10.突然の報せ
フィナンシエの妖精になってから、気づけば一年近く経っている。
彼の屋敷での暮らしはひたすら美しく、そして目まぐるしく時が過ぎていった。何事もなく穏やかに時間が過ぎるのは良い事だけれど退屈でもある。だからこそ、愛好会はそんなわたしにとって絶好の機会となっていたし、ビスキュイの存在や、彼と共に見守るフィナンシエとアマンディーヌの関係もまた、じれったくも密かな楽しみとなっていた。
二度目の恋の季節も過ぎ去ってしまうと、わたしも少しは大人らしくなった気がした。
初めて迎えた恋の季節の頃よりも物を知っていたので、いちいちキュイエールに教えて貰わずとも自分が何故苛立っているのか、そして、何故、ビスキュイと会ってはいけないのかを理解できていた。
そして、そんなわたしの苛立ちを軽減させるために派遣される花の妖精たちが、どれだけ高価で贅沢なものなのかも既に知っていた。
だから、これは単なるわがままに過ぎないと理解していることなのだが、正直に言ってカモミーユの代わりに派遣された花の妖精は、同じ白花の一族の女性であっても、カモミーユほどの満足感がなかった。
とはいえ、この時期のわたしは自分でも信じられないほど貪欲だから、キュイエールに引き離されるまで手放さなかったわけだが、それはそれ。
むしろ、配慮に欠けるような振る舞いで支配下に置こうとしてしまったのも、カモミーユと違って同年代の花だったからこそのことかもしれない。
しかし、物足りずとも派遣されてきた新しい花もシャルロットが生産し、育てた花には変わりない。恋の季節をなんとか凌ぎ、怪我一つさせずに笑顔で帰すことが出来ただけでも自分を褒めてやりたかった。
彼女と別れた後でずっと心に浮かんだのは、やっぱりカモミーユのことばかりだった。
カモミーユはどうしているだろう。違う花と過ごしたからこそ、彼女とまた恋の季節を共に過ごす日が楽しみで仕方なかった。カモミーユの蜜はそれほど美味しかったし、聞かせてくれる話も、その声も、そして、香りも温もり、全てが恋しくなってしまった。
ビスキュイも会いたがっている。シャルロットが約束してくれた通り、可愛い花の子をその目で見るのが楽しみだったのだ。わたしも楽しみだった。カモミーユの子だからきっと信じられないくらい可愛いのだろう。
会えない日々が続けば続くほど、カモミーユへの思いは募っていった。
愛好会の日は、そんなわたしとビスキュイにとって密かな楽しみもあった。
カモミーユがどうしているかをシャルロットに訊ねることだ。
どのように過ごしていて、あとどのくらいで生まれるのか。
根掘り葉掘り聞いてしまうわたし達に対して、シャルロットは非常に優しかった。出来る限り丁寧に教えてくれたので、わたしにもカモミーユのお腹の子の成長が手に取るように分かって、わたし達はその度にホッとしていた。
同時に、会いたいと言う気持ちが増していく。
そうこうしているうちに時間は過ぎていった。
具体的にいつからカモミーユが妊娠しているのかははっきりと分からないが、もういつ生まれてもおかしくない頃のはず。その日の愛好会でも、カモミーユの話を聞こうとシャルロットの訪れを心待ちにしていたのだ。
いつものように、すっかり親しくなった蝶の少年少女たちと談笑し、通りかかるシャルロットに話しかける。彼女の方も、わたしやビスキュイにカモミーユの事を聞かれることがすっかり習慣となっていたものだから、愛好会を訪れた時は必ずわたし達が寛ぐサンルームの近くを通る。そして、必ず声をかけてくれた。
だから、その日もわたしは友人たちと取り留めのない話をしながら、それとなく来客の顔をちらちらと確認していたのだ。
けれど、いつまで経ってもシャルロットは現れなかった。いつもよりも少し遅いかもしれない。そんな事を思い始めていると、わたし達のもとに思わぬ人物がやってきた。
「あ、シュセット!」
少女の一人が真っ先に気づき、無邪気に手を振った。
けれど、シュセットは澄ました顔で軽く返事をする程度に留めた。いつものように冷たくあしらうわけでもなく、かといって、今更親しくするつもりもないらしい。
しかし、共にいた妖精たちは、シュセットの表情の硬さに気づいた。わたしも同じだ。素っ気ないのはいつもの事ではあるが、この度はどうも何らかの事情を抱えている。そんな表情を浮かべていた。
空気を読んだ少女が口を噤む中、シュセットは真っすぐわたしの元へと近づいてきた。
「マドレーヌ」
真面目な表情で名前を呼ばれ、わたしは身を強張らせた。
嫌な予感がした。
「どうしたの?」
恐る恐る訊ねてみると、シュセットはやや暗い表情のまま答えた。
「フィナンシエ様がお呼びよ。お話があるの」
あまりいい話ではなさそうだ。
そうであるならば、正直に言って聞きたくはない。
けれど、そんなわがままが通用するはずもないので、わたしは大人しく頷くと、そのまま一緒に談笑していたビスキュイたちに目もくれず、シュセットについて行った。
いつもならば一人でさっさと行ってしまうのがシュセットだけれど、この度は何故だか彼女の歩みは緩やかで、わたしが追いつくのを待つという気遣いを見せてくれた。
その優しさが、わたしには妙に怖かった。




