四話 砂漠の赤骸骨
開かれたハッチ。
そこから伸びる鉄板目掛けて、〈プライド〉は滑るように発進。
スラスターユニットから噴き出る蒼炎が、荒野を覆う乾いた空間へ微かな蜃気楼を生み出しながら、赤き鉄の戦士が風を裂いて飛び立った。
凄まじい重力は、中に居るリアにもしかと伝わってきた。内臓が押し潰されそうになっても、この刹那の苦しみを堪える。
腰部に携えたビームライフルを構え、大地を轟かせながら着地。
舞い上がった砂埃の影から、降り立つ〈プライド〉の複眼が勇ましく光り輝く。
『オペレーターより〈プライド〉へ、現在、敵性反応はありません。十分に警戒を』
光学モニターに映る、どこまでも続く荒地をリアは見据えた。
背後に先程見た掘削施設が聳え立っていて、遠くには森林地帯が伺える。
平坦過ぎる。防御兵装が皆無な近接戦特化の〈プライド〉からすれば、良くもあり、悪くもある地形だ。
(これで何円貰えるのか……)
相変わらず、心臓が締め付けられるような緊張に襲われる。
この仕事はいつ死ぬか分からない。
だが、これを辞めたら生きられないほど高給だし、自分から始めたことだから辞める訳にもいかない。
「やってやる……!」
操縦桿を固く握り、リアは掠れた声で呟いた。
やる気を出す時はいつも、一年前初めてフレームに乗った日のことを思い出す。
『熱源確認。数は三!』
アジンの声で、すかさず〈プライド〉を繰る。
ビームライフルを熱源の接近する方へ向ける。
砂塵舞うその先に、確かな機影を捉えることができた。
陣形を崩さず、スラスター噴射で急接近してくるフレーム。
見飽きたその風貌はまさに、分厚い装甲に包まれた鉄巨人。敵機の正体はセンジャーだった。
両サイドの二機に目立った武装は見られない。
だが、中心に立つ機体の武装を見て、リアの全身が震え上がる。
両肩部から伸びる砲台。恐らくは八十ミリ榴弾砲。《プライド》のコックピットなら容易に壊せる威力だ。
「っ……!」
分が悪い。
それでも、一度戦場に出たら後戻りはできない。
覚悟を決めた者に繰られる《プライド》は、牽制としてビームライフルの引き金を引いた。
空気を焼き払う六十ミリの光線。
それにより敵機は散開。
ゲヘナの荒野特有の濃い砂塵に紛れ、その姿を晦ました。
銃を構え、敵を迎え撃たんとした矢先に、砂塵を切り裂いてセンジャーが突撃。
振り下ろされた対装甲ナイフを機関銃で受けてしまい、使い物にならなくなる。
「うわぁぁっ……! 給料線引される……!」
すぐさま対装甲ナイフで、敵の脇腹を突く。
しかし相手にとって深手にはならず、後退されてしまった。
『ディヴィってのも大した事ねぇな!! ただの赤い骸骨じゃねぇか!』
敵パイロットの煽りが無線から聞こえる。
この機体の設計コンセプトは"討たれる前に討つ"。
極めて素早い機動と攻撃ができるよう、余計な装甲は限りなく削がれている。
対するセンジャーは、宇宙のデブリをも防ぐ強固な装甲を持つ。
――彼女の乗るディヴィは、耐久に優れたセンジャーが蔓延る戦場に置いて、最も弱いとされているのだ。
『リア、〈ヴァード〉を使いなさい。分が悪すぎるわ』
「あ……あれをですか……!」
アジンの提案に、リアは顔を蒼くする。
唸りながら悩みに悩み、苦渋の末にその提案を飲んだ。
「デュエルをお願いします……」
『十秒持ち堪えて』
《プライド》はゴミになった機関銃を投げ捨て、蒼炎を吹かしながら後退する。
それをセンジャーは逃さない。
さながら一兎を追う狩人の如く、二対のナイフを鈍く輝かせ追求した。
『逃げんじゃねえよ! 骸骨野郎!』
その怒号と共に、左方向に熱源を感知。
瞬時に操縦桿を捻り、踵で円月を描きながら回避。
もう一機のナイフによる奇襲を、間一髪で避けることに成功した。
『オレたちの仕事はアダマン鉱石の確保! 加えてディヴィっていう大物を殺せば、給料上乗せ! くひひ! 最高!』
「うるさい! ぺちゃくちゃ喋るな!」
つい一蹴してしまった。
『女ぁ!? こいつはぁ予定変更だな!』
『殺すには惜しいぜ!』
――あぁ、とリアは急に冷静になる。
しゃがれた声で言う様。顔も見た目も見えないが、後先を何も考えていない事が言葉から分かった。
奴らは正真正銘の"クズ"なのに、自分の現在の境遇はこいつらと同じということも。
「……私は……」
操縦桿を持つ手が小刻みに痙攣する。
ふつふつと煮え滾る熱さをぐっと呑み込み、レーダーが捉えた熱源の元へ《プライド》を向かわせた。
光学モニターに映った空を舞う影を、リアは確かに目視する。
それは、一機の戦闘機。
白銀の機体で、両翼の下にはフレームの武装らしき物を携えていた。
戦闘機――〈ヴァード〉は急降下し、両腕を広げた赤きディヴィと影を重ねる。
〈ヴァード〉の機体は半分に割れ、各々がフレームの腕に合うよう変形した。
分断した戦闘機とドッキングした《プライド》の複眼が、美しい蒼の輝きを魅せる。
『んな……! なんだありゃあ!』
『なんつー換装の仕方だ……!』
鋼の装甲を纏った《プライド》は、ぶん、と腕を振るう。
すると、装甲の隙間からビームサーベルが伸びてきて周辺の空気を灼いた。
「絶対殺す……! 殺して……私が生き残る!」
荒野を踏みしめた《プライド》。
砂を硝子へと変える勢いで地面を蹴り上げて、蒼炎の推進力と共に駆け出した。
あまりの速さに対応できないセンジャー。
対策を模索する間も無く接近され、左腕部のビームサーベルでコックピットを一息で貫かれた。
『うがァァッ!!!!』
悲鳴を掻き消すよう、焼け爛れた装甲を引き剥がして、円盤投げの要領で背後の敵機に投擲。
複眼に命中。動きを封じたセンジャーへ一気に接近し、上半身と下半身を分断。
融解した鉄をその身に浴びながら、《プライド》は撃沈する機体を見据えた。
激しい駆動で、瞬く間に息が上がってしまったリア。
それでも、敵はあと一機残っている。
レーザーが急接近する熱源を感知。
それにいち早く気づき、《プライド》を操ったリアは、砂塵を切り裂き放たれた榴弾を回避できた。
『これが《プライド》……なるほど、やはり恐ろしい機体だな』
砂塵が晴れると、歪な形状のセンジャーが姿を現した。
散開前の陣形を見るに、奴がリーダー格なのは間違いない。
『早めに駆除するに限る! それがパーフェクトゲーム!』
二対の榴弾砲が閃光を孕む。
放たれた二つの榴弾は、空気を捻じ曲げながら《プライド》を貫かんとしてくる。
姿勢を低くし、スラスター噴射で回避。
対装甲ナイフを素早く取り出して、ブーメランの要領で投げた。
片方の砲台に掠めるも、痛手にはならない。
それを良いことに、敵機は後退しながら再び弾丸を放った。
対を成す榴弾の間を掻い潜り疾走。
接近と同時に身体を捻って、光の刃を振るった。
片方の砲台を両断することに成功するも、もう片方が照準を定めているのを見てリアは戦慄する。
至近距離でぶっ放された榴弾。
回避行動を取った《プライド》の左肩部を根こそぎ削り取って、砂塵の中へと消えていった。
舞い散る鉄屑が荒野に散らばった。
短いアラートが鳴り、機体の損傷率を彼女に伝えてくる。
左のサーベルは、あと一振りが限界。
対等な状況に追い込まれ、リアの神経が極限まで研ぎ澄まされた。
『貴様を殺れれば、ザラ社の戦力は大幅に下がる。そうすれば我がアスハ社に覇権が近づく!』
相手も警備会社。商売敵を潰したいのが本望のようだ。
ただし状況は劣勢。エネルギーは有り余る程あるが、それを覆せる程の戦術がリアには思いつかなかった。
左腕は今にも折れそうで、敵機の砲台を諸に喰らえば即死。
(せめて援護があれば……!)
僅かな望みに賭けて、右腕部ビームサーベルの出力を上げる。
左の刃は消え、エネルギーは右腕部へと集中し、業火のような勢いを見せた。
「やってやる……! 死ぬよりマシだ……!」
リアは覚悟を決めた。
そして操縦桿を握り直した時、レーダーが新たな熱源を捉える。
「新手――いや、違う……味方……?」
識別コードは《BRAVE》。
どこかで聞いた名前だった。
みるみる内に近づいてくる熱源の正体は、空から舞い降りしフレームの物だった。
その機体は着地の寸前でスラスターを噴射し、華麗に降り立つ。
光学モニターに映されし全貌。
片手には赤と黄色の対ビームシールド、もう片方には高周波ランスが握られている。
その姿はまさに"蒼き《プライド》"だった。
『やっほーリア!! 苦戦中?』
無線に入ってくる弾むような声。
それを聞いて、現状をようやく把握した。
「アッシュ……!」
《プライド》と似ているようで違う、蒼き鉄の巨人。その機体の名を《ブレイヴ》。
『アッシュ・スルト、《ブレイヴ》。援護に来たよ』