別れ
短めです。
タクヤを助けて1週間がたった。わたしがタクヤよりも後に寝るのを不思議がっても、深くは追及しないでくれるし、助けてくれた恩返しだと言って、ご飯を作ってくれる。
料理も、わたしなんかより格段に上手だし、食べたことのないものをたくさん作ってくれた。どれもほっぺが落ちそうなくらい美味しくて、おかわりしたこともあったくらいだ。薪も大量にできて、薬草もたくさん採れて、わたしにとっていいこと尽くめである。
少し働きすぎなのでは、と思った時もあったが、居候分だとか洋服代だとかいって押し切られた。相変わらず、屋根裏で寝ているので身体はバキバキだが、それも気にならないくらい楽しい日々だった。
今日はゴードンが来てくれる日だったため、タクヤと家で待つことにする。お茶を飲みながらのんびりしていると、昼過ぎにゴードンが訪ねてきた。
「ゴードンさん、こんにちは!」
「あぁ、サラ、タクヤ。一応、俺もこっそり調べてみたんだ。タクヤが帰りたくないってことはもちろん聞いているが、異世界からきた原因だけでもわかったほうが、すっきりするだろうと思ってな。……だが、有力な情報はなかった」
「そうでしたか…。ありがとうございました」
原因もわからないとなると、もし、タクヤの気が変わって、元の世界に帰りたくなったとしても、帰れないままになるかもしれない。そのことが少し気がかりだった。
「俺にはこれくらいしかできることがないからな。他にあれば、いつでも言ってくれ」
「あの、ゴードンさんがよければ、タクヤさんを街に連れて行ってあげて欲しいんです。もう元気になってますし、ここにずっと篭っているのはもったいないと思って」
この考えは、ずっと頭の片隅にあった。だが、わたしは街に行くなんて絶対に嫌だ。どんなに冷たい人だと言われようが、断固拒否である。ゴードンなら、手伝いなどといって、タクヤを自然と連れていけるのではないかと思ったのだ。
「それならできるぞ。タクヤ、行くか?」
「……サラはいいの?」
少し心配そうなタクヤが、様子を窺うように、わたしのほうを見てくる。
「わたしのことは気にしないでください。もう恩返しも十分してもらいましたし…。とにかく、一度行ってみたほうがいいんじゃないですか?」
「……分かった。行ってみたいです。ゴードンさん、お願いできますか?」
タクヤは少し悩んでいたが、最終的には街に行くことに決めたようだ。
「おう。それじゃあ、荷物まとめてこい」
タクヤが席を外している隙に、わたしはゴードンさんにこっそりとお願いをした。
「もし、タクヤさんが気に入った住居や働き先があったら、取り計らってもらえませんか?お金は出しますので」
タクヤにはこんな隠れた生活ではなくて、日の当たる場所のほうがきっと似合う。それに、街を見たら、もうこんなところには帰ってきたくないだろう。もともと、ここよりも格段に便利な世界からきたのだから当たり前だ。十分すぎるくらい手伝ってもらったし、これくらいのお礼はさせてほしい。
「……分かった。もしそうなったとしても、金は後払いでいい」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「ゴードンさん、準備できました」
タクヤの準備ができたようだ。それからゴードンといつも通りのやり取りをしたあと、タクヤとゴードンが2人揃って去っていく。
「じゃあ行ってくるね、サラ」
「はい。さよなら、タクヤさん」
―――わたしはタクヤに、本当の別れを告げた……つもりだった。
* * * * *
タクヤがいなくなった日の夜、いつものように薬を作ったあと、屋根裏に登ろうとして、その必要がないことに気づく。タクヤは1週間ほどしかこの家にいなかったのに、想像以上にタクヤとの生活が身体にしみついていたらしい。
ベッドに寝転がると、洗ったはずのシーツから、タクヤの匂いがふんわりと広がった。ただそれだけなのに、タクヤがいないということを、嫌というほど実感した。魔女であることがタクヤにバレずに済んだから、喜ばしいのだと頭では分かっているのに、気持ちが追いついていない。
「やばいな、わたし…」
わたしの心から離れてくれないこの感情を、なんと名付けたらいいのだろうか。
* * * * *
翌朝も、起きてから朝ごはんの香りがしないことにがっかりした自分に驚いた。タクヤを送り出したのはわたしのはずなのに。
「これじゃあ、後悔しているみたいじゃない」
パンにむかって呟いたところで、誰からも返事は返ってこなかった。
森で採った木の実で朝食を済ませて、洗濯をした。服を干したあと、薬草を取りに行き、カゴ一つ分の薬草を、前より少なくなったな、と思いながら家へと帰った。いつもはタクヤと話しながら歩いていた森の中だって、木々が風に揺れるざわめきしか聞こえなかった。
「静かだなぁ」
もともと一人暮らしだから、これが当たり前だったはずなのに、むしろ違和感を抱いてしまう。
「……こんなに部屋、広かったっけ?」
タクヤがいた生活のほうが非日常だったのだ。きっとこの虚しさは、時間が経てば消えていくだろう。
それから数日後、わたしは珍しい薬草を取るために、普段より奥まったところへ行っており、帰るのが遅くなってしまった。もうあたりは真っ暗だ。手元にある灯りを頼りに家へと帰る。
やっと家が見えたと思ったら、家の前に人影があった。入り口に座り込んでいて、妙に大きい荷物を足元に置いている。
「誰…?」
その人影がわたしに気づいたようで、こちらに向かって手を振ってきた。少し近づいたところで、ようやく顔が見える。そこにいたのは――
「タクヤさん?!」
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