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3章

何度も細い階段折れ曲がり、美しい男は楽しげに

清をひっぱり登ってゆく。

ワインクーラーをのせたお盆を片手に持っているので

落とさないように清は必死だ。

そんな清の様子を面白そうに見ながら、男はわざと

早足で駈け上がってゆく。

ふと男は立ち止まる。

急だったので、清は止まれず、そのまま男の胸に抱えられた。

「多分、この木戸だよ、サロンに通じてる。」

見上げると第2迎賓室と書かれたパネルが木戸の上に

掲げられている。

顔を上げたのでまじまじと男が清の顔を見ている。

「すごい眼鏡だね?眼が悪いの?」

「働いていたので、勉強は夜蝋燭の灯りでしていたら

眼が悪くなってしまって…」

「へえ〜勉強熱心だね」と言いながらアゴをしっかり

掴んで眼鏡を上にズラして唇を近付けてくる。

ひどく自然に。

まるで恋人同士のように!

「何するの!離して!」

清は、思いっきり声を張り上げた。

「誰だ!何してる!」

木戸が急に開き執事の格好した男が仁王立ちしていた。


宝珠館の男性使用人が、サロン側から引き戸を開けたので

青年は顔を離して向きを変えた。

「九条良高様!

どうされました?

これは使用人階段でございますよ。」

「いや、広間でご婦人方の相手をしてたのだが、だんだん人が増えてしまって。

使用人階段に逃げ込んだのさ。

そしたら、本宅のメイドが居てね。」

堂々と嘯く男…


「良高様」確か貴婦人達も彼をそう呼んでた。

美青年は、九条伯爵の子息、九条良高だったのだ。

絹と結婚するため、今日の催しも開いた張本人じゃないか!

一体何を考えてるの!

だんだん怒りが湧いてきた。


清はずんずんと前に進み、九条伯爵と対面に豊と絹が並んで座るテーブルにワインクーラーを置いた。

サロン室も暖炉の上に1m以上の高さの鏡が飾られ

シャンデリアの光をキラキラと写して輝いていた。

広間は黄色のシルクの壁紙で飾られて、黄金のように

輝く空間だったが、

サロンは、薄いペパーミントカラーの唐草模様のシルクの壁紙が、軽やかだが華やかな雰囲気を演出していた。

広間より小ぶりな室内だが、調度品は全て白と金で

細かい彫刻が施され、まるで異国の城の中に居るような錯覚に襲われる。

床はピカピカにワックスが掛けられ、シャンデリアの

光を反射して輝いていた。


広間は上から少し覗いただけだったが、実際に室内に入ったら

サロン室の豪華さに、清は少し引いた。

東京での両親とのつつましい暮らしとは、同じ国とは

思えない。

母の妹は、とんでもない所に嫁いだのだと。


山田吉兵衛も前妻は貴族ではないものの、しかるべき

資産家のお嬢様だったが、病弱で子も出来ず夫婦仲も冷えていたらしい。

豊は夜のカフェで給仕をしていて見初められ愛人として囲われていた。

絹が生まれて、ほどなく先妻が亡くなり後妻として山田吉兵衛に嫁いだのだ。


貧しい庶民の暮らしを知っている豊が、こんな世界に吉兵衛の後ろ盾があるからこそ、立っていられたのだろう。

それをあの清の両親と同じスペイン風邪で亡くし、

いくら厚顔で気が強い豊でも弱気になったのだろう。

わざわざ東京まで清を探しに来たのだから。


豊と絹が座る豪華な椅子の後ろに立ったが、堂々とした貴族院の九条伯爵の前では、何だか2人が弱々しく見える。

「全くお前は!山田家のご婦人方より先に着き、お迎えするために早めに宝珠館に来たんだろ?

フラフラと!

本当に不肖のせがれで申し訳ない。」


九条伯爵は、マトモな人のようだ。

イカツイが清は好感を感じた。

「早く座りなさい!」

九条伯爵に呼ばれて、少し不貞腐れたように壁際にいた良高が席に着いた。

後ろから見ると豊と絹が動揺し色めき立つのが分かった。

仕方ない。こんな美しい男は役者でも見たことはない。

西洋の絵画でしか見たことないような男なのだ。


「私も先日話を聞いたばかりで。ほとんど宝珠館には

良高しか行かせてなかったので。

それも離れの社交倶楽部での話だと」

「仕方ないですわ。あそこは男性のみの社交場、

噂好きの婦人方は入れませんもの。」

豊より先に絹が話している。

九条伯爵は苦手だと言ってたのに!


良高は絹の反応に敏感に気付いたようだ。

「こんな美しい令嬢を隠していたなんて!吉兵衛公も人が悪い。」

「まあ、お世辞でも嬉しいですわ〜」

絹が一瞬で堕ちたのが、清でも分かった。

「主人も全然社交倶楽部の話はしてくれなくて!

こんな若い素敵なご友人がいるとは、存じませんでしたわ〜」

豊も堕ちたようだ。

「こんな美しい奥方がいたら、本宅にも生前から

伺いたかったです。」

良高は、艶然と微笑んだ。

「まあ、それは行けませんわ…」豊が見たこと無いほどクネクネしてる!


清はサロン室のきらびやかさにも引いたが、2人の猫撫で声にも引いた。

良高が一瞬清を見た。

なんだか勝ち誇ったような。

カチンときて横を向いた。


伯爵は夫人達の態度に安堵したのか、少しワインを

男性の使用人に注がせ口にした。

「どうでしょう?しばらく良高を山田邸に通わせるのは?

こんな成りですが、男手として役に立つかもしれません。」

イカつい議員だが、嬉しそうなのが清にも分かる。

次男坊の婿入り先が決まりそうだからか?

いや、それにしても尊大そうな人物が下手過ぎないか?

ドイツの宰相カイゼルのようなヒゲを生やしてるのに。


まるで商人のもみ手のような態度だ、貴族なのに。

いくら紡績王でも山田家は平民だ。

引っ掛かるものを清は九条伯爵に感じた。

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