お風呂
翌朝、窓から差し込む光で目が覚めた。なんだかふかふかしたものに寝ている気がする。
ん?わたし、布団に寝てる……?
そんなはずがない。だってベッドにはタクヤが寝ているはずだ。寝ぼけていた頭が覚醒し、勢いよく起き上がる。
「おはよう、サラ」
「……おはようございます。って、なに起きてるんですか?!」
いつのまにかタクヤが起きており、目の前の椅子に座っていたのだ。しかも、あの見慣れない服から、昨日買った服に着替えている。
「動いても全然しんどくないから、サラをベッドに運んだんだ。もし嫌だったならごめんね」
いろいろとツッコミどころしかないが、運んでもらったことは嫌ではなかったので、素直にお礼を言う。
「全然嫌じゃないです!運んでくれてありがとうございました」
「お礼を言うのは僕の方だよ。ずっとベッドを使わせてくれてありがとう」
本当に元気になったみたいだ。初日に比べて、顔色もずいぶんと良くなった。
「助けてくれたのがサラで良かった。どんなに感謝しても足りないくらいだ」
「そんなにすごいことはしてないです」
なんだか、タクヤに過大評価されている気がする。
「助けてもらった分も、ちゃんと働くからね」
働くといっても、タクヤはまだ病み上がりだ。
「まずは、朝ごはんを食べましょうか」
* * * * *
今日の朝食…、時間的には、ほぼ昼食なのだが、パンと干し肉、山菜を挟んだサンドイッチを作った。
「今日、薬草を取りに行こうと思うんです。そんなに遠くに行くつもりはないんですけど…」
わたしが続きを言い淀んでいると、意図を汲んでくれたタクヤが代わりに話し始めた。
「うん、ついていくよ。知らないやつを家に置いておくのは不安でしょ?寝てるのも飽きちゃったし」
「すみません。ありがとうございます」
あまりのんびりしていると、季節が限られている薬草が、どんどん枯れてしまうのだ。また、薬草として使える時期を逃してしまう場合もある。
朝食を食べたあと、タクヤにもカゴを持ってもらって、早速出発した。
「これを持っておいてください」
わたしは、タクヤに魔力を込めた勾玉を渡した。これがあれば、わたしとはぐれても我が家までたどり着ける。魔力を込めたものを持っていると、迷いの森の影響を受けないからだ。ゴードンも同じものを持っているので、我が家まで迷わずに来ることができる。
「なにこれ?」
タクヤが勾玉を光にかざしながら、珍しそうに眺めている。
「お守りです。絶対に失くしちゃダメですよ」
タクヤに魔力のことは言えない。
「それから、体がおかしいなと思ったり、しんどくなったりしたら、すぐに言ってくださいね」
「わかった」
ゆっくり歩いて数分もすれば、1番近い薬草ポイントに到着する。今日はここで薬草を取って、すぐに帰る予定だ。
「これがファルサです。葉っぱの先が赤いものを採ってください。緑のものや、葉っぱ全体が赤くなってしまっているものは使えません」
「こんな感じの葉でいいかな?」
タクヤが指さした葉は、葉先が程よく赤に染まっていた。
「それです!今しかないものなので、見つけたらどんどん採っちゃってください」
「了解」
薬草探しなんて初めてであろうタクヤには、分かりやすい1種類のみを任せた。ファルサを採ってくれている間に、タクヤから離れないよう気をつけながら、キソウ、アカゴタ、マトマトなどを探す。誰も手入れをしないと、どんどん草木が生い茂ってしまうが、薬の材料として採取すれば問題ないので、森にとっても、わたしにとっても、嬉しい関係なのである。
そう言いつつも、さすがにわたし1人の力ではとても採取しきれないので、放置されている箇所も多いし、わたしが踏み入ったことがないところも、それなりにはあるのだが……。
お互いのカゴに山盛りの薬草を摘んだところで、今日の収穫は終了だ。普段なら、帰り道に薪として使えそうな木をいくつか拾って、引きずりながら帰るのだが、今回はタクヤが少し手伝ってれた。最初はわたしがすべて持っていたのに
「その木、持てるから任せてくれていいよ」
「ダメです!病み上がりの人にそこまでさせられません!」
この押し問答を続けて、根負けしたわたしが3分の1だけお願いした。これがわたしの妥協点である。
ところが、その帰り道…
「いっ」
木がなにかに当たるザッという音と、タクヤの声がほぼ同時に聞こえた。
「伸びた枝で擦っちゃったみたいで…」
タクヤに腕を見せてもらうと、大きな擦り傷ができていた。
「ちょっと待ってください」
持っていたカゴの奥から、傷薬と包帯を取り出す。念のために入れてきて正解だった。タクヤがいる間は持ち歩こう。
「薬塗りますね」
タクヤの腕に薬を塗り、包帯を巻いた。これで明日には良くなっているはずだ。
「ありがとう。もう痛くない」
「いえいえ。これが仕事ですから」
もちろん、タクヤが持っていた木はわたしが回収し、家まで持って帰った。
* * * * *
家に戻って、持って帰ってきた木を、家の裏にある薪スペースへと運び込む。簡易的な屋根と風よけがあり、残りのスペースは大きな布で覆われている。布を外すと、まだ薪割りをされていない木がゴロゴロと転がっている。今日拾った木も、同じように転がしておいた。
晩ご飯には少し早いし、タクヤが汗をかいていたので、お風呂に入ってもらうことにした。
「タクヤさん、お風呂に入ってください。傷があるところだけ気をつければ、問題ないと思います」
すると、タクヤがキョトンとしてこちらに問いかけてきた。
「え、この世界にお風呂あるの?」
* * * * *
家に戻り、タクヤにタオルや着替えを持たせて、お風呂へと送りだす。
タクヤがお風呂に入っている間に、晩ご飯の野菜スープを作ることにする。母がいた頃は、もう少し料理のレパートリーがあったのだが、わたしはそこまで食に興味もないし、面倒なので、野菜スープかサンドイッチしか作らない。たまに、川でとった魚を焼くこともあるが、極端に面倒なときは、木の実だけで済ませてしまうこともよくある。さすがにタクヤもいるので、木の実だけというメニューはやめておいた。
タクヤが、かなり楽しそうな表情でお風呂へ向かっていたので、どんな顔をして出てくるのかワクワクしながら待っていると、見たことないほどの笑顔で戻ってきた。
「お風呂、すっごくいいよ!」
タクヤはお風呂が好きらしい。今までのタクヤの中で1番といってもいいくらい、表情が明るい。
「広々としてて最高だった!あんなに広いお風呂、珍しいんじゃない?」
「そうなんですかね?あんまり他と比べたことなくて…」
あんまりどころか、一度もない。
「肩まで浸かって、足を伸ばしてもまだスペース余るんだよ?」
全然知らなかったが、タクヤの話だと、我が家のお風呂は、世間一般的には広い方らしい。
* * * * *
今日はすごく働いてくれたし、お腹を空かせているだろうと、タクヤの分にだけ、肉を追加することにする。
「昨日と同じメニューですみません…」
「いやいや。美味しいよ、ありがとう」
野菜スープを飲んだあと、疲れているであろうタクヤをベッドに寝かせる。
「もうだいぶ元気になってるし、サヨがベッドで寝た方がいいよ」
「わたしは屋根裏で寝るので、タクヤさんはここで寝てください」
屋根裏の話は、半分ウソだ。屋根裏部屋はあるが、ベッドはなく、冬用の布団や衣類をしまうのに使っている。たしか、わたしが寝転がるスペースくらいはあったはずだ。それに、先にタクヤに寝てもらわないと、薬を作ることができない。
なんとか納得してもらい、タクヤが寝入ったところで、わたしもお風呂に入る。そしてまた、昨日と同様に作業を始める。今日採った薬草で、ゴードンさんのメモで依頼されたパスカルさんの点眼薬や、吐き気止めなどを作っていった。今日はカゴ2つ分の薬草があるので、1つは明日やることにする。
道具を片付けたあと、はしごを登り、屋根裏へと向かう。そこには冬用の衣類や布団が置いてあった。わたしの予想通り、丸まれば寝られる隙間があったので、そこに寝転がり、たまたまそばに畳んであったタオルケットをかける。
少し肌寒さは感じたものの、目を瞑れば、自然と眠りに落ちていた。
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