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07 プール

 夏の終わり頃のことです。僕は梓さんを室内プールに誘いました。もちろん二人きり。従順なバイトの後輩であった僕です。梓さんは軽く承諾してくれました。

 梓さんは、白いタンクトップに水色のショートパンツという、露出の少ない水着でした。僕は胸の膨らみを舐めるように見ました。肌を隠されているほど、その先が見たくなってしまいました。

 大きな浮き輪に二人で入りました。僕はさりげなく、梓さんの腰を触りました。ポニーテールであらわになったうなじを至近距離で見つめました。


「瞬くん、あれやろう! ウォータースライダー!」


 僕たちは何回も列に並びました。そうしてはしゃいだのは小学生の時以来でした。僕も梓さんも、この時本気で童心に返っていたのだと思います。

 お昼に焼きそばを食べ、その後梓さんはタバコを吸いました。僕も喫煙所に着いていきました。彼女のタバコを奪い、勝手に一口吸いました。


「あっ、もう瞬くんったら」

「えへへ、吸ってみたかったんですよ」


 間接キスです。自分がしたい、というよは、梓さんにさせたかったのです。僕の吸ったタバコを取り返し、吸いきった彼女の横顔を、今でもよく覚えています。

 また、浮き輪に浮かんでぷかぷかと流れに乗りました。近くのカップルが、あられもなく肌をくっつけているのが目に毒でした。僕たちはまだ、ただの先輩後輩。そこまではできませんでした。

 梓さんは、大学やバイトの話をしてきました。そして、家庭の話も。梓さんには優秀な姉がおり、彼女と比べられて育ってきたそうです。


「姉は学者になるんだって。だったらあたしは、少しでもいいところに就職するんだ。そうして、自立して、姉を見返すの」

「僕はまだ、就職のこととか考えてないですね……」

「一年生だもんね。これからだよ」


 プールからあがり、帰ろうかという時、僕は梓さんを引き止めました。


「僕……梓さんともっと一緒にいたいです。夕飯も食べましょうよ」

「もう、瞬くんは甘えん坊だなぁ」


 僕の好意など、筒抜けだったでしょう。それで良かったんです。彼女の心の中に入り込むことさえできるのなら。

 もう僕は、初恋を散らしてしまった時の自分とは違う。変わったんだ。そういう自信に満ちあふれていました。そうなったのは、兄のおかげでした。

 夕食をとりながら、僕は次の約束をとりつけることにしました。


「梓さん、また今度、僕の部屋に来てくださいよ。僕、最近料理も作れるようになったんです。食べてくださいよ」

「おっ、いいねぇ。あたしはお酒も頂こうかな」


 僕が腹の中で、黒い欲望を抱えていることなど、梓さんは知る由もなかったのでしょう。だから簡単にそんな返事をした。

 完全に、僕のことを男とは思っていないし、信用もしてくれているんだな。そう感じました。

 夕食が終わって、自分の部屋に戻り、水着を洗った後、兄のところに行きました。僕はもう、呼びつけられなくても、そうするようになってしまっていました。


「なんだ、瞬。今日は梓ちゃんと一緒だったんじゃないのか」

「うん……でもやっぱり、兄さんと眠りたいから」


 僕は一人では寝られなくなっていました。兄の息遣いや、体温を感じ、包まれながらでないと。

 兄はその日あったことを細かく聞いてきました。そして、最後にはむくれました。


「……やっぱり、女じゃないとダメか?」

「兄さんとするのも気持ちいいけど……やっぱり梓さんとやってみたい」

「俺は瞬に、俺だけを見てほしいんだけどな。俺は瞬だけを見てる」

「ありがとう、兄さん」


 兄の執着は相当なものでした。高校の三年間、僕をつけていたぐらいですからね。だから、僕が他の人に興味を向けていても、兄は僕のことを離さないだろうという確信がありました。

 僕は、その執着を利用してやろうと考えていました。僕は兄に囚われましたが、兄だって僕には囚われているのです。

 血の繋がりよりも濃いものはない。だから、僕は兄を愛しました。彼がどのような半生を送ってきたのか、当時の僕はまだ知りませんでしたが、酷いものには違いないと予想はしていました。


「兄さん、好きです。もっともっと、繋がりたい」

「わかった。沢山よがらせてやるからな」


 僕の身体は、兄のものを飲み込むようになり、完全に彼が好むように作り替えられました。僕は我慢せずに嬌声をあげ、兄を呼び、想いを伝えました。

 眠ってしまった兄の短い髪を撫で、僕は一人で微笑みました。兄は夢うつつだったのでしょう。ぽつりと寝言を言いました。


「父さん……」


 兄にとって、父とはどういう存在なのか、僕は考えました。兄の言うことが確かなら、彼が十四歳の時に捨てられたはずです。そんな多感な時期に、母まで亡くして、彼はどう生きてきたのか。


「兄さん、僕がいますから」


 そう言って、広い額にキスをしました。坂口伊織という人間を愛する肉親は、確かにここにいる。それを伝えたかったのです。


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