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リング・オブ・ヴォイド

 その頃マリアたちは魔導師への怒りを露わにしていた。

「セーラをどこにやったの!」

「リング・オブ・ヴォイドは対象の全てを無に帰す」

 魔導師の代わりに騎士が答える。

「あの娘は記憶を奪われ珠の力を封じられ、振り出しに戻ったのさ。お前たちが初めて娘と会った場所を覚えているか?」

「それじゃあ……」

「セーラはまたあの場所でももんじゃと戦うところから始めているのか!」

「言っておくが、これからお前たちが向かっても無駄だぞ。世界が違うからな。フハーハッハッハッ」

「なんてこった」

 カイが首を振った。


「先の戦いで属性が中立となったこのリングに吸い込まれた者は、少しずつゆっくりと脳機能を失い続け無に近づいてゆく。いずれ歩き方も、泣き方すらも忘れ、最期には心身共に塵となる」

 無表情に魔導師が続ける。

「愛しき我が娘を、これから起こる大破壊から逃がしてやったのだ…」

「セーラはそんなこと望まないわ!」

 マリアが食ってかかる。


「ガルガル…復活されたお父様の偉大なる超魔力で、隠れている天使をニンゲンもろとも根絶やしにしてやろう」

「そっ、そんなことさせるものか」

「試してみるか? ガルルッ」

「放っておけ。雑魚に用はない」

 騎士が制する。

「そちらに用がなくても、こちらにはあるのよ…!」

 カイとマリアが臨戦態勢に入る。

「ニンゲンよ。貴様らと遊んでいる暇はなくなったのだ」

 そう言うと騎士と獅子の魔物は異形の魔生物の両肩に飛び乗った。

 それに呼応したかのように、魔生物の頭部に張り付いた天使たちの顔は一斉にけたたましい金切り声を上げた。


 中途で蘇った弊害か、異形の魔生物は明白な自我を持たなかったが、元の天使のニオイを探すのは造作もないことであった。

 そして魔の本能が前に出る。

 天使どもは残さず絶滅、壊滅、撲滅、殲滅、この世からその痕跡を完全に消し去るのだ。

 さあ、終末の宴を始めよう……。



 『リング・オブ・ヴォイド』内の閉鎖空間に飛ばされたセーラは、草原を止めどなく歩いた。

 しかしどこまで行っても同じ風景が続くだけで、ついにその場にへたり込んでしまった。

 ふと地面を見ると雑草の間に小さな水溜まりがある。

 セーラは何となく水面を覗き込むが、自らの泣き顔が映るだけであった。


 冷たく嫌な匂いの風が吹いていて、目を開けていられない。

 虚無の縁、忘却の寸前。

 わたしの周りにはただ漆黒、何も、何も聞こえない。

 わたしの意識は解けそして ───。


 水面に映ったセーラは、紅い瞳と黒褐色の透けた身体、背にはコウモリの皮膜の艶やかな翼が二枚、そして頭には山羊の角が二本生えた悪魔そのものであった。

 そう……わたしは。

 悪魔の姿のセーラを映した水面が電波の悪いテレビ画面のように乱れ、稲光の如く裂け目が走り、そして空間が開かれた。



 魔導師の持つリングに亀裂が走った。

 次の瞬間、騎士たちが見たのは、悪魔の姿のセーラであった。


「セーラ……?」

 マリアが涙声で名前を呼ぶ。

「リング・オブ・ヴォイドの閉鎖空間を自力で抜け出してくるとは…しかもその姿は」

 魔導師は動揺を隠さずに呟いた。


 セーラの身につけていたオルドの腕輪は真っ二つに割れ、天使の装備は全て剥がれ落ち、真っ裸であった。

「ルーテ」

 魔導師はセーラが正気を失っていると推測し、言葉をかけた。

 セーラは予想外に落ち着いた表情で言った。


「わたしの名は……セーラ」


 セーラの深紅の瞳が、猫の瞳孔のようにスッと縦長に閉じた。



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