あれからひと月
これも短めです。
タクヤと出会ってからひと月ほどがたった。なんでもやる、と言っていたとおり、本当に率先していろいろと動いてくれている。
力仕事や、わたしが面倒だと避けていた料理も、契約通りタクヤがやってくれている。わたしは、かなり甘やかされた生活をしており、すでにダメ人間になっている自信があった。
「サラは魔力を込めるのが大変でしょ?それができるのはサラだけだからね。僕はサラのその力で生かされているようなものだから」
だからそれ以外のことは僕がやるよ、というのがタクヤの言い分だ。スパダリすぎて頭が上がらない。
「おはようございます」
「おはよう。今日は、サラの好きな卵焼き作ったよ」
「やったー!わたし、タクヤさんが作ってくれるご飯を食べるために、朝頑張って起きてますから」
「大袈裟だなぁ。ほら、皿出して」
「はーい」
タクヤと共に生活することで、ダラダラと夜遅くまで起きているということがなくなり、生活リズムが整った。タクヤが作ってくれる美味しいご飯を、1日3食きっちり食べている。
最初の頃は、タクヤから味見役を頼まれることが多かったのだが、もう御役御免になってしまった。料理は、わたしの好みの味付けに仕上げてくれているらしい。そんな小さなことからも、タクヤの優しさが感じられた。
料理が盛りつけた皿を机に運ぶ。量が多い方を、タクヤの席に置いた。以前は、タクヤも遠慮していたようで食べる量は控えめだったが、最近はがっつり食べてくれるようになった。
「今日は天気が良さそうだね」
朝から、わたしよりパンを多めに食べるタクヤに話しかけられる。
「そうですね。せっかくですし、布団干しますか?」
「そうしようか」
外に出ると、雲一つない青空が広がっていた。あたりの木々は、赤や黄色に染まっている。タクヤがいた世界では、この"紅葉"を見るために、大勢の人が集まるらしい。
「この景色を独り占めできるなんて、贅沢だね」
見慣れたはずの景色が、タクヤのその一言で特別なものに変わるのだ。わたしの思考回路はなんて単純なんだろうかと、自分でも呆れてしまった。
* * * * *
布団を干してから、薬草を採るために森の中を歩いていく。ただ、この時期は木の実が美味しいので、そちらも忘れてはならない。
「そういえば、木の実を狙って、動物とかモンスターとかは出てこないの?」
「この森に、動物はいないですよ。モンスターってなんですか?」
「…魔物の別名」
「あぁ、魔物もいませんよ。安心してください」
「それなら良かった。サラが襲われ…」
「あ!あれ美味しいんですよ!」
少し遠くに、ぶら下がっていた青い実が見えたので、すぐそばまで駆け寄った。大きくて艶があり、一目で食べ頃だとわかる。ぐっと背伸びをしてとろうとしたが、あとほんの少しだけ届かない。
「はい、どうぞ。これは……、ポイの実かな?」
横から伸びてきた手が、わたしがとろうとしていた木の実をとってくれた。こういう時は、タクヤの高身長が羨ましい。
「そうです。甘くて美味しいんですよ」
帰宅してからの楽しみが増えたことが嬉しくて、いつもより、少し声のトーンが高くなる。
「…他にも食べ頃のやつある?」
「はい。あの左奥のものと…」
指をさして、タクヤにいくつかとってもらった。これでしばらくデザートには困らない。薬草用とは別に、小さなカゴを余分に持ってきておいて良かった。
「タクヤさん、ありがとうございます!帰ったら一緒に食べましょうね」
「それ、好きなの?」
「大好きです!」
満面の笑みでタクヤに伝えると、普段なら合うはずの目が、なぜかそらされてしまった。
「……タクヤさん?」
「…なんでもない」
「そういえば、さっき何か言いかけてませんでしたか?」
完熟したポイの実に喜んで、タクヤが話していたのを遮ってしまったような気がする。
「ううん、気のせいじゃないかな?」
「気のせいでしたか…」
それならまぁいいかと思い、再びタクヤと話しながら歩き始めた。歩くたびに、ザクザクと落ち葉を踏む音がする。
木々の間から差し込む、太陽の光が眩しい中を歩き続け、目的地についたところで足を止めた。
「今日はここで薬草を採ります。あの本、持ってきてますか?」
「持ってきたよ」
タクヤが、ポケットから小さな図鑑を取り出した。以前渡した図鑑だ。持ち歩くのにちょうどいい。
「たしか、こっちに…。あ、これですね」
タクヤは薬草にかなりハマったらしく、次から次へと吸収していくので驚いた。実物を見たり、触ったりすることも大事なことだ、となんとも勉強熱心なのである。
「これがノールか」
「はい。どの部位も何かしらの薬に使えるので、すごく便利なんです。今日はこれと、ヴィンス、ザッタを採ります」
「ん、わかった」
「ザッタは見つけやすいので、タクヤさんも探してみてください」
お互いが離れすぎないように、声をかけながら探索していく。日が頭上にのぼる頃には、カゴがいっぱいになった。
「そろそろ切り上げますか。時間もちょうど良さそうですし」
「そうだね。帰ろうか」
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