思い出
翌日、少しバキバキいう体をほぐしながらはしごを下りる。
「サラ、おはよう」
「おはようございます…」
眠たい目をゴシゴシこすり、なんとか目を開けた。
「昨日のスープ、あっためたけど良かったかな?」
「はい、ありがとうございます」
タクヤが鍋をかき混ぜている間に、顔を洗ってお皿を出す。
ご飯を食べる前に、昨日の傷を見せてもらった。すぐそばの椅子に座ってもらい、包帯を外す。包帯の下にあったはずの大きな傷は、跡形もなくきれいに消えていた。
「サヨの薬、本当によく効くんだね!ありがとう」
「治ってよかったです」
効き目の部分は、話し出すとボロが出そうなので触れないでおく。実は、異世界からきた人にこの薬が効くか、半信半疑だったのだ。治って本当によかった。
「一晩で治るなんて。異世界なのも関係してるのかな…?」
「それも関係あるかもしれませんね」
否定はできないので、ぼやかしておく。この話が広がらないうちに流れをかえようと、ご飯の準備を進めると、自然とタクヤの意識もそちらに向いた。
「気づいてなかったけど、昨日、肉があったのは僕の分だけだったんだね。ありがとう」
「いえいえ。わたし、そんなにお腹空かないので、たくさん食べてください」
今日はタクヤの野菜スープに、パンもつけた。それから、聞きたかったことがあったので、タクヤに聞いてみることにした。
「タクヤさん、洗濯ってどうします?」
わたしは普段、川の水を桶ですくって、その中で2.3日分の洗濯物をまとめて洗うことを伝える。タクヤは男の人なので、正直どうしたらいいのか分からなかった。
「そっか。洗濯機がないから…」
「……?」
タクヤと話していると、たまに知らない単語が出てくる。首を傾げているわたしに気づいたタクヤが、その度に説明してくれるのだ。
「洗濯機っていうのは、元の世界にある機械のことだよ。自動で服を洗ったり、水を絞って乾燥させたりできる」
「そんなすごいものが…」
タクヤのいた世界では、機械化されているものが多いらしい。ただ、どれも詳しい構造は知らないそうだ。
「そうだよ。すごく便利なんだ。あ、洗濯の話だったね。それぞれの分を、自分で洗うのが1番いいかな。あとで洗う場所とか教えてもらっていい?」
「わかりました」
食べ終わってから、家にある網と桶を持って、すぐそばを流れている川へと向かう。
「ここで水をすくって、洗濯物をジャバジャバ洗っちゃってください。洗った水は、そのあたりに適当に撒いてもらって大丈夫です」
それから、手に持っていた網で、川を泳いでいる魚を捕まえた。
「こうやって魚を捕まえられたら、その日の晩御飯になります」
「へぇ、すごいな」
そのまま家へ戻り、魚をバケツに入れたあと、物干し竿のあるところへとタクヤを案内した。
「洗ったものはここに干してください」
このままだとお互いの干したものが丸見えなので、大きな布で仕切りを作ってカバーする。相談した結果、わたしとタクヤの洗濯する日をずらすことにした。そうすれば、お互い気を使わずに済むからだ。
* * * * *
一通りタクヤに説明して、また家へと戻ってきた。もう完全に回復したというタクヤが、これまでお世話になった分を返さなければと意気込んでいる。
「これでやっと、サラのために働けるよ。なんでもやるから言って」
たしかに、元気になったといえばそれまでだが、病み上がりの人になんでも頼むわけにはいかない。
「そんなに張り切らなくてもいいですよ。じゃあ、洗濯をお願いします。わたしの分は明日洗濯しますね」
洗濯のための桶と、魚がいたときに使う網、タクヤの洗濯物を持って、川へ行ってもらう。タクヤが洗濯をしている間、わたしは薪を割ることにした。
斧は防犯にも役に立つので、家の中にしまってある。それを取り出して、家の裏にまわった。
簡易小屋にかけてある布を外す。ゴードンから買い取った薪は奥に見える。今日は、手前に置いてある、森で拾った木を何本か取り出した。それを台に乗せ、カーンと音を響かせながら斧で割っていく。
無心になって薪割りをしていると、慌てた様子でタクヤが走ってきた。
「あ、タクヤさん。洗濯物ちゃんと干せましたか?」
「干せたよ、ありがとう。ねぇサラ」
「なんですか?」
「そういう力仕事をするために僕がいるんだから、言ってくれていいんだよ」
代わって、と言いながら、タクヤがわたしに向かって手を伸ばす。だが、こちらだって無理をさせるわけにはいかない。
「でも、タクヤさんは病み上がりで…」
「大丈夫」
沈黙の中、長い睨み合いが続いた。
「…………無理しないでくださいね」
「うん」
タクヤに斧を渡す。やることがなくなったわたしはそばにあった切り株に腰掛けて、見守ることにした。タクヤが倒れたりしたら大変だからだ。
しかし、まったく倒れる気配はない。倒れるどころか、わたしよりもかなりはやく薪割りが進んでいった。やはり、男の人のほうが体力があるのだな、と感心する。
タクヤが薪割りをしているだけなのに、なぜか目が離せなくなってしまった。こんなことは初めてで、よく分からない感情に戸惑っていると、タクヤはいつのまにか、わたしが外に出していた薪を全て割っていた。わたしなら半日かかる量を、容易く終わらせたタクヤに、思わず感動してしまった。
「すごくはやく終わってびっくりしました!タクヤさんのおかげです。ありがとうございます」
「いえいえ」
* * * * *
タクヤが汗だくだったので、先にお風呂に入ってもらい、その後で、わたしもお風呂に入った。お風呂から出ると、ジューという音と美味しそうな匂いがしてくる。部屋を覗くと、タクヤが昼に獲った魚を焼いてくれていた。
「台所、使わせてもらってるよ」
「はーい」
わたしがお風呂に入ってる間に、晩ご飯を作ってくれていたらしい。生ゴミのところをちらりと覗くと、魚がきれいに捌かれた痕跡が見えた。
「魚って、こうやって捌くんですね」
「普段、捌いてなかったの?」
「捌き方わからなかったし、面倒だったので、丸々1匹焼いて食べてました」
「…まぁ、味は変わらないからね」
タクヤがなにか言いたそうな顔をしていたが、見なかったことにする。
「この方が食べやすいです。ありがとうございます」
骨や内臓があると、その分食べるのにも手間がかかる。
「料理はもともと趣味だから、そんなに苦じゃないんだよ。使う食材が、元の世界と似たものでよかった」
「…食べるのが楽しみなご飯は、久々です」
最悪、食べられたらそれでいいとさえ思っている時だってある。
「そんなにすごいものは作れないよ。僕も、誰かに期待されるのは久々かも」
そう答えるタクヤさんの笑顔は、どこか楽しそうに見えた。
* * * * *
魚を乗せるためのお皿を出そうとすると、タクヤに止められた。
「サラ、髪ちゃんと拭いてないでしょ?」
「面倒なんですよ。普段からこんな感じなのでお気になさらず」
タクヤの言う通り、髪はざっくりとしか拭いていないが、いつものことなので特に気にしていない。
「ダメだよ、風邪引くから。ここ座って」
「平気ですって。せっかくの魚が冷めちゃいますよ」
フライパンの中には、ちょうど焼き上がった魚が並んでいる。
「魚はあとから温めればいいから。ほら」
タクヤが椅子を準備してくれたので、大人しく座ることにした。わたしの首にかけていたタオルを、タクヤが取って、髪を拭いていく。思っていたよりも優しい手つきに、母を思い出した。
母が生きていた頃は、髪を拭くのを面倒くさがるわたしを捕まえて、丁寧に髪を拭いてくれていた。その手の温もりを思い出して、涙が出そうになるのを必死に堪える。
「えっ、泣きそう?!どこか痛かった?ごめんね」
オロオロと狼狽えているタクヤはなにも悪くないので、わたしは首を横に振った。
「…違うんです。お母さんを思い出しちゃって、懐かしくて」
そこまでいうと、タクヤも分かってくれたようだ。
「そっか。サラは今まで、独りで頑張ってきたんだね」
よしよしと頭を撫でる手はがっしりしていて、母の手とは全然似ていなかったが、もうこれ以上は耐えられなかった。
「ゴードンさんが、うちに来るかって言ってくれたけど、そんなに迷惑かけられないし、この家にいたかったっ、からっ」
「うんうん」
泣きながらわたしが話すのを、タクヤは静かに聴いてくれた。はやく止めなきゃと思うほど、涙が溢れて止まらない。
「でも、1人だと寂しくて…。頑張って忘れようとしてたのに」
だんだんと、自分でも何が言いたいのか分からなくなってきて、最終的には子どものように泣きじゃくってしまった。タクヤがそっと抱きしめてくれて、背中をトントンと叩いてくれる。そのリズムで、少しずつ落ち着きを取り戻し、気づいた頃にはだいぶ時間がたっていた。
「………ごめんなさい」
「そういうのを吐き出すのは、大事だと思うから。もう大丈夫?」
「はい。ありがとうございました」
タクヤの服が、わたしの涙で濡れていた。
「あの、服…」
「気にしなくていいよ。それじゃあ、ご飯食べよっか」
次の日も少し瞼が腫れぼったかったが、タクヤはなにも言わずにそっとしておいてくれた。
お読みいただき、ありがとうございました!
もしよろしければ、評価・ブックマーク等していただけると嬉しいです(*^^*)