居候
タクヤが寝ている間に片付けや家事をすませていると、外の扉のベルが鳴った。その音でタクヤも目が覚めたようだ。
「開けるぞー!」
「はーい!」
扉が開くと、そこには大きな荷台を引いた男が立っていた。
「こんにちは、ゴードンさん。いつもありがとうございます」
「やぁ、サラ。元気そうで…、おい、そいつ誰だ?」
奥にいるタクヤに気付いたようで、にこやかだった表情が一気に険しくなる。
「紹介しますね。この人はタクヤさん」
そしてタクヤにも、ゴードンを紹介する。
「ゴードンさんはここに商品を売りにきてくれるんです。それから、わたしの作った薬を代わりに売って、売り上げを持ってきてくれてます」
ゴードンは、この近辺を仕切っている商人だ。わたしの先祖が森に住み始めた頃から代々お世話になっている家系の人で、わたしの事情も知っている。
そして、タクヤが異世界からきたことを伝えた。
「………サラ、そいつ頭大丈夫か?」
「やっぱり、それが普通の反応ですよね」
ゴードンの言葉に、タクヤは当然のように頷いていた。
「わたしだって、最初は変な人だなって思いましたよ」
そこはちゃんと知っておいてほしい。
「あ、サラも思ってたんだ…」
ゴードンにも、タクヤがいま着ている服や、書いた地図を見せて、話をしてもらった。
「ゴードンさんなら何か知ってるんじゃないかなって思ったんです」
「さすがに俺も、こんな現実味のない話は聞いたことないが…」
ゴードンも困り果てているようだ。ゴードンに分からないとなると、他に頼れる人はいない。
「まぁ、困ってるみたいだし、協力できることがあったら声かけろ」
「「ありがとうございます!」」
ゴードンに信じてもらえなかったら、どうしようもなくなるところだった。
「あと、いまの話、あんまりいいふらすなよ。頭がおかしいやつって思われるか、物珍しがるやつに絡まれるかのどっちかだからな」
「はい。気をつけます」
何度もいうが、わたしにはゴードン以外の知り合いはいない。今のは、タクヤに釘を刺したようだ。
「で、これからどうするつもりなんだ?」
「タクヤさんは、まだあまり動けないようなので、体調がよくなるまでは、ここにいてもらうつもりです。タクヤさん、いいですか?」
「……ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
タクヤは、本当に申し訳なさそうな顔をしている。
「それにしても、この森の中で…」
「ゴードンさん!」
わたしは慌てて遮る。ゴードンも察してくれたようで、話題を変えてくれた。
「あぁ、悪い。今週の売り上げを渡してなかったな」
「ありがとうございます」
ゴードンが金の入った袋を取り出して、わたしに手渡す。わたしはそれを受け取ったあと、薬草が小分けになっているものを棚から取り出して、ゴードンに渡した。
「個人的に依頼された分には、いつも通り名前を書いてあります」
「助かる。来週はこの人たちの分を頼む」
ゴードンからメモを受け取り、棚に貼り付ける。もう1枚の用紙には、補充する薬が書かれており、別の棚からいくつかの小ぶりな瓶を取り出す。
「ほかに必要なものはありますか?」
「大丈夫だ。全部揃ってる」
会計を済ませて、ゴードンさんからお金を受け取る。それからゴードンさんの荷台の中から、切らしかけの調味料や干し肉など、日持ちしそうなものを買って、やり取りは終了だ。
ただ、今日は他にも買うものがある。
「タクヤさんが着られそうな洋服があれば、買いたいんですけど」
「いやいや、いいよ!そこまでしてもらうわけにはいかない。僕、お金ないし」
2人で確認したが、彼は本当にお金を持っていなかった。持ち物はすべて鞄の中に入れていたらしく、ポケットの中も空だった。
だが、ここで買わないとタクヤの服がない。タクヤの服はこの世界では目立つので、着替えさせてあげたかったのだが、わたしの服ではサイズが合わず、そのままでいてもらうしかなかった。幸い、一人暮らしでお金には困っていないので、タクヤの服を買うくらいの余裕はある。
「でも、さすがにその"スーツ"っていう服でいてもらうわけにもいかないですし…」
あ、良いこと思いついた。
「じゃあ、元気になったらお手伝いしてください」
これからやってくる冬に備えて、薪割りなどの力仕事があるのだが、1人だとなかなか大変なのだ。今日、ゴードンの積荷には薪がなかったが、普段は何本もまとめて持ってきてくれる。それを買い貯めて、家の外に積んでおくのだ。森の木とゴードンの薪がなければ、わたしは冬を越すことができない。
「よし、俺からも提案しよう。無一文なら仕方ない、格安で売ってやる。これでどうだ?」
タクヤは、労働を対価にしたものなら納得できたようで、わたしとゴードンに向かって大きく頷いた後、頭を下げた。
「居候の分と洋服代、しっかり働いてお返しします!」
借金でもするのかという勢いで少々驚いたが、タクヤとゴードンが2人で相談して、必要なものを3セット揃えてもらった。しかも、定価の半額で売ってくれたのだ。お礼をいって、ありがたく買わせてもらった。
「来週もよろしくお願いします」
「こちらこそ。なにかあったら連絡しろよ」
「ありがとうございます」
* * * * *
ゴードンが帰ったあと、わたしは再度スープを温めることにした。ギリギリ足りるだろう。実際、お皿に盛り付けるとちょうど2人前だった。これに、今日買った肉をプラスする。
今回も、タクヤにお皿を渡してみると、すぐに完食してしまった。
「もっと食べますか?」
「いや、大丈夫だよ、ありがとう」
わたしも自分のスープを食べ終えて、タクヤの身体を濡らしたタオルで拭いていく。清潔にしておかないといけないが、まだ完全に体力が回復しておらず、お風呂に入ることができないと、わたしが判断したからだ。だが、しっかり鍛えられた筋肉を間近で見ると、意識がそちらにいってしまって、少しドキドキした。
「サラさん?サラちゃんって呼んだ方がいいのかな?」
「サラでいいですよ」
「じゃあサラ、ご両親にも挨拶しておかないといけないよね?一応、居候の身だし」
タクヤの身体を拭く手が、ピタリと止まる。
「………いませんよ」
「え?」
「両親はいません。10歳のときに母が亡くなってから、1人で暮らしています」
「10歳って、そんなに小さい頃から1人で暮らしていたのか…。しっかりしている子だな、とは思っていたんだ。嫌なことを思い出させちゃってごめんね」
あまり話したくない話題だったので、深く聞かれなかったことにホッとする。
「かまいませんよ。もう昔のことですから」
タクヤに服を着てもらい、寝かせて布団をかける。
「はーい。じゃあ寝てくださーい」
気まずい空気になってしまったので、あえて明るくタクヤに声をかける。
「はーい。寝まーす」
察してくれたタクヤも、笑いながら答えてくれた。
* * * * *
タクヤが寝たあと、湯船にお湯をはってお風呂に入る。昨日と今日はいろいろあったなぁと思いながら湯に浸かった。この時間はリラックスできて好きだ。
「さて、今日もお薬作りますか!」
お風呂から出たあと、わたしは薬草の仕込みを始めた。ゴードンにもらったメモにそって作っていく。不足している常備薬も、後日作らなければならない。
ゴードンに売っている薬は、すべてわたしの手作りだ。森で薬草を取り、調合して、それらを売ることで生計を立てている。薬といっても、その辺に売っているものとは違い、魔力を込めた特別な薬である。そのため、効き目は抜群で、売り上げもなかなか良いと聞いている。タクヤにもわたしの薬を投与しているため、明日には動けるようになっているだろう。
今から作るのは、ジュリアさんの腰痛の薬だ。薬草を混ぜ合わせ、煮たものを取り出して、手をかざす。すると、手から光があふれて、そのまま薬草へと流れ込んでいく。
「このくらいでいいかな」
ある程度流せば完成だ。この光がバレないよう、タクヤが寝ている夜に仕込むことにしたのだ。といっても、普段から夜に作業をしていたので、特に支障があるわけではない。
その後も順調に、風邪薬や胃薬、タクヤで消費した痛み止めや解熱剤などを作っていく。これらは長期間保存できるので、作り置きをしておくのだ。ストックが切れている薬草もあったため、明日取りに行かなければならないだろう。
薬を作り終わったあとは、椅子に座ってのんびりする。
「そういえば、タクヤさんは、家族に見捨てられたって言ってたけど…」
どうしてタクヤは、こちらの世界にきてしまったんだろう、などとグルグル考えているうちに、いつのまにか机に突っ伏して寝てしまった。
お読みいただき、ありがとうございました!
もしよろしければ、評価・ブックマーク等していただけると嬉しいてす(*^^*)




