新たな日々
夜も遅かったので、簡単にご飯を済ませる。そのとき、タクヤが持っていた大きな荷物に目が止まった。いろいろあってすっかり忘れていたが、気になったのでタクヤに聞いてみた。
「その荷物、なんですか?かなり重そうですけど…」
「あぁ、これ、布団だよ」
「布団?!」
「ゴードンさんに相談したときに、もしサラが一緒に住んでいいって言ってくれたとしても、たぶん布団がないって教えてくれたんだ。屋根裏だって、本当は寝るスペースがないはずだって聞いたよ」
「…まぁ、そうですね」
「やっぱりそうなんだ。ずっと迷惑かけててごめんね…。この布団、ゴードンさんのお店を手伝った時の給料代わりにくれたんだ。使いたいんだけど、いいかな?」
「はい。いいですよ」
こちらとしても、布団が増えることはありがたい。ゴードンには、きちんとお礼を伝えておこう。
「あっ、でも、僕が寝たベッドが嫌だったら、サラがこの布団使って」
「嫌じゃないですよ」
今だってそのベッドを使っている。
「でも、それだけ重たいものを持って、森を抜けてくるなんて…」
「僕、こっちの世界にきてから、前より体力ついたみたいなんだ。わりと平気だったよ」
いくらなんでも、無茶しすぎである。
「とにかく、絶対疲れてますから、お風呂入ってすぐ寝てください」
「そう!お風呂!」
タクヤの顔がキラキラと輝きだす。
「えっ、急にどうしたんですか?」
「街の湯船がすっごく小さかったんだ!お湯に浸かるというよりは、洗うためにあらかじめ水を溜めるもの、ってイメージらしい」
「へぇ、そうなんですか」
それは知らなかった。街に行ったことないからなぁ。
「もう僕、全身投げ出して浸かれるお風呂がない生活なんて考えられない。早速お湯をためてきてもいい?あ、もちろん、サラが先に入ってね」
「ありがとうございます……」
実はこの人、お風呂目当てに戻ってきたのではないかと思うわたしを、誰も責められないと思う。
* * * * *
タクヤの言葉通りに1番風呂をいただいた。そして、タクヤがお風呂に入っている間に、薬を作るための準備をする。もう隠さなくてもよくなったので、堂々と作業を進めることができるのだ。
乾燥させていた葉に手を伸ばし、1枚掴んで感触を確かめる。
「このくらいでいいかな」
数枚を手に取り、すり潰そうとしたとき、ちょうどタクヤがお風呂から出てきた。
「お、早速やるの?」
「はい」
「あー、サラ、また髪濡れたままだよ。しっかり乾かしておかないと」
「いやぁ…」
たとえタクヤに言われようとも、面倒なのだから仕方ない。
「その薬、今すぐ作らないといけないものかな?」
穏やかに聞いてくるタクヤに、嘘をつく罪悪感の方が勝ってしまった。
「……今すぐじゃなくてもいいです」
「はーい、じゃあ座ってください」
タクヤが、以前のように椅子を準備してくれたので、そこに座った。お風呂上がりだからなのか、普段よりもタクヤの手があったかい。
タクヤの指がわたしの髪に触れる度に、心臓がドキッとする。この間までの、母を思い出す懐かしさとは少し違うような…。わたしの顔が熱をもっているのはきっと気のせいだろう。
「サラはめんどくさがりというか、自分に対して無頓着なのかもしれないね」
急に後ろから話しかけられて驚いた。完全に油断していた…。
「たしかに。そっちのほうが近いかもしれません」
服は着られればいいし、ご飯だって食べられればなんでもいい。家具も使える物ならそれでいい。あまり興味がないのだ。
髪を乾かした後、改めて薬を作り始めた。タクヤが隣にいることは初めてなので、ちょっと緊張する。
「僕にも手伝えることはあるかな?」
「普段から1人でやっているので、特に手伝ってもらう工程はありませんよ」
重たい物を持つわけでもないし、薪割りのように斧を扱うわけではない。
「じゃあ、興味があるから見ていてもいい?」
「かまいませんよ。どうぞ」
薬の作り方は、種類ごとにすべて統一されているので、どこで買っても同じものが手に入る。最近はどの国でも、薬を扱う店が減ってきているとゴードンから聞いていたため、タクヤが興味をもってくれたことは素直に嬉しかった。
「今日は、ここにある葉っぱを全部粉末にします」
「けっこう量があるね」
「これだけあっても、粉にすればだいぶ減りますよ」
専用の容器に、粉にする予定の4分の1程度を入れる。容器が小さいので、一度にできる量はこれが限界なのだ。
「僕がやってみたいな」
「それじゃあ、お願いしてもいいですか?」
粉にしながら、タクヤがなんの薬に使うのか、効果はどんなものなのかと、いろいろと質問してきた。興味があるといったのは本当だったのだと感じながら、ひとつひとつ答えていく。
「サラ、こんな感じでどう?」
タクヤと薬について話しているうちに、葉が粉末状になっていた。
「完璧です!」
わたしがやるより何倍もはやい。思わず拍手しそうになったのをぐっと堪える。
「この作業、楽しいね!残りもやっていい?」
「もちろん!こちらからお願いしたいくらいです。ありがとうございます」
わたしも単純作業は好きだが、毎回やっていると、さすがに飽きがくる。タクヤの申し出は非常にありがたいものだった。
「はやい…」
その後、信じられないスピードで粉末にされたものを目の前に、わたしは絶句していた。
「これで完成?」
これからは、隣でニコニコしているタクヤに頼もうと、わたしは心に決める。
「ここまでは、普通に売っている薬と同じです。最後の仕上げにわたしの魔力を込めることで、薬効を増加させます」
「それって、僕が見ていてもいいの?サラが嫌なら…」
「大丈夫ですよ!」
見られても減るものではないし、タクヤとは契約を交わしているので、誰かに言いふらすこともない。
いつものように薬に手をかざし、魔力をこめる。タクヤは、光が薬に流れ込んでいくのをじっと見つめていた。
タクヤが何も言わなくなり、わたしは不安になった。さっきまで怖がってくれたらいいと思っていたのに、今はタクヤに怖がられてしまうのが嫌だと思っている。その日のうちにコロコロ変わる自分の気持ちが1番分からない。無意識のうちに、魔女であることを受け入れてほしいと願っているのかもしれない。
「………すごく、あったかい光なんだね。サラみたいだ」
そんな褒められ方をしたことがないので、なんと返事をすればいいのか分からず、戸惑ってしまう。不安だと思っていた気持ちが伝わったのか、ゆっくり近づいてきたタクヤが、そっとわたしの手を包み込んだ。
「サラ、ありがとう」
そのありがとうの一言に、様々な感情が入っているように聞こえた。経験したことのない空気になりそうだったので、明るく切り替えることにする。
「こちらこそ、手伝っていただいてありがとうございました!」
「また手伝ってもいいかな?」
「はい!」
「あと、薬草のことをもっと知りたいから、いろいろ教えてほしい」
今日は驚くことばかり起きる。真剣な目をしているタクヤの様子から、冷やかしや冗談ではないことは分かった。まさか、きちんと勉強したいほど薬草に興味があったとは…。
「ちょっと待っていてください」
わたしは、棚の引き出しの1番下から、分厚い本とノート、図鑑を取り出した。
「昔、この本と図鑑で薬草について勉強していました。こっちのノートは、薬の作り方をまとめてあります。今はもう使っていないので、よかったらどうぞ」
母から直接学んだこともたくさんあるが、基本的な内容は、これらを読み込んで覚えたことも多い。
「………いいの?」
「しまわれているよりも、使ってもらうほうが喜ぶと思いますよ」
タクヤだから、使って欲しいと思った。心をどんどん許していくような、不思議な気持ちだ。
「ありがとう。大切に使うよ」
作業を終えたわたしたちは、それぞれの布団で寝ることにした。最初の予定通り、わたしはベッドで寝てタクヤはベッドの横に布団を敷いている。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
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