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8章

「やはり彼女は素晴らしい料理人なんだな。」

良高がスープを1口味わってからため息をついた。

「そうですか?私はこちらの味付けも美味しいですわ。」

久々ダイニングに降りて絹が食事している。

タエさんが、消えてしまったのだ。

屋敷中探したが見つからず、買い物かと宝珠館の

運転手にも聞いたが呼ばれておらず、

忽然と消えたのだ。

仕方なく宝珠館のコックを1人呼んで夕食を作って貰ったのだ。


こんな事は初めてだ。

タエさんは、夕食の仕込みをほぼ終えた状態だったそうで、本人は作る気満々だったようだ。

なのに消えた。

イヤな予感がする。

「清、顔が険しいわよ。」

ダイニングで向かい合って食事する2人の間で壁際に扣えていたが、眉間にシワが寄っていたのだろう。


「申し訳ありません。心配なもので。」

「実家かもよ。4kmくらい歩けば疎水近く白川通の路面電車にも乗れるらしいし。」

「そうなんですか?東京育ちだし京都に来てからは

運転手さんの車でしか移動しないので知りませんでした。」

清は、京都に来てからはこの屋敷内しかほとんど知らない事に今更気づいた。

「後でタエさんの実家に連絡してみます。」


やはり実家にも戻っていなかった。

電話を置いて、警察に連絡するかどうか悩んだ。

もう真夜中だ。

今夜は、良高が居候している日本家屋の方で寝ると

絹と良高はすでに眠りについている。


やはり絹が1階に来なかったのは、タエさんを避けていたから?

タエさんの最後の言葉。

女の涙とは、絹のことなのか?

清は首を横に振った。

確かにピアノの音が聞えてた。

絹にあの銃が扱えるとも思えない。


頭がズキズキしてきた。

警察に連絡するのが、なんでこんなに嫌なのか?

「明日だ!明日、警察に連絡する!」

清は何も考えないようにしてベッドに潜り込んだ。


「ぎゃああああーーーっ」

つんざくような絹の悲鳴で目が覚めた。

清は部屋を飛び出して、絹と良高が眠る日本家屋の客間に走った。

雨戸が1枚だけ開けられ、そこから朝の光が注ぎ込んでいた。

良高は、まだ布団の中で寝ぼけていたが、縁側にへたり込んだ絹の顔は、見たことないほど歪み唇は真っ白に戦慄いていた。

その視線は、開いた雨戸の外に向けられていた。


清はすぐさま、そこから外の庭を見た。

桜の花が今は盛りと咲き誇る中に振り袖の着物が垂れ下がっている。

なぜ、あんな所に着物が…と思った瞬間ギクッとした。

長い黒髪が揺れる振り袖の合間から見える。

風が一瞬強く吹き、人の顔が!

タエさん!

桜の木に振り袖を着たタエさんが逆さまに宙吊りされていたのだ。


そこからあまり記憶がないが、呆然としてる清の代わりに

良高が警察に連絡してくれたらしい。

大勢の警察官が来て、タエさんが下ろされた。

すでに息絶えており、首には帯の組み紐が何重にも巻かれていたと。


「昨夜の内になぜ連絡しなかったんですか?」

今回は、絹だけでなく清もかなり調べが入った。

しかし、それすらどこか遠い世界のように感じる。

血まみれの毛皮に包まれた豊の死に顔と

タエさんの逆さまの死に顔が交互に清の脳裏によみがえり吐き続けた。

豊の死のダメージを感じないように感じないように

自分を保つために頑張っていたのに!


残された絹のため!

この家のため!

タエさんも含めて、自分の家族のように感じていたのだ。

実は清はほとんど両親と暮らしていない。

父は芸術家らしく、放浪の旅に出て半年に1度帰宅する程度。

母は家計を支える為、朝から晩まで仕事に出掛けた。

清は記憶にある限り、ほとんど1人で生活してきた。


だから、豊に怒鳴られながらこき使われるのも

絹にあれしてこれしてと身の回りの世話をさせられるのも、

タエさんの愚痴を聞かされるのも、

常に人が居るこの暮らしを密かに満喫していたのだ。

それが魔性の男が入って徐々に崩れ壊れ、

まず豊が消え、絹が気が触れたようになり、

タエさんまで!


冷静にいよう。

最善を尽くそう。

と必死で耐えていたのに。

私はまた家族を失うのか!


ふと我に返ったのは、夜中に警察から戻り白々と夜が明けた翌朝だった。

良高は、客間に戻らず居間のソファに寝ていた。

彼なりに絹と清を心配してくれているのだろう。

が、憎しみのようなものが込み上げて、その美しい顔をグチャグチャにしてやりたいような衝動が湧く。


急いで自室に戻りピッチャーの水を飲み、深く呼吸をした。

絹は2階の自分の部屋で寝ているようだ。

やはり、今回も絹の調べが1番長かった。

可哀想だったが、仕方がない。

今、清だって疑っている。

絹は何か知ってる。隠してる。


昼から警察が煩雑に出入りし、絹の部屋、豊の部屋は特に念入りに捜査された。

台所、タエの控室からお勝手口も庭も洋館の外周もずっと捜査が続いた。

屋敷外には、新聞記者が詰めかけ話を聞こうと待ち構えている。


2階は警官隊の待機所になった。もう使えないので、絹は日本家屋へ移動した。

常に捜査員がいるので、保護と監視されている状態になった。

良高は宝珠館へ出向き結婚の準備を急いでいるようだ。

清は絹の世話は宝珠館から使用人を派遣してもらい

紡績会社に金庫の書類を移し

九条伯爵や良高についても十分な調べを会社の役員と共にすることにした。

そう、この連続殺人で最も得するのは、九条良高!

九条家なのだ。

後は、清を消せば絹1人。

その可能性もあるんだ。

絹なはずがない!

どこかでそう思いたい気持ちがあるのかもしれない。

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