冬籠り
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冬籠りが始まってから、早くも数日が経とうとしていた。いつもならば、1人でやることもなく、退屈な日々を過ごしていたが、今年は違う。
「やってみたいことがあるんだけど…」
タクヤのその言葉で、今日の予定は決まった。
* * * * *
「では、雪だるま作りを始めます」
「はい、師匠!」
タクヤは、前の世界では、雪が積もる場所には住んでいなかったらしく、雪が多めなこの気候を、それなりに楽しんでいるみたいだ。
タクヤが、雪だるまというものを作ってみたいと言い出したときは驚いたが、どんなものか紙に書いてもらうと、思ったよりもかわいかったので、じゃあ作ってみよう、となった。それに、タクヤのやりたいことなら、叶えてあげたい。……あと、ちょっと楽しそうだったから、わたしもやってみたかった。
「まずは、丸い雪玉を作る。それをどんどん大きくして」
手袋をつけた手で雪をすくって、手の上で丸くする。手袋をしているとはいえ、やっぱり冷たいのは変わらない。そこに、雪をペタペタくっつけて、どんどん大きくしていき、ある程度のサイズになったら、雪の上で転がす。
これがなかなか面白いのだ。家の周りの雪も少し減るので、なるべく玄関のあたりの雪をかき集める。夢中になってコロコロと雪玉を転がしていると、気づいた時には、膝くらいの大きさになっていた。そういえば、大きさを相談していなかったと、タクヤの方を見ると、わたしの倍の大きさの雪玉が作られていた…。
「タクヤさん、しっかり楽しんでる」
わたしだって、人のことは言えないけど。やりたいと言い出したタクヤが、楽しそうでよかった。その様子を見ていると、わたしも嬉しくなる。
あまり時間をかけると身体が冷えるので、もうこのサイズでいいやと、タクヤの雪玉を胴体、わたしの雪玉を頭にして合体させた。そこに、雪だるまの手となる木の枝をさす。頭の上にはバケツを乗せた。
「顔はどうします?」
「うーん、顔っぽくできるものは…」
2人でいろいろと探したが、生憎、顔のパーツにできるものが近くになかったので、そこだけ指で書かせてもらうことにする。
「……ん?」
なぜだろう…?目の位置がずれていて、鼻が小さすぎる。おまけに、口だけ顔の端から端まで書いてしまったためか、あまりかわいくない。もうちょっといい感じの顔になる予定だったのに…。
「フフッ」
後ろに立っていたタクヤからも、笑い声が聞こえる。
「完成です!これでいいんですっ!」
恥ずかしくなって、少し声を張りあげてしまった。顔に熱が集まってきているのがわかる。いつもなら凍えるはずの冷たい風が、むしろ気持ちいい。
「顔…、ハハッ」
「もう!笑わないでください!」
「なかなか独創的な顔で、いいと思うよ、うん」
未だに、タクヤの肩の揺れは止まっていない。
「絶対自分に言い聞かせてますよね?」
「ごめんごめん。けっこう大きいのができたね」
2人とも転がすのが楽しくて、気づいたらこんなサイズの雪だるまができてしまった、なんてことはお互い言わない。
「一度作ってみたかったんだ。一緒にやってくれてありがとう」
「いえいえ。わたしも楽しかったです」
雪で遊んだだけなのに、妙な達成感がある。
「それよりタクヤさん、鼻が真っ赤ですよ」
「サラもね。家の中で暖まろう」
その雪だるまは、なかなか溶けず、想像以上にしぶとく家の前に残っていた。溶けかけの雪だるまを見たゴードンの顔は…、言わないでおこう。
* * * * *
「タクヤさん、これ本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だから、いれてごらん」
また別の日のこと。冬籠りの間、時間はたっぷりあるのだからと、わたしはタクヤから料理を教わっていた。どうやったら、あんなに美味しいものができるのか気になったからだ。しかし、わたしはすでにそのことを後悔していた。
「跳ね返ったりとか、暴れ出したりとか…」
「しないよ。ホラーじゃないんだし、僕がついてるから」
よりによって、晩ご飯のメニューが揚げ物の日にお願いしてしまったのだ。タクヤの世界にある料理の中でも、大量の油の中に具材を突っ込むという、世にも恐ろしい作り方をするものである。今まで野菜のスープと、肉・魚の塩焼きしかしたことのないわたしは、怖くて仕方がない。
しかし、教えてほしいと言ったのはわたしなので、やっぱり無理です、と逃げることはできなかった。
「ふぅ」
一度深呼吸してから、タクヤに教わった通りに、そっと油の中に具材を落とし込む。
「あれ?意外と大丈夫かも」
たしかにパチパチと油がはねる音はするものの、思っていたほどではなくて、少し拍子抜けだ。
「ほら、どんどん入れて」
むらができるから、とタクヤに言われたわたしは、タクヤよりもぎこちない手つきで、具材を放り込んでいく。しばらくすると、パチパチという音が小さくなってきた。
「もういいよ」
具材は、こんがりときつね色に揚がっている。タイミングはばっちりだったようだ。
「美味しそう…」
「ね?サラにもできたでしょ?」
「はい!」
タクヤが作ってくれたソースとともに盛り付ける。ソースをかけることで、さらに豪華に見えるから驚きだ。以前、そのことをタクヤに伝えたのだが、なぜか呆れた顔をされたので、それ以降は言わないようにしている。
「「いただきます」」
タクヤがついていてくれたとはいえ、初めて作った料理を人に食べてもらうのは、やっぱり緊張する。タクヤが一口目を頬張るところを、無意識にじっと見つめてしまっていた。
「うん、美味しい」
タクヤのその一言を聞いた後、わたしもドキドキしながらそれを口に運ぶ。
「あ、ちゃんとできてる…」
「サラは心配しすぎだよ」
今まで、最低限生きていられるだけのものが、食べられたらいいと思っていた。冬籠りの間も、食料が足りなくなれば、2日ほど食べなくても全く気にしていなかった。お金がなかったのではなく、ただ単に面倒だったから。それを、誰かと一緒に、美味しく食べたいと思えるようになったのは、タクヤがきてからだ。
「……また、教えてくれますか?」
「もちろん。サラと作ると楽しいからね」
タクヤからは、反応が新鮮で面白いよ、と笑いながら言われたが、褒めているのか、貶しているのか、よく分からなかった。
* * * * *
冬のお風呂は格別だ。冷えた身体の芯から温まる。のんびりと湯船に浸かっている時間は、考え事をするにはうってつけだ。今日はなんとなく、タクヤのことが頭に浮かんだ。
タクヤは、わたしといたいと言ってくれた。雰囲気はふわふわしてるのに、意外としっかり者の、ちょっと変わった人。
タクヤが契約書にサインした時は、本当にサインしちゃったよこの人、と思ったものだ。あれから季節が1つ過ぎ去っても、タクヤがここを出て行く気配はなかった。契約という縛りの中にも、抜け道ならいくらでもあるはず…。
「まぁ、考えてもわかんないや」
いくら真冬でも、このままではのぼせてしまうと思い、お風呂から出た。湯冷めしないよう手早く着替えて、タクヤがいる部屋へと戻る。
タクヤは夕食を食べてから、あの薬草の本を広げて勉強していることが多い。今日は、わたしが面白かったとオススメした本を読んでいた。冬籠りの前に、ゴードンからまとめて購入したうちの1冊だ。
「あ、出てきたんだね。ここ座って」
タクヤが本を片付けて、席から立ち上がる。わたしはそのまま、手前の椅子に座った。はじめの頃は申し訳ないと思っていたが、慣れとは恐ろしいもので、今ではタクヤに乾かしてもらうのが習慣になっている。
「お願いします」
「はーい」
タクヤの手つきは優しくて安心する。さすがにもう泣くことはないが、心がポカポカするのは今も変わらない。
「今日は一段と冷えるね」
先程から、風が強くなってきていて、窓もガタガタと音をたてている。この天気だと、明日はかなり雪が積もっているかもしれない。
「あったかくして寝ないといけませんね」
「………一緒に寝る?」
「ふぇ?!」
わたしの顔を覗き込んできたタクヤと目が合う。タクヤの大きな瞳に目を奪われたのと、タクヤの言葉の衝撃で、完全に固まってしまった。そのとき、右耳から、フッと笑うタクヤの声がした。
「冗談だよ」
「かっ、からかわないでください!」
タクヤの手つきが、普段よりちょっとだけ乱暴だった気がしたけど、わたしの頭の中はそれどころじゃなくて、タクヤには何も言えなかった。
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