その後
ここからは、わたしが目覚めてから聞いたことをお話しよう。
まず、シャール国の人たちは、異様な状況に気づき、大混乱をもたらした。逃げ惑う人々の中には、軽い怪我をした人はいたらしいが、大きな怪我人はいなかった。そして、避難する住人や、タクヤたちのところへ応援に駆けつけようとした騎士団の人たちから、黒い物体と横に浮いていた何かが、突如、光を放ち、微粒子のように消えていったという目撃情報が多数得られた。さらに、タクヤたちの証言もあったことから、魔王は消滅したと判断されたそうだ。そばにいた青年の正体は、身元不明で処理らしい。魔王の脅威がなくなったと喜びに湧いたシャール国は、先日から何日にもわたってお祭り状態だ。
それから、魔王討伐隊一行が持っていた道具はすべて、ただの武器になっていた。誰が持っても弾かれることはなく、特別なことは何も起こらないそうだ。
イザベラは、魔王復活に加担したが、国民はそのことを知らないため、大々的な処罰はせず、辺境伯爵の元へ嫁ぐことになったらしい。もう公の場に出てくることはないと聞いた。イザベラはどうやら、魔王を倒した後、勇者と結婚しようと息巻いていたようだ。睨まれたり、変な質問をされたのは、このことが原因だったらしい。
ちなみに、イザベラが身につけていたペンダントは粉々になった状態で見つかったそうだ。
イザベラ以外の4人は、魔王を倒し、シャール国を含めた世界を救った英雄として讃えられた。タクヤの配慮で、わたしは魔王討伐の件とは関係ないとされたからだ。パレードなども行われ、わたしとタクヤは一市民として、アレク、ティム、フェルナンドの3人を遠くから眺めた。
なぜ英雄は4人なのに、パレードは3人なのか。
――それは、タクヤが魔王とともに"死んだ"ことになったからだ。
これは、タクヤが希望したことだ。これ以上、面倒なことに巻き込まれたくないと、魔王と相打ちの末、死亡したことにしてくれ、と頼んだらしい。文字通り、命を賭して戦った"英雄"となったわけだ。
この話を聞いた時はさすがに驚いた。そこまで滞在期間が長かったわけでもなく、ほとんどのシャール国民がタクヤの顔を知らないこと、そして、希望をなんでも聞くと言ったはず、と半ば脅して許可をもぎ取ったらしい。そんなタクヤは、報奨金をたんまりもらったと、嬉しそうに帰ってきた。
慌ただしい日々がやっと終わり、わたしとタクヤは帰り支度をしていた。この城はなんとなく、そわそわしてしまって落ち着かない。それに、街の薬が足りなくなっている可能性があるため、なるべく早く帰る必要があった。
お世話になったお礼の挨拶を伝えると、案外すんなりと城から解放してくれた。行きと同じように、ティムの杖で帰ることはできないので、地道に馬車や船を乗り継いで帰るしかない。そこは、タクヤの報奨金をありがたく使わせてもらうことにした。
「よし、帰ろうか」
「はい!」
* * * * *
わたしとタクヤは、とにかくお金を使いまくり、馬車や船を乗り継いでダージマン国へと向かった。夜に馬車を走らせるのは危険で、お金を積んでも乗せてくれることはほとんどないため、夕方についた街で宿をとって過ごすことにした。
宿の取り方なんて分からなかったので、タクヤにお任せした。タクヤのいた世界とシステムは同じだと言って、スムーズに部屋を取ってくれた。初めての場所で、1人で過ごすのは不安だろうと、同室にしてくれるところなんかは、さすがだなと思う。わたしのことをよく分かっている。
「おや、君、勇者様と同じ名前なのか」
「そうなんですよ」
「有名人と同じ名前だと、なにかと大変だよな」
「ハハッ」
もちろん、ヒヤリとした場面はあったけど……。
* * * * *
鍵に書かれた番号と同じ部屋に入り、荷物を置く。狭すぎることもなく、過ごしやすそうな部屋で安心した。
「馬車に長時間乗っているのも、疲れますね…」
「慣れてないときついね」
ソファでゆっくりしながら、夕飯について考える。
「せっかくだから、この国の有名なものを食べに行こうか」
タクヤの話だと、この国は小麦の生産量が多いことで有名らしい。馬車からおろしてもらった時、ついでに聞いたんだ、と嬉しそうに話してくれた。
「さっき外を歩いてきた感じだと、パン、ピザ、パスタ、スイーツのお店なんかもあったし」
「あの、ピザってなんですか?」
「食べたことない?僕の世界と同じものかは分からないけど、小麦粉を練った生地の上に、いろんな具材をのせて焼くんだよ」
タクヤから話を聞いても、どんなものかピンとこないので、わたしは首を横に振った。
「知らないです」
「じゃあ、今日はピザ食べよう」
宿の主人に声をかけ、ピザの美味しい店を教えてもらった。地元民にも人気の店が、歩いて10分ほどのところにあるらしい。
店を出て、大通りを歩いて行く。本来ならば暗闇に包まれている時間帯なのに、街灯に照らされているせいか、思った以上に人通りは多い。森から出たことがなかったわたしは、何もかもが物珍しくて、キョロキョロしながら歩いてしまう。
「サラ、手繋ごうか」
「……迷子になりそうだからですか?」
いつもなら、喜んで手を繋いでいたはずだ。知らない場所で、わたしが不安にならないようにしてくれていることは分かっているのに、子ども扱いされているような気がした。拗ねた態度をとっている時点で、子どもだという自覚はある。
「僕がサラと離れたくない」
タクヤにそう言われると、差し出された手に、自然と自分の手を重ねてしまう。タクヤが、わたしの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれているのを感じながら進んでいくと、とある店の前で止まった。
「ここだ」
目的の店についたらしい。家以外での食事なんて初めてで、心の余裕がまったくできていないのに、タクヤは躊躇なく店の扉を開けた。
カランコロン、とベルが鳴り、いらっしゃいませ、と店員から声をかけられる。言うまでもなく、心臓がバクバクと鳴り止まないわたしじゃなくて、タクヤがすべて対応してくれた。
席へと案内され、メニューを決める。どんなものがくるのかさっぱり分からなかったので、注文もタクヤに任せた。ここまでくると、自分があまりにも無知すぎて恥ずかしくなってくる。わたしはすっかり忘れていたのだ。自分が森に引きこもりっぱなしで、世間一般の"普通"とは違った生活をしていたことを。周囲に馴染めているのかも分からなくて、店員がテーブルから去ったあとも、わたしは顔をあげられないでいた。
「サラ、どうしたの?疲れた?」
「あ、いえ!そうじゃなくて。わたし、本当に何も知らないんだなって、痛感したというか…」
緊張して、恥ずかしくて…、という最後の声は、尻すぼみになって消えていく。もはや、人がいっぱいで怖い、なんて思いはなくなっていた。
「そんなの、知らなくて当たり前だよ。サラにとっては初めてなんでしょ?」
わたしはコクリと頷く。
「じゃあ、これから知っていけばいい」
顔を上げたわたしと、優しく微笑んだタクヤの目が合った。
「知らないことが多いってことは、その分、これからたくさん知ることができるってことだよ」
そんな発想はなかった。知らないことが多すぎて、ダメだと思っていたわたしを、そっと掬い上げてくれるような、優しい声色に胸を打たれる。
「僕だって、知らないことだらけだよ。特にこの世界はね。サラは家に帰るまでに、少し慣れたら上等だ」
その後、運ばれてきたピザは、すごく美味しかった。きっと、緊張したままだったら、味がしなかっただろう。もったいないことをするところだった。
* * * * *
「タクヤさん、ありがとうございました!」
「サラが喜んでくれてよかったよ」
帰り道も、はぐれないようにタクヤが手を繋いでくれる。今度は、素直にその手をとることができた。ところが、緊張がほぐれたおかげで、まわりを見る余裕ができたからなのか、人による圧迫感を感じてしまい、気分が悪くなってきた。足元がふらついたのを、タクヤが横から支えて、通行人の邪魔にならないよう隅まで連れていってくれた。
「うーん、人酔いかな?」
タクヤはそう言うと、屈んでわたしに背中を向けてきた。前にも、こんなことがあったような気がする。たしか、池に落ちたとき…。
「重くないから大丈夫。早くのらないとお姫様だっこするけどいい?」
その言葉を聞いた瞬間、わたしはタクヤの背中に体を預けた。お姫様だっこは恥ずかしすぎる。無理。心臓止まっちゃう。
「………ちょっと複雑なんだけど」
ぼそりと呟きながらも、タクヤはわたしを背負ったまま、宿に向かって歩き出す。
「疲れが出たのかもしれないな。連れ回してごめん」
わたしは、タクヤの肩口に顔を埋めて、首を横に振った。
「こんなの初めてで…。楽しかった」
その瞬間、タクヤの肩がビクンと跳ねた気がした。
「耳元で話すのやめてくれる?いろいろやばいから」
タクヤによく聞こえるようにと、耳元で話したのが良くなかったらしい。焦った声色で話すタクヤが珍しくて、どうでもいい話を、あえて耳元でしたり、耳にふーっと息を吹きかけたりと、遊びながらの楽しい帰路となった。
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あと数話で完結予定です!ぜひ、最後までお付き合いくださいませ。
この土日で完結させたい…(願望)




