7.仲間の為の誓い
「静粛に」
ざわつく民衆にそう言ったのは、先ほどまでこちらを睨みつけていたジャンジャンブルだった。彼の厳しい眼差しは、いま仲間たちに向いている。だが、どうやらその威厳は集まった野良妖精たちに通用するものではないらしい。
何度注意をしようと、彼らは静かにならなかった。
民衆が見つめているのはジャンジャンブル等ではない。その後ろで控えている、別の妖精だった。
わたしは外から気づかれないように注意しつつ、うんと首を伸ばしてその人物の姿を目に焼き付けた。
きっと彼女だ。
彼女がフランボワーズだ。
すぐに分かったのには理由がある。グリヨットが言っていたような木の槍を持っていたからだ。そして、もう一つ。背中に立派な蝶の翅が生えていたからだ。
赤いその翅は、遠目からでも美しい事が分かる。絵画で観たようなその姿に、わたしは震えてしまった。あんな野良妖精がいるなんて思いもしなかった。人間たちは知っているのだろうか。もしも知ってしまったとしたら、興味を持たずにはいられないだろう。
仲間たちを静かにすることを諦めたジャンジャンブルに、フランボワーズはそっと何かを告げた。その言葉を聞いて、ジャンジャンブルは大人しく後ろに下がる。フランボワーズは槍を手に一歩前へと踏み出した。
その威風堂々とした姿に、わたしはすっかり目を奪われていた。確かな血統背景のあるわたしやビスキュイと、血統書なんて恐らくないだろうフランボワーズ。
それでも、どちらが女王の末裔に相応しいかと問われれば、わたしだってフランボワーズだと答えるだろう。そのくらいの神々しさがわたしの目に映る彼女にはあったのだ。
「兄弟姉妹よ」と、彼女が口を開いた。
その途端、あれほど騒々しかった野良妖精たちが急に静まり返った。張り詰めた空気が生まれ、こちらまで緊張感に包まれる。
そんな中で、フランボワーズは堂々と話し続けた。
「今日もこうして顔を合わせることが出来て、本当に嬉しく思う。
明日も、明後日も、未来永劫、こんな平穏な日々が続けばと心から願っている。
しかし、皆も知っての通り、この誉れ高き太陽の国の神はどうやら妖精のことを愛してくださらないらしい。
我々を取り巻く状況は、太陽が昇り、沈むごとに悪くなっていく。
この国の人間たちにとって所詮、妖精というものは神のお恵みに過ぎない。我らにも我らの誇りがあることを、認めようとはしないのだ。
この場にいる多くの者がすでに聞いているかもしれないが、先日、我らの拠点の一つが破壊されてしまった。
数十年前に、心優しき妖精好きの富豪が我らの先祖に友好の証として送ってくれた建物だった。長く卵を守り、蛹を守ってきた場所でもあったから、故郷として馴染みのあった者も多いだろう。
しかし、その優しき人間が亡くなり、土地の権利が別の親族に移ってしまったのだ。その親族はどうやら妖精をあまり好んでいないらしい。
そう、我らの平穏は人間の気まぐれであっという間に乱される。建物は没収され、卵と蛹を運び終える前に解体が始まってしまった。
我らは人間と戦いたかったわけではない。ただ、そこに眠っていた大切な子らを守りたかっただけだ。しかし、人間たちは我らの話を聞いてくれなかった。解体作業を少しの愛ででもいいから止めて欲しいと願った仲間たちの一部が、その場にいた作業員たちと揉み合いになってしまい、そして──」
フランボワーズは息を飲み、よく通る声で続きを言った。
「妖精収容所に連行されてしまった」
すぐにその場が騒がしくなった。
わたしは彼らの様子を見つめながら、今し方聞いたその単語を心の中で繰り返した。
──妖精収容所。
フィナンシエに買い取られて一年。その言葉の意味くらいはもう知っていた。
良血妖精たちにとって、もっとも身近な脅威であり、主人に愛されているという確固たる自信がある者たちにとっては、単なる怪談でもあった。
けれど、この場においてその名前は、ただならぬ恐怖を伴っていた。
騒がしい民衆を静まらせようとジャンジャンブルが注意を促そうとしたが、それよりも先にフランボワーズが槍の石突で地面を叩いた。
その音に、民衆は再び静まり返った。
フランボワーズは言った。
「このまま放っておけば、仲間たちは処分という名目で殺されてしまうだろう。
運が良ければ心優しい人間に引き取られるかもしれないが、それを期待するには希望が小さすぎるし、全員が助かるとはとても思えない。
しかし、囚われた妖精が収容所から逃げ出すことは不可能に近い。
我が姉クレモンティーヌは深入りを避けるべきだと注意喚起をしている。それを聞いた者も多いだろう。もっともな話だ。考えなしに飛び込めば、彼らの二の舞だ。恐ろしく思うならば、姉の忠告をよく聞いて、じっとしていて欲しい。
だが、そうでない者も中にはいるだろう。
怒りの炎が胸に灯り、じっとしていられない者もいるのではないだろうか。
私はそうだ。
知恵を働かせることが姉の役目であるならば、私の役目は戦う事。
たとえ一人であろうと、私は仲間たちを助けに行きたい。囚われて死を待つ妖精たちを、この槍で救いに行くつもりだ。
兄弟姉妹たちよ、これは出動命令ではない。
私が今よりこの翅で飛び立つ先は、決して聡明な道ではない。
とても危険で、とても愚かな道だ。
みすみす死が待っているところについて来てくれとはとても言えない。
だが、せめて祈っていて欲しい。
収容所から囚われた仲間の全員を、この私が連れ帰ってくることを」
フランボワーズが語り終えると、民衆からは歓声があがった。
その名を称える声があがり、同時に、誓いのような叫びも聞こえてきた。興奮した妖精たちの姿は、わたしにとって初めて見るもので、刺激もだいぶ強かった。
その荒々しい妖精たちの視線を一身に受けつつも、フランボワーズは非常に落ち着いた様子を見せていた。
自身の背丈よりも長い槍を握り締め、じっと賛同者たちを見つめている。
その姿は異様なほど美しく、わたしはますます見惚れてしまった。まるで、絵画の中の女王ミルティーユのよう。
けれど、手に持っている槍のせいもあるだろう。女王のイメージと重なって、わたしには彼女が一角獣のようにも見えた。




