契約
これも短めです。
「タクヤさん?!」
「やぁ、サラ」
「なにしてるんですか?街に行ったんじゃ…」
「うん、そうなんだけどね」
「ここじゃ寒いですし、とりあえず中に入ってください」
「ありがとう」
* * * * *
タクヤを家に入れたあと、お湯を沸かして温かい飲み物を淹れる。2人で座ったところで、やっと落ち着いて話すことができた。
「どうしてここに戻ってきたんですか?わたしは街で暮らすものだと思っていました」
「だって、あそこにはサラがいない」
タクヤが何かを呟いたが、わたしは聞き取ることができなかった。
「えっ?」
「なんでもない。サラに勧められたのもあったけど、この世界のことをもう少し知っておきたいなって思って、ゴードンさんと一緒に街へ行ってみたんだ。すごくいい人たちばかりだった」
「じゃあ、どうして…」
それならなんの問題もないだろうに。
「でも、サラのことが気になって、心配で…、サラに会いたくなった」
会いたくなった、なんて言われたことがなかったので、妙にドキリとしてしまう。
「ゴードンさんと一緒に来たほうがいいかな、とも思ったんだけど、その日まで待ちきれなかったから、ここに戻ってきた」
「…どうやって1人で戻ってきたんですか?」
戻ってきた、なんて軽く言っているが、迷いの森から我が家にたどり着くのは、容易なことではない。
「ゴードンさんに相談したら、これを持ってたら迷わないから、大丈夫だって言われたんだ」
タクヤがポケットから出したのは、わたしの魔力を込めた勾玉だった。迷子防止アイテムとしてタクヤに渡してから、回収するのをすっかり忘れていたことを思い出す。
「サラが嫌じゃなければ、ここにいたいなって思ったんだけど、ダメかな?なんでもするよ」
「なに言ってるんですか?!」
びっくりして大きな声を出してしまった。落ち着かせるために、一呼吸おいてから話し始める。
「ここには何もありませんよ。街に行けばいろいろありますし、豊かな暮らしができます」
「むこうでしばらく、その暮らしをしてみたけど、サラといる時間が1番楽しかったんだ。……僕がいると迷惑かな?」
そんなはずはない。むしろ、いてくれて良かったとさえ思っている。わたしだって、この家に誰かがいるのが懐かしくて、楽しくて仕方なかった。でも―――
「迷惑じゃないけど、ダメです」
タクヤがわたしのところにいても、彼のためにはならない。
「それは、サラが僕に隠していることと関係ある?」
大アリである。
「サラが隠したいなら、それでもいい」
よくない。短期間なら頑張れるが、隠し切れるわけがない。わたしが魔女だとバレたら、きっとタクヤは怯えた顔をして、逃げ出すように出て行くのだろう。慣れてからよりも、今の時点で切り捨てられた方がマシだ。だって、傷は浅い方がいいもの。
「―――わたし、魔女なんです」
さぁ、怖がって今すぐ出ていきたいと思えばいい。
「……魔女って、すごい!本物?!」
タクヤはどうして、喜んでいるの…?
* * * * *
それからわたしは、タクヤに魔女や迷いの森に関する伝説、魔力について伝えた。
「気味悪いでしょう?」
「どうして?僕の傷が早く治ったのも、サラの薬のおかげなのに」
「それは……」
タクヤが特殊例であるため、なんと答えていいものかと悩んでいると、話がまた進んでしまった。
「それに、サラにしかできないことなんでしょ?かっこいいよ。大事なことを教えてくれてありがとう」
「かっこいいだなんて…。わたしは恐ろしい存在なんです」
「恐ろしくないさ。僕がいた世界では、魔女は架空の存在だったんだ。会えて嬉しいよ!」
ゴードンの言っていた通り、やっぱりこの人、頭がおかしいのかもしれない。忌み嫌われている魔女に会えて嬉しいなんて、ちょっと、いや、だいぶ変だ。
「サラが優しいことは分かってる。優しいから、魔力を人のために使ってるし、僕のことも助けてくれた」
「買い被りすぎですよ」
魔力は、使い方を知らないだけだし、タクヤを助けたのだって、たまたまだ。
「本当になんでもやる。働くから、ここにいさせてください」
正直、わたしはタクヤにいてほしい。タクヤがいると仕事の効率が上がるため、売り上げも上がる。タクヤがいるから生活費が無くなった、という事態にはならないはずだ。
「本当にいいんですね?」
「うん」
「分かりました。じゃあわたしと契約をしましょう」
「契約…?」
わたしは引き出しから紙とペンを取り出して、机の上に置いた。紙に魔力を込めた後、契約書という書き出して、内容を書き記していく。
契約書
1.わたしが魔女であることを誰にも話さない
2.犯罪をしない
3.料理をする
4.力仕事を手伝う
「この紙には魔力が込めてあるので、一度名前を書いてしまえば、違えることは絶対にできません。それでもよければ、ここにサインしてください」
「…こんなことでいいの?」
「はい。わたしは料理が苦手なので、タクヤさんがやってくれると助かります。もちろん、予算内でお願いしますね」
「うん」
「それと、力仕事を手伝ってくれたら十分です」
他の項目は、念のために書いたものだ。タクヤが悪い人じゃないことは、一緒にいればわかる。
「この内容で契約しないなら、今すぐ出て行ってください」
いてほしいというのはなんだか悔しくて、少し冷たい言い方になってしまった。
「もっとすごいこと書いてくるのかと思ったのに…。このくらいなら全然いいよ」
タクヤがペンを手に取る。名前を書き終わると、紙が一度だけ光った。これで契約完了だ。
―――こうして、わたしたちの奇妙な同居生活が始まったのである。
お読みいただき、ありがとうございました!
結局すぐ戻ってきましたね。やっと契約しました。
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