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どうして

 そのまま動かないタクヤを心配していると、しばらくしてから、タクヤが聖剣から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。


「勇者タクヤ様ー!すっごく心配してたんですから!さぁ、シャール国へ行きましょう」


 タクヤの手を取ろうと、イザベラが手を伸ばす。その伸ばされた手を、わたしは思わず払いのけて、タクヤの前に立った。もう我慢の限界だ。


「さっきから黙って聞いてれば、勝手なことばっかり言って…」


 さっき、立ち上がるときに少しだけ見えたタクヤの顔は、明らかに困惑の色を浮かべていた。大好きなタクヤのことだ、それくらいわかる。


「自分たちの国のことなら、自分たちでなんとかすればいいじゃないですか!全然関係ない人に助けを求めて、勝手に連れてきて、その上元の世界には帰れないなんて、あまりにもひどすぎます!身勝手です!」


 言いたいことがたくさんありすぎて、きちんとまとまっている自信がなかった。


「しかも魔王を倒すってなんですか?簡単なことじゃないですよね?命かけろって言ってるんですか?勇者かなにか知りませんけど、そんなことすんなり受け入れられるわけないでしょう?しかも、タクヤさんに、受け入れるかどうかの選択さえ、させてもらえないんですか?」


 こんなに怒りに任せてしゃべったのは、初めてかもしれない。


「どうしてっ、タクヤさんなんですかっ……」


 最後の一言は、涙声になっていた。うまく声も、言葉も出てこない自分が情けない。


「サラ」


 後ろからタクヤの声がして、肩に手がかかる。くるりと振り返った瞬間、タクヤの匂いに優しく包み込まれた。


「ありがとう。僕は大丈夫だよ」


「でも…」


 タクヤの視線が、わたしの奥にいる4人を捉えた。


「僕が、断るって言ったら、どうします?」


 タクヤが、聞いたこともないような低い声で、イザベラに問いかける。


「シャーレ国が制圧されてしまうと、その勢いで、魔王軍が他の国まで襲い始めるかもしれません。これは世界を救う戦いなのです。どうか、勇者タクヤ様の力をお貸しください」


 イザベラや、後ろについていた人たちが、わたしたち…いや、タクヤに向かって頭を下げる。


「はぁ……」


 タクヤが大きなため息をついた。あぁ、止めないと。きっとタクヤは、その優しさで、受け入れてしまうから。そう思うのに、わたしの体がいうことを聞いてくれない。


「いいですよって言わないと、解放してくれなさそうですね」


 その言葉に、イザベラの顔がキラキラと輝き出した。


「ありがとうございます!!」


 タクヤが、わたしを抱きしめる力を強くする。


「サラ、驚かせてごめん」


 わたしは、タクヤに伝わるように大きく首を横に振った。


「…タクヤさん、本当に良いんですか?」


「うん」


 タクヤのことを守りたかったのに、これでは守られてばかりではないかと歯痒くなる。



「そちらの方、ずいぶんと貧相ですわね」


 イザベラがわたしのことを指さした。自覚がある分、その一言がぐさりと刺さる。


「サラは僕の恩人だ。助けてもらってからずっとお世話になっている」


 タクヤがそう言うと、イザベラの態度が少し柔らかくなった…、ような気がする。


「まぁ!そうでしたの!タクヤ様とお会いできたのは、あなたのおかげでもあるのですね。ありがとうございます」


「いえ、それほどでも…」


 深々とお辞儀をされたので、とりあえず、こちらもぺこりと頭を下げる。


「きちんとお礼ができず申し訳ありませんが、とにかく今は一刻を争う事態なのです。タクヤ様、すぐに出発いたしましょう」


 イザベラが伸ばした手が、またもや払われる。今度はわたしではない。振り払ったのは、タクヤだった。


「出発は、1日だけ待ってほしいんです」


「……どういうことですか?」


 タクヤの言葉を受けたイザベラの声が、戸惑いのものに変わった。顔つきも険しくなる。


「1年くらいお世話になってるから、それなりに荷物だってあります。あと、混乱しているから、聞いた話を整理したい。少し時間が欲しいですね」


 それっぽいことを言っているが、タクヤの荷物は衣服くらいだから、まとめるものは多くない。この人たちは、シャール国のためだと言って、無理やり連れて行きそうな勢いだけど…。


 ところが、意外にもイザベラたちは了承した。


「……いいでしょう。これだけ待ったのですから、いまさら1日増えても変わりません。明日のこの時間にお迎えに参ります」


 一刻の猶予もないのに、1日増えても変わらないとか、言ってることがめちゃくちゃだ。イザベラたちが何を考えているのか、余計に分からなくなる。


「逃げようとはお考えにならない方がいいかと。それでは失礼致します。ティム、お願い」


「かしこまりました、姫」


 ティムが目をつぶって、杖を地面に叩きつけた途端、わたしたちの目の前から4人が消え去った。



 * * * * *



「サラに話したいことがあったんだ。上手いこと帰ってくれてよかったよ。中に入ろうか」


 わたしは、ドタバタの展開に動揺が隠せず、タクヤに手を引かれるまま、家の中に入った。


「一度にたくさんのことが起こって、さすがにびっくりしたよ。前より体力ついた気がしたのは、気のせいじゃなかったのかも」


「………なんで、タクヤさん、怒らないんですか?」


 わたしはタクヤの目を見ず、俯いたまま問いかける。自分でも驚くほど、感情のない声が出た。


「……僕の分まで、怒ってくれる人がいたから」


 タクヤがわたしの手を離し、そのまま両手が腰に回され、抱き寄せられる。


「僕が言いたかったことを、全部きれいに、あいつらに言ってくれた。ありがとう、サラ」


「だって、タクヤさん、急にあんなこと言われて…。絶対おかしいですよ」


 消えそうな声で訴えたところで、突きつけられた事実は変わらない。


「うん。勇者なのはおいといて、帰る方法がないのは、さすがにひどいなって思ったよ。僕みたいに、元の世界に未練がなければ、気にならないけどね」


「そうですけど…」


 勇者であることはおいといていいのか?


「そうじゃなかったら、発狂してるよ。知らない人たち助けて、元の世界に帰れないなんて」


 いまさらだが、突然元の世界に帰ってしまうかも、という心配は、杞憂だったということになる。


「………逃げますか?」


 忠告はされたものの、何もかもを捨てて、逃げ出すという選択肢だって残されている。もしそれを選ぶのなら、わたしだって逃げるつもりだった。


「ううん、逃げない」



 タクヤが、普段の穏やかな顔から、真剣な顔つきに変わった。


「サラには、本当に感謝してる」


 この時、わたしは気づいてしまった。タクヤがわたしを置いていこうとしていることに。当然のことだ。イザベラたちにとって、用があるのはタクヤのみで、わたしは呼ばれていない。


「魔王とか、まだ現実味がないけど、サラを危険な目に合わせるわけにはいかない」


 独りじゃない楽しさ、喜びを教えてくれたのはタクヤだったのに。タクヤは、1人で危険なところへ飛び込もうとしている。


「だから、ここで待ってて欲しい。絶対帰ってくる。これは僕のわがままなんだけど…」


「嫌です」


「…そっか。やっぱり」


 困ったように笑うタクヤは、きっと勘違いをしている。


「待つだけなんて絶対嫌ですっ!わたしもタクヤさんと一緒に行きます」


 タクヤは、わたしからの返事が予想外のものだったらしく、かなり驚いた顔をしていた。いつもと立場が逆転して、ちょっと楽しくなる。


「さすがに危ないから、連れて行くのは無理だ」


 わたしはタクヤから離れて、引き出しから契約書を取りだした。そこには、許可なく異世界へと戻らないこと、そして、許可なく森から出ないこと、と書いてある。本来なら必要ないものだったはずなのに、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。


「タクヤさんは、わたしの許可なく森から出られないんです。このままシャール国へ行けば、わたしの許可がないものとみなされます」


 脅すように使うのは本意ではなかったが、切羽詰まった状況なので、手段を選んでいる暇はない。


「………それって、最後はどうなるの?」


「ご想像にお任せします」


 実際は、常に引き裂かれるような身体の痛みが伴うだけで、死に至るようなものではないのだ。でも、こんな時だからこそ、煽るに限る。


「タクヤさんがわたしを連れて行ってくれるなら、もちろん許可します」


「…本気?」


「冗談でこんなこと言いません」


「……………ずるいよ、サラ」


「言ったじゃないですか、ずるい魔女だって」


「やられたなぁ」


 タクヤは笑いながらそう言って、最終的には了承してくれた。


「わたしのそばが、タクヤさんの居場所、なんですよね?」


 タクヤに向かって笑顔で詰め寄ると、照れたように顔を背けてしまう。それでも、ちょっと耳が赤くなっているのが見えたから満足だ。


「薬関係だったら、役に立てますからね」


「たしかに、それはサラが頼りになる」


 タクヤも少しずつ乗り気になってきたようで良かった。


「ただシャール国側は、サラのことを森に引きこもる一般人だと思ってるかも」


「まぁ、たしかに…」


 褒められるような印象でないことはわかる。特にさっきのことで、第一印象は最悪なはずだ。


「薬師で押し通そう。さて、準備しようか」



お読みいただきありがとうございました!

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