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蝶々たちのエレジィ  作者: ねこじゃ・じぇねこ
1章 良血蝶々
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1.妖精のオークション

「さあ、お次は本日の目玉商品。

 我らが栄光、太陽の国屈指の名門蝶々売りが手掛ける生きた宝石。

 登録名はマドレーヌ。

 栗色の髪と菫色の目は蝶の妖精の人気色でありますから新鮮味に欠けるとお思いのお客さまもいらっしゃるかと存じます。

 けれど、よくよくご覧ください。

 気品ある顔立ち、バランスの取れた体つき。全てにおいて、同じ母から生まれた兄弟姉妹とは一線を画す、優れた個体であることを、ここにいらっしゃる皆さまならばすぐにお分かりいただけることでしょう。

 売却希望価格はこちら。

 今宵、素敵な出会いをお求めの紳士淑女の皆様、どうぞふるってご参加ください」


 競売人の軽快な売り文句が会場に響き渡る。

 立たされたステージからは、強すぎる照明のお陰で何も見えなかった。

 けれど、多くの視線を集めていることは伝わってきたものだから、わたしはとにかく緊張していた。


 頼りになるのは真横に立っている青年──生産者の手の温もりだった。

 ぎゅっと握るその手が汗ばんでいることが伝わってくると、緊張もだいぶ増すというものだ。

 それでもわたしは厳しく躾けられた良血蝶々らしく、お行儀よくステージに立っていた。

 眩しいながらも競りの賑わいは伝わってきた。


 競売人が興奮気味に金額を読み上げていき、次々に札があがる。どうやら、わたしはそれなりに人気らしい。

 しかし、いかなる勢いもそれ相応の賑わいがあるもので、金額が吊り上がっていくにつれ、一人また一人と脱落者は増えていった。

 最終的に残ったのはたったの二人。

 だが、この二人がとんでもなかった。

 少し目が慣れてくると、熱心に競り合う二人の紳士の姿も分かった。

 一人は赤狐の毛並みのような髪をした青年で、もう一人は銀狐の毛並みのような髪をした中年の紳士だ。さらに競売人の声に耳を澄ましてみれば、その二人の名がフィナンシエとサヴァランであることも理解できた。


 どうやらどちらも相当な金持ちらしい。

 それならば、どちらが主人になろうとも、生産者にとって願ってもない客だろう。

 あとはどちらが主人となるか、静かに見守るだけだ。

 わたしはそう高を括っていた。

 けれど、決着がつくより先に、事はそう単純でないことを悟らされた。競りの行方を共に見守っていた生産者が、わたしにしか聞こえぬほどの小声で言ったせいである。


「どうか……フィナンシエ様になりますように……」


 客には絶対に聞こえぬほどの小声だったが、わたしを震え上がらせるのに十分だった。

 これは一体どういうことだろう。

 詳細は分からないが、どうもサヴァランにわたしを引き渡したくない事情があるらしい。

 金のためにわたしの兄弟姉妹をどんどん増やし、成長した先から次々に売りさばいてきた彼がそんなことを呟くなんて。これはきっとサヴァランの方にとんでもない秘密があるに違いない。すぐにわたしは確信した。


 もちろん、ただの思い過ごしかもしれない。

 思い過ごしであってほしい。

 けれど、この不穏な呟きのお陰で、その先の競りは地獄でも見ているような気分で見つめる羽目になってしまった。

 良血蝶々の幸せは、良い主人に買われるかどうかで決まる。

 男であれ、女であれ、大金持ちであれ、小金持ちであれ、心から尽くしたいと思える人間であるかどうかが重要なのだ。


 では、この二人はどうだろう。

 フィナンシエとサヴァラン。

 生産者の口からぽつりと漏れた呟きのせいなのだろう。

 さっきまでは何とも思わなかったはずなのに、今現在、わたしの目に映る二人の容姿にさっそく歪みが生じていた。

 フィナンシエがこの国の象徴でもある煌々と輝く太陽のような青年に見えるのに対し、サヴァランは月のように暗い印象だった。黒々とした髪を同じく黒々とした帽子で隠しているせいか、はたまた、その目の色が宵闇のような色をしているせいか、或いは、その肌が病人のように青白いせいか。

 見れば見るほど、金額があがればあがるほど、わたしの中での二人のイメージがどんどん偏っていった。


 ──どうかフィナンシエ様に。


 わたしもいつしか生産者と同じ事を祈っていた。

 決着はまだつかない。

 生産者の緊張がわたしにも伝わってくる。

 希望価格の何倍まで到達しただろう。

 いったい何が起こっているのか。

 意地と意地のぶつかり合いが、会場を異様な空気で包み込んでいた。


 しかし、どれだけ高くで売れようとも、わたしの願いは変わらない。

 ここでフィナンシエが降りたならば、きっとわたしの不幸は確定するだろう。

 生産者が内心望んでいない相手に売られた妖精が、幸せになれるなんてこれっぽっちも思わない。そうでなければ、何故、金にがめつい生産者があんなことを呟くのか。


 わたしは願い続けた。

 太陽の国の人間たちが信じる天の神にも、蝶の妖精たちが先祖代々祈ってきたという地母神にも、わたしたち良血妖精の全てを守護しているというあらゆる神々にも、ひたすら祈りをささげ続けた。

 その悪あがきにも似た祈りの中で、競売人が小槌を叩く音が響く。


 落札者が決まった。

 わたしにとって、今後の未来を左右する重要な決定。

 最後まで札を上げ続けていたその人物こそ、わたしの主人となる。

 顔をあげて、わたしは恐る恐るその人物を見つめた。


 札をあげていたのは、フィナンシエの方だった。

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