支配
悪魔の姿をしたセーラの周囲には、赤黒い霧が立ちのぼり、円を描いてその身体を覆っていた。
震える指を開いて前方にかざすと、全身の霧がセーラの手の先に集まる。
«ダフォーラ»
衝撃波を伴う大量の熱線が魔導師たちを襲う。
異形の魔生物は、天使の奇声を上げてそれを受けた。
魔生物の全身に無数の穴が開き、硬い皮膚が煙を上げて爛れてゆく。
しかし魔生物は倒れず、穴はすぐさま塞がっていった。
「セーラなの!?」
マリアが叫ぶ。
「……」
その呼びかけにセーラはチラと目線を向けるが、何も答えない。
そして上げた片腕を地面につけ、そのまま四足歩行の体勢になった。
「あいつは何者だ?」
騎士が老いた魔導師に訊ねた。
「ルーテが魔として覚醒したのだろう」
「ガッガル…半人前の天使が悪魔になりやがった」
「攻撃してきたって事は、敵として排除していいんだな」
黄金の騎士は兜のフェイスガードを降ろし、眼下の赤黒い獣に照準を合わせた。
「……待て」
魔導師が制するより早く、騎士は魔生物の肩から地上に降りてスレイプニルを呼んだ。
それと同時にセーラは騎士に向かって四つ足で駆け出した。
セーラの駆けた足跡からは、鋭い岩が突き出て氷柱のように固まった。
「散れっ!」
猛スピードで迫ってきたセーラに、騎士は薙ぎ払うような剣戟を放つ。
剣と爪が交差する寸前、セーラは直角に方向を変えて素早く避けた。
騎士はその動きを目で追う。
足元に砂煙を立て、再びセーラは騎士に飛びかかる。
黄金の盾で防御するよりも速く、セーラは騎士の顔面をその爪で掻いた。
(ガギィィン!)
騎士の頭を覆っていた兜が上空に飛ぶ。
片手で顔を押さえながら騎士がよろめいた。
額から血が流れ落ちてくる。
「何だと!?」
獅子の魔物が助太刀に入ろうと身構えた。
「騎士よりも速いか」
魔導師が驚嘆の声を上げる。
騎士が顔の血を拭うと銀髪がハラハラと落ち、青年の素顔が露になった。
「やるじゃないか……」
出血はあっという間に止まり傷が治癒する。
着地したセーラの黒い乳首が数ミリだけ切れた。
«プライオア・ドミネイション»
魔導師はその隙を見逃さず、セーラに向けて呪詛の魔法をかけた。
セーラの乳首に黒い瘴気が集まる。
皮膚に浸透し心臓を掴まれたような激痛がセーラを襲う。
「あっきゃあああ!!」
胸を押えてセーラは痛みに泣き叫ぶ。
「こちらへ来い!」
魔導師が健常なほうの腕で拳を作った。
セーラの体が魔導師と同じ黒い球に覆われていく。
そしてセーラを包んだまま、黒球は小指の爪ほどの大きさにまで縮まり、魔導師たちの元へゆっくり流れていった。
「待って、セーラを返して!」
マリアが叫ぶ。
「セーラ! 戻れっ! セーラ!!」
カイの呼びかけも虚しく、悪魔の姿をしたセーラを包んだ黒球は魔導師の掌中に収まった。
「大人しくなったな」
騎士が緊張をといた。
「これより審判をくだす」
魔導師が言い放つ。
「全員……死刑に処す」
「ぶっ…ぶわっはっはっはっ!」
獅子が思わず吹き出す。
「ガルー…待っていろ! まもなく地上は火の海となり、我ら魔族以外の全ての生物は灰と化すであろう!!」
その言葉を最後に、魔導師たちは異形の魔生物と共に上空彼方へと飛んで行った。
「セーラをどうする気だよ」
カイはがっくりと膝を落とし呟く。
「返して…返してよぉ……」
マリアは大粒の涙を零して悲嘆にくれた。
しくしくと泣くマリアを見て、カイは変な気分になっていた。
「マリア…オレじゃ駄目なのか?」
「グスン…」
「オレが傍にいるじゃないか。死んでるけどアレフだっている」
マリアは何も答えず泣き続けた。
カイは後ろ頭をぽりぽりと掻いて苦笑いをした。
「こういう時はどうすればいいんだっけ……」
戦いから度外視され、為す術なくセーラを取られたカイとマリアの背中は寂しく夕陽に照らされていた。




