箱庭
(ゴォォォォォォ)
無造作に生えた羽でも、それぞれがめちゃくちゃに羽ばたけば、巨人でさえ天空を自在に飛び回ることができる。
お父様に乗った魔導師たちは、いくつかの浮遊大陸、エルフの里、天使の住む塔といった、強者や天の者が集うめぼしい地を次々と滅ぼしていった。
お父様の見てくれがグロテスクなせいか「神はお怒りだ」「天罰だ」と人々は恐れ慄いた。
そして、世界の人口は実に半分にまで減った。
「それいつまで封じ込めてんの? 名は確か、セーラといったな」
兜を脇に抱えた騎士が訊ねる。
「ルーテだ。出しても構わぬが」
「ガル…ガルガル…出てきた途端、また襲いかかってくるんじゃねぇか?」
「ルーテは我が呪いの秘術をその身に受けた」
「どうなるんだ?」
「天使や人間に与することで、乳首の色が青から紫、そして赤へと変わっていき、やがて深紅に染まりきると、全身が遺伝子レベルで分解され、バンデッドウデムシに再構成されるのだ」
「愛しき娘、じゃなかったのか?」
「もちろん醜いウデムシなどに変わる前に、我の手で解呪するさ…それに」
そこで魔導師は言葉を区切った。
「この呪術の解除方法はいたって簡単だ」
(キュエアアァアァッ)
実験台にされた天使の悲喜交々な顔面は、強風を受けてウネウネと別の方向に動き、その首をちぎれんばかりに伸ばして荒々しく叫んでいた。
「それは愛する者の心臓を抉り出し喰らうことだ」
「ガル~……お前の話し聞いてると気分が落ちるわ…」
「出してやればいい。死んだか逃げたスライムの代わりになるだろ」
「強い魔族は多いに越したことはない…グルガルッ」
魔導師たちの次の目的地は『シャイニング・バインド』『グローリアス・ヘイロー』と呼ばれる、天使の総本山とでも言うべき、強大な聖光気で包まれた双子の浮遊大陸であった。
倒れたモンスターの補充は、魂を削る老いた魔導師の代わりに、お父様がその羽根一枚一枚からノーリスクで生み出していた。
「天使の属性を合わせ持つ魔族を量産できるならば、我々の勝利は揺るがぬであろう……」
魔導師はセーラを封じ込めた黒いビー玉をコロコロと手の中で遊ばせながら呟いた。
◆
空が茜色に彩られた早朝、カイは浅い眠りから目を覚ました。
隣で蓑虫のように寝袋にくるまっているマリアは、まだスヤスヤと寝息を立てていた。
カイは一晩かけてある決意を固めていた。
それは、マリアを死なせないこと、自分が強くなること、そして…巨悪の力にパーティーが屈するような事があれば、そのときの蘇生呪文は自分が使えるようになっておくことであった。
「死なせない。マリアは…オレの初めての」
「ふわぁぁ……カイもう起きてたの」
マリアが寝袋に入ったまま声をかけた。
「これからは必ずオレが先に起きるからな」
「?……なんでぇ?」
首を傾げるマリア。
「起きたか二人共」
階段を登ってオルドが飄々と現れた。
地下はオルドの寝室か何かだろうと二人は思った。
「カイ、マリア。お前たちが戦力にならないから、こんなんなった」
そう言うと、オルドは魔物たちに壊された玉座の下の隠し部屋に二人を案内した。
「私が長きに渡って天使長を務めてきた理由だ」
部屋は薄暗く、ノートパソコンの液晶モニターだけが不気味に光っていた。
「これは…図鑑?」
「この世界に生存した全ての生物の標本が保存されている。
哺乳類、爬虫類、両生類、鳥類魚類、妖精、巨人、亜人、人類、魔物、不死類、霊体、悪魔、そして天使、竜族、神までも」
「アレフの名前があるわ、お墓に…」
「オルドさんアンタ」
憤ったカイはオルドを睨みつける。
「早まるな。悪戯にこの類型や各パラメータを変動させることは通常不可能である。
ただしこの箱の中で起きた変化は現実に対応する、私はそれを見届けてきた」
オルドは目を閉じて自らの滑らかな羽を撫でた。
「決まっている運命を改変することは、私にできる御業ではなかった。それができる者を何百年と待ち続けてきた…
お前たちは、この標本データ、これらの画像が詳らかに見えているな」
「う、うん。見えるわ」
「なんかゲームみたいだな」
箱庭と名付けられたアイコンがモニター画面の隅にある。
中には膨大な数のフォルダと生物のデータ群がひしめいていた。
「この数値で戦うことができれば、ステータスが変わる、上がる、強くなれる……!」
「まっさかぁ」
からかうマリアを尻目に、カイは食い入るように画面にかじりつき、マウスポインタをぐるぐる回した。




