雪の日 2
お待たせしました!2です!
わたしは、トーミンを見れたことが嬉しくて、すっかり忘れていたのだ。そばに池があったことを。
バキバキッ
「きゃっ」
踏み出した先が、ちょうど氷が薄くなっていた場所だったようで、見事に池に突っ込んでしまった。もう片方の足で踏ん張ろうとしたが、その足もつるんと滑って、同じように氷を踏み抜いてしまった。気づいたときには、全身ずぶ濡れである。
「サラ、大丈夫?!」
タクヤが駆け寄ってきて、池から引っ張り上げてくれた。わたしも力を振り絞って、どうにか地上へと這い上がる。タクヤには、気をつけてと言っておきながら、自分が落ちてしまうなんて、かなり恥ずかしい。
「あっ、ありがとうございます」
お礼を言おうとしても、震えて上手く声が出ない。寒さには慣れていたつもりだったが、いくらわたしでも、びしょ濡れで雪の中は経験したことがなかった。
「上着だけでもいいから脱いで。濡れたものを着てるのは良くない」
水を含んで重たくなった服を脱ぐと、タクヤが代わりに持ってくれた。それから問答無用で、タクヤが着ていた上着をかけられる。さっきまでタクヤが着ていたから、温かいはずなのに、わたしの体が濡れているせいで、そのぬくもりがすぐに消えてしまう。
「早く帰ろう。身体を冷やしすぎると危ない」
そう言うとタクヤは、屈んでわたしに背中を向けた。おんぶしようとしてくれているらしい。
「ほら、乗って」
「でも、タクヤさんが濡れちゃう」
「いいから」
手や足の震えが止まらず、本格的にやばいと思ったわたしは、タクヤの言葉に甘えて、背中に乗せてもらった。タクヤの背中の程よいぬくもりを、わたしが奪ってしまっている感覚になる。いや、実際奪っているのだけれども。
「力入らないんでしょ?」
「……ごめんなさい」
「謝ることないよ」
それからは、意識を途切らせないようにと思ったのか、いろいろと質問をされた。好きな色は?好きな食べ物は?と続いていったが、最後の方はあまりよく覚えていない。
「ほら、ついた。自分で服脱げる?」
「…ぬげます」
「お湯ためてくるから、それまで暖炉の前にいて。ここに毛布置いとくよ」
ここでタクヤに脱がせてもらうのがよくないことはぼんやりした頭でもわかるので、意地で頑張った。
「入ってもいい?」
毛布を身体にかけたところで、お風呂場にいたタクヤから声がかかる。こんな時まで気を使ってくれるのかと、タクヤの優しさを感じた。
「はい」
返事をすると、タクヤがこちらに戻ってきた。わたしが脱いだ服を回収してくれる。
「いまスープ温めてるから、ちょっと待ってね」
暖炉の暖かさと、タクヤが用意してくれたスープの温もりで、全身の震えがようやくおさまった。朝のスープが残っていてよかった。湯船にお湯がたまったとタクヤから聞き、慌ててお風呂に入る。
いつもより長時間お湯に浸かって、やっと身体の芯から温かくなったと思ったときには、かなりの時間が経過していた。
「こんなはずじゃなかったんだけど…」
幸運を呼ぶどころか、不幸真っ只中である。おまけに、タクヤにまで迷惑をかけてしまった。
* * * * *
お風呂から出ると、タクヤもスープを飲んでいた。
「ちゃんとあったまってきた?」
「はい。タクヤさんも入ってください」
濡れたわたしを背負ってきたのだから、タクヤも寒かったはずだ。
「そうする。サラはまだ暖炉の前にいた方がいいよ。絶対風邪引くから」
「もう十分ポカポカですよ」
「ダメ。こっち来て」
タクヤに手を引かれて、わたしは暖炉の前に座った。
「寒かったら、毛布もかけておいていいからね」
風呂場へ向かうタクヤの背中を見つめる。背中に乗せてもらった時、その背中は当然、わたしよりも大きくて、あったかくて、なんだか安心した。そのことを思い出すと、なぜだか顔や耳が熱くなってきたので、考えるのをやめた。助けてもらったのに、わたしは何を考えているのだろう。
何か手を動かそう思ったわたしは、お湯を沸かして、飲み物を準備することにした。お茶の色がいい感じに出てきたところで、タクヤが戻ってくる。
「タクヤさん、お茶を淹れたので、よかったら飲んでください」
「うん、ありがとう」
タクヤにマグカップを渡した後、わたしがさっきまで座っていた暖炉の前へ連れてきて、一緒に座るように促す。
「タクヤさんもあったかくしないと。ここ座ってください」
タクヤを隣に座らせて、わたしがさっきまで使っていた毛布をタクヤにもかけて、一緒にくるまった。服ごしにお互いの肩があたり、ぬくもりが伝わってくる。
「毛布、半分こです」
なぜかタクヤは、片手で顔を覆ってしまった。タクヤの持っていたマグカップが少し傾き、お茶がこぼれそうになったのを、わたしが慌てて支える。
「火傷しますよ」
マグカップからは湯気が立ち上っている。ひっくり返したら大変だ。
「……ありがとう。気をつける」
珍しくタクヤがあたふたしている様子に、申し訳ないけれど、少し笑ってしまった。マグカップを支えた時の勢いでずれてしまった毛布を、タクヤがそっとかけ直してくれる。
「タクヤさん、ありがとうございました。タクヤさんがいなかったら、どうなっていたか…」
森の中で凍死だってあり得た。誰も森に入ってこないのだから、発見されるかどうかも怪しいくらいだ。考えただけでも怖くなる。
「僕だって、サラに助けてもらったんだ。それに、サラが僕のことを考えて連れて行ってくれたんだから、嬉しかったよ」
「それでも、タクヤさんは命の恩人です」
「サラだって、僕の恩人だよ」
「……これじゃ終わりません」
真剣な話をしていたはずなのに、なんだかおかしくなってきて、2人でくすくすと笑いあう。
「お互いが大事に思ってる。これでどう?」
「……それ、いいですね」
話の着地点が見つかり、胸を撫で下ろす。その時、タクヤから意外なことを問いかけられた。
「僕がいてよかったって、思ってくれてる?」
タクヤも、不安だったのだろうか。誰かに必要とされたかったのだろうか…。
――その質問の答えは、わたしの中に1つしかないというのに。
「そんなの、ずっと前から思ってますよ」
静かな空間の中に、薪の弾ける音だけが響く。
「しばらく、このままでいてもいい?」
「……はい」
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