表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

4章

もう九条良高が、東山の山田邸に出入りするようになって一ヶ月が経つ。

もっと早く縁談が決まるかと思ったが、ここに来て

豊が難色示しだした。

原因は何となく察しがつく。


「おはよう〜朝から元気だね~」

清が庭掃除をしてると客間のある日本家屋の障子と窓を開けて

ほとんど裸の良高が大あくびをしている。


山田邸は、日本庭園に日本家屋ある屋敷だが、

玄関扉は宝珠館と同じアルコープで西洋館の方に付いている。

チューダー朝の2階建ての洋館が本宅として外周門アプローチから車の乗り入れが出来るように設計されている。

そして離れとして池の上に日本家屋が玄関から

横並びに建っている。

招かれた客がゆっくり過ごせる半独立した造りだ。


「昨夜も泊まったんですね。

で、どちらですか?」

「ストレートだね~

う〜ん、ハシゴかな?ちょっと物足りなくて」

「………」

清は空いた口が塞がらなくなって沈黙した。


そう、良高が絹とそういう仲になるだけに飽き足らず

豊とまで懇ろになってしまったのだ。

清と会って5分でキスしょうとした男だ。

想像に難くない。


「もうすぐ朝食の時間ですが?」

「う〜ん、僕はいいや。まだ寝る。

あっ、後で部屋まで持って来てよ、ネッ」

歌舞伎の女形のような流し目をして良高は部屋に戻った。

通ったのは最初の1.2週間だけ!

あっという間に離れの日本家屋に住み着いて

絹を骨抜きにし、豊まで。

美しい容姿だけでなく、性にまで貪欲で食い散らかす

男だったようだ。

女しかいない山田邸は、彼にとってはハーレムのようなものだった。


九条伯爵が、なぜあんなに下手に出たのか?

宝珠館でパーティーまで催して、良高を推してきたのか?

何だか分かった。

とんでもない不良品の次男坊を九条家から早く追い出したかったのだ!

貴族院で次期議長とも噂される九条伯爵にスキャンダルはご法度。命取りなのだ。


良高が出入りするようになって、山田邸はいつもピリピリした空気が漂うようになった。

朝食も揃わず、絹が1人で食事している。

「お母様は?」

清をにらみながら絹が聞いてくる。

「お声は掛けたのですが、支度が出来たら来ると」

使用人ではないのだが、もう絹はそういう態度しかしないし、

清も、あまりに境遇が違いすぎて、この形の方が落ち着く。


それより、男性経験の少ない絹が、母と良高の関係に気付いて、今どんな精神状態なのか?

その方が心配だ。

さっきからパンも卵も全然手を付けてない。

ただひたすらコーヒーを飲んでるだけだ。


「お嬢様、イチジクのコンポートでもお持ちしましょうか?」

家政婦のタエさんも食事を勧めているが、心ここにあらずな様子だ。

屋敷の掃除や管理は全て清だが、食事関係は通いのタエさんがやっている。

吉兵衛の生前からの唯一の使用人だ。

実家が京都でも有名な料理屋なのだが、出戻りで家では働きづらいらしい。

味が山田吉兵衛、豊夫妻好みで宝珠館ではなく私邸に

抜擢されたのだ。


女なので料理人の扱いではなく家政婦だが、腕は確かだ。

豊とも波長が合うようで唯一残された。

台所内の和室を第2の自室代わりにしている。

絹と豊の食事が終わらないと自室に戻れないのだ。


その時、ダイニングルームの扉が開いた。

豊がやっと来たのだ。

ガウンは辛うじて着ているが、さっきの良高と変わらない乱れた服装だ。

ちょっと前までは、ドレスもメイクも髪もバッチリで

生まれつきの貴婦人のような出で立ちだったのに。

絹は、下を向いて唇をワナワナ震わせている。


「だらしない!汚らしい売女みたいだわ!

私のお母様は、食事の席でそんな服装を許す人では無かったのに!」

目も合わさずに絹が振り絞るように話す。

「ハッ、男1人満足させられないヒヨッコだから私が

手助けしてるのよ!

パーティーばかり行ってたのに、一体何を学んでいたの?」


顔を真っ赤にして絹が席を立った。

目は血走り唇は噛み締めすぎて血まで滲んでる。

生まれつきお嬢様の絹には、場末のカフェから愛人となり運良く正妻となった豊のような胆力はない。

「私を侮辱するのは、お母様でも許さない!」

「箱入りに育て過ぎたわ。と言うか九条様は貴女では無理よ。

新しい婿を探しましょう?

私も喪が明けたから再婚しても良いし?」


深窓のお嬢様で大事に大事に育てられた絹は、

あまり感情をあらわにすることは無かった。

豊に言われるままに、母に従い生きてきたのだ。

しかし、今は女として目覚め、母にも初めて口答えし

自分の男を渡すまいと必死なようだ。

「九条様は絶対渡さない!

私が初めてお慕いした方、身を捧げた方なのよ!」

絹が豊の席まで廻り母の顔に平手を入れた。


「おやめください!」

清と家政婦のタエで、絹を何とか押さえつけた。

豊は、叩かれた頬をさすりながら、意外に冷静に微笑んだ。

「亡くなられた奥方以来だわ。

私に女として負けたくせに。血統が良いこと以外

なんの取り柄もないくせに。」


豊の心中は複雑だったろう。

大事に大事に育てた娘から、まさか前妻と同じ事をされるとは。

「気分が悪いわ。部屋に戻るわ。食事は下げて」

と言い残しダイニングを出て行った。


「ワアアア〜ッ!」

絹も鳴き叫びそのまま崩れ落ちた。

仲良し母娘。

まるで一卵性双生児みたいな親子だったのに。

色情狂の男のせいで!

清は、途方に暮れながら、良高へ怒りと不穏な気配に

嫌な予感を感じていた。


昼から夜に掛けては、静かに日常が過ぎていった。

週1で来てくれる庭師が弟子と共に屋敷の庭の手入れをし

家政婦のタエさんがお茶を出し歓談し、夕方5時前には1輪車で帰った。

夕食の用意を済ませて、6時前にはタエさんも運転手が

宝珠館から来て

路面電車が走る疎水下の道まで送って行った。


清は食事をセッティングして、一応2階の豊の部屋と

絹の部屋に声を掛けた。

2人共全く返事は無かった。

代わりにピアノの音が流れてきた。

絹はピアノや刺繍が大好きだ。

パーティーやお茶会は豊に言われて義務で出掛けているが、

本当は家で1人でいるのが好きみたいだ。

階段を降りると良高が、玄関脇の清の部屋の前に居た。

3時くらいにチャラい服装の仲間たちだろうか?

彼らが迎えに車で来て、良高を連れてどこかに出掛けていたが、

実家の九条家に帰らず、こちらに戻ってきたようだ。


「お腹すいたよ〜僕の食事ある?」

「お友だちと出掛けられたので要らないかと。」

「ウソ!朝ごはん持って来てくれなかったじゃん!

全然何も食べてないよ~死ぬよ~」

絹も豊も朝から何も食べてないのだ!

夕食も要らないと!

そこまで追い込まれているのに、肝心なこの男の能天気は!

「知りませんよ!」

清が自分の部屋に入ろうとした瞬間、良高が扉を掴んだ。


「君って元貿易会社で経理事務してたんだってね。

マダムは、それもあって君を引き取ることにしたとか。

スゴイね~」

多分豊から聞き出したのだろう。

山田吉兵衛亡き後、カフェの給仕しかしたことない豊と

嫁入りの茶道華道ピアノ刺繍など女学校で仕込まれたが

一般教養しかない絹。

豊は実権を会社の重役から守るため、

頭が良く英語も経理もできて職業婦人だった姉の子、

清に目を付けたのだ。


「元吉兵衛さんの書斎に金庫あるじゃん?

アレの内鍵は、君が預かってるんだってね?」

そんなことまで!

豊は本当にこの男に入れあげてるんだ!

豊は金庫の外鍵内鍵2本共自分が預かろうとしたが、会社の重役が

反対して、清が内鍵を預かっているのだ。

「本当に大事なものは会社と銀行に預けてあります。

うちにあるのは、プライベートなものだけで。」

「う〜ん、通帳とか?小切手手形とか?」

清は、やっと食い散らかす良高の魂胆が見えた気がした。


その時、絹のピアノの音が止まった。

そして数秒置いて悲鳴が!

「キャアアア〜ッ!お母様!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ