造られた天使
裂かれた首の傷が再生した魔導師は、再び秘術による儀式を行っていた。
「不完全なまま復活させるのは悔やまれるが」
騎士らが自分を疑い始めている以上、猶予はなかった。
魔導師が呪文を唱え終える。
すると暗闇の奥から異形の生物が動き出した。
それは大小様々な天使の顔面を持ち、背には顔の数だけ羽が無造作に生えており、ドラゴンよりも巨大な体躯は薄暗く透けていた。
地響きが起きて古城全体が大きく揺れ、天井から瓦礫が崩れ落ち始めた。
轟音と煙の中で城が瓦解し、異形の天使の集合体は大地に降り立った。
魔法アイテムによる空間移動で逃げたセーラたちを探して、城を離れていた騎士と獅子は、すぐにその異変に気づいた。
「あの音と煙は……我らが城の方角」
「ガルガルッ! まさか天使どもの別働隊が!?」
「いや」
黄金の騎士はニヤリと笑った。
「お父様が復活なされたのだ」
スレイプニルの手網を引き、くるりと踵を返す騎士。
「戻るぞ!」
準備を終えたセーラたちも気球でヘルキャッスルがあった場所へ到着していた。
しかし気球から様子を見ると、ヘルキャッスルは瓦壊しており、そのおよそ一キロ四方が暗い闇に包まれていた。
「魔導師はこの世界を闇に変えようとしているのか」
「城が壊れてる……どうしたのかしら」
「分からない。だが、闇の空間が増えるとオレたちに不利になるよ」
「早く魔導師を倒さなくちゃ」
そう呟いたセーラだが前回も感じた違和感が気になっていた。
何かを忘れているような気がする。
このまま進むと取り返しがつかなくなりそうで足が止まる。
マリアが疑問に思いセーラに声をかけた。
セーラは考える。
だがどうしてもわからなかった。
「あれを見て!」
マリアが指さした闇の中心には、黒い球体が浮いていた。
球体の中には老いた魔導師が、そしてその背後には一見すると巨木のような異形の生物が佇んでいた。
「あれが魔物の父……」
カイは目を凝らした。
「まるっきり化け物やないか!!」
その生物の頭部は多数の人面で覆われており、カイはこれまで出会ったことのない、異質でおぞましい雰囲気を察知して震えた。
セーラはオルドが語った伝説を思い出す。
かつて魔生物と戦った天使の軍勢がいた。
天使たちは罠に落ち、魔を封印するエンシェントアイテム、『リング・オブ・エクス』を奪われてしまった。
しかしリングは聖と魔の力を反発させ暴走し、その場の生物全てを次元の狭間へと飲み込んでしまったという……。
いま眼前の巨大な魔生物を見たセーラは、なぜか見覚えがあるような気がした。
「ようやく会えたな……」
黒い球の中から魔導師が声を発した。
「きっ、きさまが諸悪の根源か!」
カイが怯えながらも強気に言い放つ。
「魔族の父は既にここに復活した」
魔導師がそう言うと、騎士と獅子の魔物のシルエットが闇の中からぼうっと浮き出した。
「到着」
黄金の騎士が魔導師に語りかける。
「やはり生きていたか、ククク……お父様の復活、よくぞ成し遂げた」
「……」
「魔族同士なら殺せると思ったんだがな」
「グガルル…天使どももいるじゃないか」
「ここを最終決戦の場としようか」
「ルーテ……天の者よ。お前たちはいずれ自ら滅びる運命なのだ」
黒球の中の魔導師が持つ薄闇色のリングが不気味な光を放ち始める。
「ならば、この我の手で」
魔導師の『リング・オブ・ヴォイド』が、セーラの碧い珠の光を吸い取っていった。
それと共に珠が黒く変色していく。
セーラは力が抜け座り込んでしまった。
「永遠の眠りを与えよう」
そして無の指輪から闇の霧が噴き出しセーラの体を包んだ。
「セーラ!」
「マリア、危ない!」
カイがマリアを止める。
だが闇の霧が消えた後、そこにセーラの姿はなかった。
気がつくと彼女はそこにいた。
あたりを見渡す。
(ここはどこだろう)
そこは広々とした草原であった。
だが見渡す限り人がいそうなところはない。
彼女は見覚えのないこの土地で、どこへ向かって歩いて行けばいいのか迷っているうちに、ふと自分が何者かすらわからないことに気がついた。
(私……誰?)
だが、記憶をなくした彼女の頭のどこにも自分の名前はなかった。
自分が何者か、なぜここにいるのかが抜け落ちている。
彼女は自分が持っている物を調べてみた。
しかし黒い珠があるだけで、手掛かりになりそうなものは何もなかった。
自分のことを思い出すのをあきらめた彼女は、とりあえず歩き出した。
そこに居続けることに耐えられなかったのである。
───。




