海戦
バカラッ、バカラッ——
馬の蹄音が響く中、俺は城の門をくぐり抜けた。
目の前に広がるのは、王都の広大な市街地。舗装された道の両側には石造りの建物が並び、人々のざわめきが風に乗って流れてくる。
門の前で足を止めると、周囲の市民たちが俺を見つめてざわついた。
「耳が……丸いぞ」「まさか人間か?」「なんで家畜が陛下の城から出てくるんだ?」
その視線に耐えながら、俺は黒い光沢を放つ馬車へと向かう。
「ここが……王都か」
思わず漏れた呟きに、メントが隣で微笑む。
「そうか、あなたは目覚めた時にはもう城の中だったな」
馬車に乗り込むと、すぐに見覚えのある顔がぴょこんと覗き込んできた。
「やっほー、悠くん! あ、隣、いいかな?」
カノンだ。まさか、二人きりでこの席に……これは金髪の逆鱗に触れそうで怖すぎる。
カノンは人懐っこく笑って言った。
「私ね、エルフとか人間とか、そういうの関係ないと思ってる」
その言葉に少し驚いて視線を向けると、彼女——いや、彼は真剣な表情で続けた。
「なんで人間が“食べ物”になったのか、知ってる? 五百年前に起きた“ビッグバン”って呼ばれる戦争で、人間はエルフに敗れて降伏したの。それがすべての始まり」
「つまり……人類は、負けたのか」
「うん。戦わずに、降参したの」
御者が声を張る。
「まもなく発進いたします!」
俺たちを乗せた馬車が動き出す。クライスや他の面々もそれぞれの馬車に乗り込み、列を成して王都を出発した。
プー、プーププー!
後方の城からファンファーレが鳴り響く。
「陛下! ご武運を!」「平和を取り戻してください!」
市民の歓声の中、クライスが馬車の窓を開け、身を乗り出して拳を振り上げた。
「うぉーっ!!!」
その咆哮に応えるように、歓声はさらに大きくなる。
──港町ダイアリー 午後六時。
「見えてきたな……」
クライスが静かに呟いた。
「そろそろ停めるか?」とコロウが聞く。
「ああ」
馬車が次々に停まり、俺たちは地面に降り立った。
前方には、巨大な木造の海賊船が停泊している。その周囲には、黒焦げになった建物の残骸。まるで地獄のような光景が広がっていた。
「これが……ダイアリーなのか」
あまりの惨状に言葉を失う。
「いいか、作戦を伝える」
クライスが一同を振り返り、指示を飛ばす。
「まず、ダグ、クリス、カノン、メントで奇襲をかける。敵は我々がここまで大胆に攻め込んでくるとは思っていないはずだ。だったら最初から全力で行く」
その言葉に、皆の表情が引き締まる。
「俺の光魔法“ダイス”が準備できるまで、できる限り海賊幹部を潰してくれ。悠、お前は馬車で待機だ。いざという時はゲートを開いて、俺たちを逃がす」
「わかった」
「コロウ、お前は悠の護衛を頼む」
「任せろ、相棒」
ダグが大きく伸びをして、ゆったりと呟いた。
「さ〜て、やりますか」
そして、呪文を唱える。
「水魔法・ドルフィンズ!」
――バシュン! バシュン!
水でできたイルカが次々と出現し、飛翔するように街へと突っ込んでいく。
そして——
ドォンッ!!
イルカが地面に激突し、爆発を起こした。
その爆風を見下ろしながら、ティードが甲板の上で呟いた。
「来たか、我が兄弟たちよ……」
戦いが、始まった。