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獅子の魔物

 気球による空の旅は快適である。

 スピードは速くないものの、魔物たちに遭遇しないというのは何事にも代えがたい安堵があった。


 やがて隣の大陸が見えてきた。

 更にしばらく行くと前方に瓦礫と化した街があるので地上に降りる。

 かつてそこにあったエルマールの街は、もはや存在しなかった。


「ひどい……」

「街の人はどうなったんだろう」

 すると背後から獣の唸り声が聞こえた。

「グルルルーおまえたち、意外と早かったな」

 振り返るとそこにいたのは、以前、セテロの町外れでグリフォンに乗ってセーラを襲った巨大な獅子の魔物であった。

「きさま、一体何のためにこの街を滅ぼした!」

「街の人たちはどうしたの!」

「この街はおまえたちをおびき出すために滅ぼしたのだ。街の人間は知らんな。地獄にでも逃げたんじゃないのか。ガルガルガルガーッハッハッハッ」

「このやろう……そんなことのために!」


「次はオレ様から質問だ。本物の天使の斧はどこだ」

「本物!?」

「俺様にこんな偽物をつかませやがって。よくも恥をかかせてくれたな」

 そう言うと、獅子は偽物の斧を投げてよこした。

 確かにあの時バルガが奪っていった斧である。

 試しにセーラが持つと淡い青色に光る。


「おい、そこの女。おまえが半人前天使だったとはな。おまえの背中にある斧が本物だろう。それをよこせ」

「よこせと言われて素直に渡すと思う?」

「その言葉後悔するぞ」


 獅子の魔物が襲いかかってきて戦闘が始まった。

 獅子は鋭い爪が生えた四つの前足で空を切り裂いた。

 かまいたちのような斬撃が地面を切り裂きながら四人を襲う。

 四人は新調した防具を頼りにガードに徹した。

 致命的なダメージは受けない。しかし…。


「みんなは下がっていて! コイツは普通の魔物じゃない!」

 そう叫んでセーラはみたび家宝の斧を構えた。

 斧は青く輝き、獅子に会心の一撃を与える。

 カイとアレフはマリアのヒールで休みながら体育座りで見物することにした。


「くっ、このままでは済まさん」

 獅子は鋭く凶暴な牙でセーラに噛みつこうとした。

 セーラはひらりと避けた。

 すかさずセーラはたたみかけるように斧を振り回し、獅子の身体に幾筋もの切り傷をつけていった。

「……何故?」

 セーラは焦っていた。

 この巨大な獅子に自分は何回攻撃をいれたことだろう。

 獅子はダメージを受けていない。

 それどころか負った傷が端から治っていく。

「セーラの攻撃が効かない?」

「いや、再生力がとんでもないんだ」

「グルグルル…どうした、もう終わりか? 息が切れてきたぞ。半分だけ天使の女よ」

「半分だって?」

「どういう意味だ?」

 アレフたちは外野であれこれ騒いでいる。


 するとどこからかおぞましい声が聞こえてきた。

「獅子の王よ…その女を殺してはならぬ」


「今の声は……仲間がいるのか」

 アレフは周囲の気配に気を配る。

「ガルルッ!黙れぃ貴様の指図は受けん」

 獅子の身体が赤い光に包まれ、こちらを向いて言った。

「もっと抵抗してみろ、グルルガル…お前も魔族の端くれだろう」

 そう言うといきなり灼熱の炎を吐いた。

 その熱量と威力に四人は驚愕した。

 敵の言葉の真意を気にしている余裕はなかった。

 マリアがヒールプラスを唱えるが、回復が追いつかないため、セーラも回復役に回る。

 そして回復が追いついたところで、再び攻撃に転じる。

 だが戦いは長引き、じりじりと押されていくのが四人にはわかった。


 突然セーラが地面に膝をついた。

 碧い珠を見ると、いつのまにか光が弱くなっている。

「わたしが…魔族?」

 セーラは半ばパニックに陥り、戦意を喪失しかけていた。

「逃げろセーラ!」

 これ以上の戦闘は危険だと判断したカイが叫んだ。

「前にやった水人間になって逃げるんだ!」

「このオレがみすみす逃がすと思うのか」

 獅子は巨躯を揺らして四つ足でゆっくりとセーラに近づいてくる。

 いつでも猛ダッシュしてセーラを噛み殺せる姿勢。


 その時、先ほどのおぞましい声が呪文を唱えた。


«空間転移魔法α»


 セーラたちパーティーは戦闘から強制離脱させられた。

「チッ、逃げられたか。グガルル…あのクソ爺め」

 獅子の魔物はのしのしと歩きながら、片方の後ろ足で顔を掻いた。



 一行が飛ばされたところは、オルドの家に近いミラの街であった。

 ひとまず逃げることができて安心した三人は街の宿に入り、セーラを寝かせた。

「わ、わたし…は、誰なの…」

 セーラはかなり苦しそうである。


「戦闘が長引いたせいで、碧い珠の力を使いすぎたんだ」

「家宝の斧はやはり諸刃の剣だな」

「それで碧い珠に力を与えるにはどうしたらいいの?」

「前に珠を砕かれたときも同じことを言ってたが、結局俺たちにはわからなかったな」

「時間がもったいない。オレがオルドのじいさんを連れてくる」


 オルドの家の林まで来たカイはオルドを呼んだ。

 だがオルドは一向に姿を現さない。

 林の中に入っても前回同様いつの間にか林の外に出てしまう。

 カイはなんとかオルドの家へ行こうとしたが、やがてあきらめてミラへ帰って行った。


「ダメだ。オルドのじいさんはどこにもいない。セーラの具合はどうだ」

「あまり芳しくないな。呼吸が段々激しくなっている」

「くそっ、なんでこんなときにあのじいさんはいないんだ!」

「ねえ、どうしよう。あたしどうしたらいいのかわからない」

「俺にもどうしたらいいのかわからん」

 アレフは頭を抱えた。


 そんな中、カイがあることを思い出した。

「レムリア城で魔物たちに奪われた魔光気の指輪を覚えてるか? あれは確か聖なる力を魔の力に変える物じゃなかったか?」

「確かにレムリア王はそう言っていたわね」

「だとすれば、その逆の指輪も存在するかもしれない」

「なるほど、可能性はある。それじゃ早速レムリア城に行ってみよう」

 セーラをマリアにまかせて、カイとアレフは熱気球でレムリアまで向かった。


 レムリア城に着いた二人が王に聞いてみると、推察通り魔法気の指輪と対になる聖光気の指輪があるという。

 しかし聖光気の指輪はレムリア王家に伝わっておらず、どこにあるのかわからないとのことであった。

 二人はレムリア城と城下町を探したが、やはり見つけることはできなかった。

 二人は近隣の街を調べることにした。


 その頃マリアはセーラを看病していた。

 と言っても何ができるわけでもない。

 セーラは変わらず苦しそうにしている。

 だがしばらくしてセーラの様子が静かになった。

 碧い珠を見ると、完全に光が消えている。

 セーラは意識を失ったのだ。

「以前碧い珠が砕かれたときにオルドさんから、セーラは碧い珠の力がないと一日は持たないと言われた。今回もそうだとすると、明日のお昼ぐらいまでに何とかしないとセーラは…… 二人とも早く帰ってきて!」

 マリアは天に祈った。


 アレフとカイは聖光気の指輪を求めて、各地の街や村の中を探し回っていた。

 しかし、指輪は見つからず、何の情報も得られない。

 時間だけがむなしく過ぎ去って行き、あたりは既に闇が訪れていた。

「宿屋に泊まっている暇はないな」

「ああ。夜通し捜索だ。しかし何か情報はないのか」

「そう言えば、エルフの里にはまだ行ってなかったな。あそこの女王なら何か知ってるかもしれない」

「だが夜の間は女王に会えないぞ」

 エルフの里は後回しにして、他をあたることにした。


 マリアはセーラを看ながらついうとうととしていた。

 そしてはっとして目を覚ましセーラを見る。

 セーラは意識を失ったままである。

 頬には涙がつたった跡があった。

 時間はそろそろ夜が明けようとするころであった。

 しかしまだ二人は戻ってこない。

 マリアは再度、碧い珠に力を与えようと様々な方法を試してみる。

 しかしマリアの努力も空しく、碧い珠には何の変化も見られなかった。

「セーラ、どうすればあなたは目覚めるの? 何とか言ってよ」


 やがて日が昇り朝になった。

 残された時間はあと半日しかない。

 マリアは祈りながら、二人の帰りを待っていた。

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