていた。
(またももんじゃかあ)
(さすがに誰も助けてくれないだろうなあ)
(今度はやられちゃうのかな)
(それもいいかな)
ももんじゃたちは無抵抗のセーラに、容赦なく攻撃を加える。
セーラは気を失った。
いつしかそこに昼間の占い師が立っている。
占い師は閃光魔法を唱えももんじゃを一掃した。
そしてセーラを背負うとどこかへ消えて行った。
夜が明け、雨は止んでいた。
マリアとアレフは一晩中セーラを探したが、見つけることはできなかった。
そのためいったん宿に戻り、休むことにした。
どこか見知らぬ場所で、セーラは目を覚ました。
起き上がろうとすると、声をかけられる。
「もうよいのか」
「あ、あなたは街で会ったおじい! もしかしてあなたが助けてくれたのですか? どうもありがとうございました」
「うむ、わしゃオルドという者じゃ。それよりどうしたというのじゃ。夜中に雨の中を一人で出歩くとは」
「あの……それは……」
「言いたくなければ言わんでもよい。ところでお主が持っている珠を見せてくれんかのう」
「これですか?」
「おおそれじゃ。ううむ、これはどうやら呪われているようじゃの」
「呪い?」
「うむ、この珠はな、いわばお主の力の源のようなものじゃ。だからけして壊したりなくしたりしてはならぬ。だが何者かがこの珠に呪いをかけ、お主の力を封じているのじゃ」
「それじゃ珠の呪いが解ければ……」
「お主が本来持つ力を使えるようになるはずじゃ。どれ、わしが呪いを解いてやろう」
そう言うと、オルドは珠の周りに手をかざし、なにやら呪文を唱え始める。
すると珠の色が徐々に変わり、やがて青く光る珠が現れた。
「きれい……」
「ほれ。これを持ってみい」
オルドはセーラに碧い珠を渡した。
珠の光に呼応して、床に置いてある家宝の剣も光りだす。
「すごい……力が湧き上がってくる……」
なんとセーラのレベルが上がった!
「それが現時点でお主が本来持っている力じゃ。今のお主なら魔法も使えよう」
「私が魔法……」
セーラは嬉しくなってきた。
「じじい! 何から何までありがとう! あっ、私の名前はセーラ。あなたの名前は聞きましたっけ」
「わしゃオルドじゃ」
「ああ、聞きましたよね。ごめんなさいおじい」
「だからわしゃオルド……まあよい。セーラよ、すぐ街に戻りお主がすべきことをするのじゃ!」
「はい! おじい、本当にありがとうございました!」
セーラは去って行った。
オルドがぽつりと言った。
「あやつ性格まで封印されておったか……」
「さてと街はどっちかな」
セーラがさまよっているうちにまたもももんじゃ8匹に遭遇した。
「昨日はやられたけど、今日はそうはいかないんだから」
セーラは怒声をあげた。
一撃でももんじゃたちを倒した。
「すごーい!」
セーラはもう有頂天である。
みんなに自分の新しい力を見てもらいたくて街へ急いだ。
だがセーラがミラにつくと不穏な空気が流れていた。
なぜか魔物が街に入りこんでいるのである。
セーラがみんなを探すと魔物たちと戦っている。
「みんな! 大丈夫!?」
「あっ、セーラ! 今までどこに!? いえそれよりも今は魔物を倒すのが先決!」
「こいつら剣で切ろうとすると分裂するんだ!」
見ると辺りはプチゴーストだらけである。
「大丈夫。任せて」
不謹慎ながらセーラはくすっと笑ってしまった。
(昨日の夢はこれだったのね)
斧を構えて魔物たちの前に立つ。
(まずは増殖した魔物をどうにかしないと)
セーラは破邪の呪文を唱えた。
プチゴーストたちを光の彼方へ消し去った。
「すごい……」
(残りは二匹)
セーラは敵に殴りりかかる。
まさに瞬殺であった。
魔物たちは全滅した。
セーラは改めて声をかける。
「みんな大丈夫?」
「ええ、もうMPがないけどあたしは大丈夫。それよりどうしたの!? その力!」
セーラはオルドのことを話した。
「そうか、呪いのせいでレベルが上がらなかったのか」
「でもセーラって斧だけじゃなく魔法も使えるのね。びっくりしちゃった」
「あれ? カイは?」
「回復できないのでそこらで倒れてるはずだ」
そのときカイが声をあげた。
「オレはここだ」
「カイ、今治してあげる」
セーラはヒールプラスを唱えた。
「ええ!? 回復魔法まで使えるの!?」
マリアが驚く。
「大丈夫?」
「セーラ、すまん」
「え?」
「オレは君を足手まといだと言った。だがそう言ったオレがこのざまだ。凍結系の呪文が苦手なため、炎熱系の魔物が現れると手も足も出ない。本当の足手まといはオレがだったんだ」
「ううん、そんなことない。だってレベルアップしていっぱい呪文覚えるのこれからだもの。私も頑張るからカイも頑張ろ。ね?」
「ごめん、セーラ本当にごめん」
カイは心から後悔し、涙を浮かべて謝った。
「さて一見落着ね。ってそういえばセーラって今”カイ”て呼ばなかった?」
「どうやら能力とともに性格も変わってしまったようだな」
話をしているみんなをセーラが呼ぶ。
「何お話してるのー? ごはん食べてお風呂入ってたっぷり寝よー!」
マリアとアレフは顔を見合わせた。
宿にて戦闘の疲れを癒し、マリア達との楽しい夕食を終えたセーラは少し夜風に当たろうと街に出ていた。
しばらく歩いているうち誰かに声をかけられた気がしてセーラの足がぴたりと止まった。
すると目の前の空間が裂けて渦となり、暗く禍々しい色をした旅の扉が出現した。
セーラは吸い込まれるようにその旅の扉に足を踏み入れていた。
翌朝、セーラがいないことに気づいたマリア達が彼女を見つけたのは街はずれの湖のほとりであった。
セーラは膝を抱えて座っており、その小さな後ろ姿は水面に向かって誰かと話しているようにも見えた。
「セーラ、一人でどうしたの?」
アレフとカイを置いて先に駆け寄るマリア。
声に気がついたセーラは水面からふっと顔をあげて振り返った。
セーラの瑠璃色の瞳が縦に細長く閉じた。
「ひっ!!」
マリアは驚きのあまり声を上げて硬直した。
セーラの肌は雪よりも白く、まるで透けているかのようであった。
「お前は、一体……」
追ってきたアレフとカイはその妖しい美しさに思わず息を呑んだ。
「おはよう。マリア。アレフ。それにカイ」
セーラは優しく微笑んだ。