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クズの惑星  作者: 聖家ヒロ
一章 誇りと勇気
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二話 背の高い彼女

 人類が宇宙に進出しはじめてから、約七十年の時が経った。



 惑星 ゲヘナは、唯一無二のエネルギー資源“アダマン鉱石”が大量に内蔵されている事から多くの企業に目をつけられる星だ。


 企業は勿論、働き手を必要とする。


 作業をする人間もそうだが、邪魔者を蹴散らす為だけの人間も。




 ゲヘナの企業は誰彼構わず求人をばら撒き、やってきた人間クズをいつ死ぬか分からない戦場で傭兵として戦わせている。




 夢と希望に溢れても尚、非常な現実に打ち砕かれたリアも例外ではない。


 




 経緯はどうであれ、今やっている事が”クズ“ならば“クズ”なのだ。


 




 ◇


 




 惑星 ゲヘナ 東部荒野地帯。




 雇われている会社の基地に戻ってきたリア。


 パイロットスーツから着替え、黒いハイネックと青のジーンズに身を包んでおり、靭やかな身体を思い切り伸ばしていた。




 彼女を雇うザラ警備会社は給与が良い。が、あまりに労働が過酷過ぎる事で有名だ。


 噂は嘘ではなどでは無く、傭兵活動は毎日あることが殆どであった。


 


 格納庫と基地本部を繋ぐ、薄汚い金属の壁と床に囲まれた廊下で大きなため息を吐く。




「借金……あとどれくらいかな」




 通帳を見ない事には分からないが、たった一年働いただけで返せる金額とは思えない。


 この瞬間にも利子は増えているのだから、尚更である。




 天井を見て、またため息をついた。




 彼女が借金をこしらえている理由。


 数年前地球に住んでいた頃、学生だった彼女は進路のことで親と揉め合いになり、反対を押し切って無理矢理自分の望む進路に進んだ。


 結果、都会の波に揉まれて生きる術を失い、借金をせざるを得なくなってしまった。




 リアが人殺しの道具(ストライフ)に乗って戦っているのは、全て借金の為。


 子供の頃憧れたヒーローのように、誰かを守る為とは程遠い理由である。




 本部と通路を隔てる自動ドアの前に立った時、向こう側からやってきた人影にぶつかって蹌踉めき、尻餅をついてしまった。




 お尻に鈍い痛みが走り、声が漏れた。少し甲高い声だったために、咄嗟に口を塞いだ。




「あ、ごめん!! 痛かった?」




 若々しい少女の声が聞こえてきて、すぐに立ち上がる。


 すると目の前に、自分の背丈より高い美顔の少女が立ち塞がった。




「……え」




 顔の良い、少し垂れ目気味な赤い瞳を持つその少女。《プライド》のように真っ赤な髪を、腰辺りまで伸ばしている。そして、背が女の子にしては高かった。




(こんな子いたっけ……?)




 一年働いたが、見たことのない顔だった。




「よく見てなくて! ほんとにごめんね!」




 美貌を持つ少女は、軽く手を合わせながら跳ねるような声で謝ってきた。


 


「……あ……いや。いいよ。全然気にしてない」




 つい早口で返し、そそくさと相手の前を去ってしまった。


 感じが悪いと分かっているが、醜い自分を晒すのがたまらなく嫌だったからだ。




 自動ドアが閉まりきる直前まで、背後から微かな視線を感じていた。




 ◇




「さぁ、これが今月分の給与明細だ」




 丁寧な整備の行き届いた社長室。


 黒塗りのデスクとチェアが置かれ、観葉植物も添えられた簡素な景観だ。




「今回はお手柄だったよ。違法企業が採掘したアダマン鉱石の奪還。うちの信用もかなり上がった」




 チェアに座るスーツ姿の男性は、優しげな声でリアに紙切れを手渡してきた。




 恐る恐る受け取って中身を確認する。




「……やっぱりこうなるか」




 分かってはいたが、給与の半分以上が借金の返済に当てられ、残りも戦闘での弾薬費や修繕費に注ぎ込まれてしまっている。


 残ったのは、命を懸けた仕事に見合わぬ金額のみ。




「君は恵まれたほうだ、リア。ディヴィに乗れるパイロットなんて滅多にいない。ディヴィのアダマン融合炉のおかげで、弾薬費はかなり節約できるんだ」


「……はい」




 社長 アキラは微笑みながら言う。ウェーブのかかった黒髪に、優しく細まる黄色の瞳。


 彼は企業の人間ではあるが、"クズ“では無い。もっと酷い社長は、パイロットに飯すら与えないのだという。




 恵まれたほう……確かに、他と比べればそうなのかもしれない。


 ただ、“他"の範囲を広くした場合――火星や地球に住む裕福な人間達も比べたら、自分は底辺中の底辺だ。


 少なくとも、借金に追われている以上は。




「休めるうちに休んでおきなさい。仕事はいつ来るか分からないからね」




 アキラは席を立ち、リアの耳元でこう囁いた。




「君は我が社の“剣"だからね」




 肩を撫でるようにして、アキラは部屋を出て行った。


 一人取り残されたリアは給与明細をくしゃ、と握りしめてから、深い嘆息を漏らす。




 ◇




 格納庫の中は、とにかく鉄臭い。


 スラスターの蒼炎にも耐えられる合金製の分厚い天井や壁、電力供給のため張り巡らされたワイヤー、フレームがドッキングされた格納ベース。その全てが鉄でできているためだ。




 ザラ社が保有するフレームは数十機のセンジャーと彼女の《プライド・ディヴィ》。


 センジャーはカスタマイズ性豊かで、無数の顔と戦略を持つ機体。だがこれだけあった所で、殆ど手伝ってはもらえない。




 ベースに固定され、明後日の方向を見つめながら聳え立つ〈プライド〉を見据えた。


 片眼が悲惨に潰されており、コードが露出した満身創痍の姿で格納されてある。




 《プライド》を見据え、彼女は目を細くする。


 “D”evil “I”nvented “V”al“I”ant weapon ――悪魔が発明した変型兵器。


 誰もが単語の一部を取って“ディヴィ“と呼ぶ特別なフレームだ。


 


 他のフレームとの差異は、動力源として半永久機関『アダマン融合炉』を搭載している点。 


 アダマン鉱石に秘められたエネルギーを惜しみなく使う事ができ、持久率に凄まじく優れた機体。


 クズの間では、乗ることができればゲヘナのトップも夢じゃないとされる。




 自分は何故かそれのパイロットに選ばれた。


 就職して三日も経たぬうちにだ。


 


 お陰で優遇されてはいるのだが、何か大きな見返りがありそうで、毎日ビクビクしている。




「クソパイロットぉ!! またこんなにぶっ壊しやがって!! 何回言えば分かるんだ!!」




 《プライド》を眺めていると、整備班の男の怒号が彼女の耳を劈いた。


 もじゃもじゃ頭の中年男。パイロットより過労な彼は、仕事が増えるといつも八つ当たりをしてくる。


 彼だけではなく、他の整備班の人間も同様である。




 この星は、パイロットもその他の人間も、他人を顧みぬ"クズ"だらけだ。


 リアはバレぬようため息を吐く。




 そんな"クズ"達と自分は同類なのか、と。




 胸を犯し続ける劣等感に苦しまされるがままに、傷ついた《プライド》から視線を逸らした。




 そこで、彼女はある違和感に気づく。




「……? あんなストライフあったっけ」




 《プライド》の格納ベースの隣に、本来あるはずのない機体が聳え立っていたのだ。




  それは例えるならば“蒼き"〈プライド〉。黒い装甲が白く、赤い装甲が蒼いという点を除けば〈プライド〉そっくりな見た目だ。だが、少し肩幅が広いようにも見える。




「……ディヴィ……?」




 ザラ社がディヴィを二機保有しているなど、聞いたこともない。


 彼女自身も、一度たりともあんな機体の姿を見たことなんてなかった。少なくとも、波乱万丈だった一年の間でも。




「お嬢ちゃん、ちょっと来てほしいんだけど」


「……はい?」




 整備班の一人に話しかけられ、リアは顔をしかめながら振り返った。




「コックピットの点検を手伝ってほしいんだけど、ついてきてくれないかな」


「……点検は自分でやるよう、社長に言われてますけど」


「いや、なるべく早いほうがいいと思って」




 若い整備班の男は、爽やかな笑みを見せながら彼女を誘導しようとしている。


 ――魂胆は見え見えである。頭の悪い言動から既にそれが伺えた。




「社長に言いつけますよ」


「――っ……いいじゃないか、君だって溜まってるだろ?」




 強引に腕を掴まれて、どこかへ連れ去られそうになる。


 その手を力強く跳ね除けて、溜まりに溜まった鬱憤を目の前の男にぶつけた。




「うるさい!! 私は……私はあんたみたいな"クズ"とは違う!!」




 後を付けられぬよう、なるべく早歩きになりながら格納庫を飛び出た。




 反吐が出そうだったが、ぐっと堪えた。





 そうして、自分の部屋に戻ろうとしたリアであったが、道半ば不思議な物を目にすることになる。




「……?」




 人の寄り付かない、埃だらけの整備されていない廊下。


 薄闇に覆われたそこへ、人間が背中を丸めて座り込んでいた。



 それは、あの赤髪の少女であった。

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