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蝶々たちのエレジィ  作者: ねこじゃ・じぇねこ
3章 野良妖精たち
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1.路地裏の世界

 少しでもグリヨットのことを疑ったことを悪くは思う。

 けれど、言い訳をさせてもらうならば、彼女の歩む道はわたしやビスキュイのような良血蝶々には、それだけ未知のもので不安だったのだ。

 ひょっとしたら連れて行かれた先で箱詰めにされたりして。

 生家でも年上の兄姉が悪い人間たちに箱詰めにされた良血妖精たちの不幸話を嬉々としてしたものだった。箱詰めにされて誘拐された妖精が、その後どうなるのかは分からない。


 そんなわたしの不安を掻き立てるように、グリヨットの歩む道は薄暗い場所ばかりだったのだ。

 フィナンシエの屋敷から都の中心部へ続く林道も暗かったものだが、中心部についてからの方が暗いかもしれない。

 わたし達が歩むのは、いつも馬車の中から見る景色の中ではなく、その影に存在する路地裏の世界だった。大きな建物と建物の隙間で出来たその道のりは、太陽の国のまさに日陰の部分と言うに相応しく、奥へ進むと見るからに貧しそうな人間たちの姿を見かけるようになり、さらに奥へと進むにつれてグリヨットのような野良妖精も見かけるようになっていった。


 すでに自分が何処からどう入ってきて、何処へ向かっているかも分からない。

 グリヨットともしはぐれでもしたら、一生ここから出られないかもしれない。覚える自信すらない中で、わたしはただただグリヨットに続き、ビスキュイと手を離さないようにしていた。

 歩み続けてしばらく。

 路地裏の世界に出来たほんの少しの陽だまりの中で、少々ガラの悪い野良妖精たちが数名集っているのが見えた。そのうちの一人が、グリヨットに気づき、手を挙げた。


「おお、グリヨット。どこ行っていたんだ?」


 ガタイの良い男性だった。

 背中が大きく開いた服を着ており、そこから翅が生えている。いつか目にしたグリヨットの翅に似て、蝶の翅のなりそこないのようなものだ。よく見れば、彼と集っている他の者たちも翅がある者が混じっていた。

 いずれにせよ、誰も彼もが蝶の妖精だと分かったが、わたし達のような良血蝶々にはいないタイプであるのは間違いなかった。

 何処かですれ違ったらまず話しかけないだろう。

 だが、そんな彼らにグリヨットは怯みもしなかった。


「ババ! ただいま!」


 どうやらあのガタイの良い男性の名前らしい。

 グリヨットは笑顔で彼に言った。


「今ね、お客さんの案内をしているの。祈り場に連れて行くところで」

「客?」


 そこで、ババは、ようやくわたしとビスキュイの存在に気づいたようだった。出来れば気づかないでほしかったのだが。

 ババと一緒に屯していた妖精たちは、わたし達の身なりを目にするなり露骨に胡散臭そうな顔をした。どうやら心配していた通り、わたし達のことはあまり歓迎していないらしい。野良妖精の誰も彼もがグリヨットのような人物ではないということだろう。

 だが、その中でもババだけは屈託のない笑みを浮かべた。


「そっか。呼び止めて悪かったな! 祈り場だっけ? 今日は集会があるはずだから、お客さんを連れて行くなら早めに切り上げるんだぞ?」

「分かった!」


 グリヨットは大声で返事をすると、すぐにわたし達と振り返ってきた。


「こっちだよ。早く行こ」


 そして、ババたちの屯する場所から逸れた小道へと進んでいった。

 明るい日差しが遠ざかると、再び真っ暗な世界が待っていた。頼れる外灯もなければ、手持ちランプの一つもない。けれど、不思議な事に、わたしはこの暗闇の中で困るということがなかった。

 妖精は夜目が利く。そんな話は聞いたことがあったけれど、こんなにもよく見えるなんてこの時まではちっとも思わなかった。お陰で太陽の光がほとんど届かない道も、恐れずに歩むことが出来た。ビスキュイも同じらしい。先を歩くグリヨットを見失わずに、ついて行けるようだった。

 けれど、もちろん、こんな道を歩めるのもグリヨットが先導してくれるからこその事だ。もしもここで彼女を見失ったりしたら、と、考えるだけで震えてしまう。そうならないように、ついて行くことに必死だった。


 そんな時間が続いてしばらくすると、グリヨットの進む先に再び明るい空間が見えてきた。さきほどババたちがいたところとは比べ物にならないほど開けているらしい。

 グリヨットに続いて近づいていくと、その先は鉄の格子扉で区切られていた。

 幸い、鍵などはかかっていないらしく、グリヨットは手慣れた様子で扉を開けた。そして、今や眩しすぎるほどの太陽の光の下へと歩みだしていった。


 眩しさを堪えながらついて行くと、すぐにその先に待ち構えていた景色に驚いてしまった。

 そこは豪邸だったのだ。見るからに古びた屋敷と、あまり手入れの行き届いていない庭が広がっている。かつては人間が暮らしていたのだろうと分かるその場所も、今や人間ではない者達のための場所となっているようだった。


「ここが祈り場?」


 訊ねてみると、グリヨットは振り返った。


「うん、そうだよ」


 そう言ってにっこりと笑うと、彼女は自慢げに屋敷を見つめた。


「ここはあたし達の祈り場。あたし達のための場所。集会場でもあって、会議室でもある。とにかく、あたし達みたいな妖精たちにとってすっごく大切な場所なんだよ」

「そんな大切な場所にわたし達が行ってもいいの?」


 怖くなって訊ねてみると、グリヨットは不思議そうにこちらを見つめた。


「なんで? マドレーヌたちも同じ妖精じゃない」


 その言葉にわたしは返す言葉を失った。

 同じ妖精。何気なくグリヨットが放ったその言葉が、重たく圧し掛かったのだ。

 ああ、グリヨットはわたしやビスキュイの事を同じ妖精だと思っている。それなのに、わたしは、今の今までそう思っていなかったのだ。

 野良妖精はわたしにとって長らく憐みの対象だった。きっとそれは今も変わっていない。けれど、グリヨットは憐れんでもらうつもりなんてないのだろう。

 同じ妖精として、同じ血を引く者として、わたし達をここまで連れてきてくれたのだから。


「さ、行こう」


 グリヨットは言った。


「早くしないと、集会が始まっちゃうから」

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