準備
短め更新です。
帰宅後、タクヤと昼ご飯を食べながら、今日買う物について相談をした。
「何を買うかは、タクヤさんにお任せします」
「了解」
ゴードンから食料や調味料を買うのも、タクヤに任せている。すでに台所には、わたしの知らない調味料が複数並んでいて、踏み込んではいけない領域に達してしまっているようにさえ感じられた。それが、タクヤがこの家に根付いているような気がして、少し嬉しいのだ。本人には言えないけど。
それでも、お互いの身の上話は避けていた。踏み込まないからこそ、居心地がいいのかもしれない。
――いや、踏み込む勇気がないと言うべきなのか。
「もうじき冬になるので、冬物の服も買いましょうね」
* * * * *
いつもの時間に、ドアがノックされる。扉を開けるとゴードンが立っていて、荷台には先週頼んでおいた冬服や毛布が積まれていた。毛布を頼んだ記憶はないので、おそらくゴードンが気を利かせて持ってきてくれたのだろう。
あーだこーだ言いながらタクヤの服を探す。スタイル良し、顔良しのタクヤは、なにを着ても似合う。
「うーん、白もいいけど、こっちのグレーも似合うな…。どっちが着やすいですか?」
「サイズが合うのはこっち」
タクヤが指さしたのは、白のセーターだ。
「じゃあこれにしましょう!次はアウターですね」
「サラ、なんだか楽しそうだ」
タクヤだって、服を選ぶことにまんざらでもなさそうな顔をしている。
「楽しいですよ。人の服を選ぶなんて、ほとんどやったことがないですからね」
「だからって、そんなにあれこれ買わなくても…」
「これは、タクヤさんの労働の対価です。タクヤさんのおかげで、わたしは楽ができているし、稼ぎだって増えました。増えた分は、タクヤさんが稼いでくれた分ですから、きちんと還元させていただきます!」
契約したとはいえ、その辺はきっちりしなければならない。それに、お金は揉め事の種になると聞いたことがある。人と揉めたことないから知らないけど…。
「それに、あれこれなんて買ってません!ちゃんと考えてます」
湯水のようにお金を使っていると思われているなら、心外である。これでも、ある程度貯金ができるように、きちんと管理しているつもりだ。
「そっか。ありがとう」
* * * * *
毛布も買って、食料や薪も買い揃えた。やり取りする薬も、タクヤが手伝ってくれるおかげでかなり増え、金が入っている袋の重みも段違いだ。
「これが今週の分だ」
「ありがとうございます」
ゴードンが少しかがんで、わたしのことを手招きするので、そっと近づいた。
「上手くいってるみたいだな」
ゴードンとわたしの視線が、自然とタクヤの方に向く。タクヤは、先程買った食材を、すべて棚にしまっているところだった。
「はい!」
本当にありがたく思っているのだ。もうタクヤがいないことが考えられないくらい、彼との生活が馴染んできている。
「前に比べて表情が明るくなったな。安心したよ」
ゴードンはそう言って、荷台の方へと戻ろうとするが、ふいにこちらを振り返った。
「そうだ。あと1ヶ月もすれば冬籠りのスケジュールになるから、また頼むな」
「分かりました」
そこに片付けが終わったタクヤが戻ってきた。
「冬籠りってなに?」
「冬籠りっていうのは…」
冬になると、生えている薬草が限られてくるし、雪もそれなりに積もるので、あまり森には行かず、家で過ごすことが多くなる。ゴードンも、雪の中の森は動きづらいので、なるべく雪が少ないタイミングを狙ってきてくれるのだ。
しかし、雪は定期的に止むわけではないので、今までのように日にちを決めてこちらに来ることが難しくなる。不定期、といえば分かりやすいが、要するに、いつ来られるか分からない、ということだ。
「食材切らさないように気をつけろよ、タクヤ」
「任せてください!」
今年は、力強い味方がいるみたいだ。
* * * * *
後日、わたしとタクヤは、冬籠りに向けた準備をしていた。普段よりも薬を多めに作って、ゴードンに渡さなければならないからだ。2人でカゴいっぱいに薬草を集めて、ひたすら薬にしていく。
「サラ、疲れてない?」
「大丈夫ですよ。タクヤさんこそ、腕疲れてませんか?」
「うん、僕は平気」
タクヤはさっきから、薬を永遠にすり潰す作業をしている。わたしなら気が遠くなりそうなのに、嫌な顔ひとつせずやってくれるのだ。わたしはその横で、大鍋に沈んだ薬草の様子見である。量があるため、鍋も2つ使っていた。
お互い真剣な表情で作業を進めること数時間。
「終わったー!」
「はぁ、さすがに疲れたね。全部手作業だからな」
「これだけの量を作ったのは、生まれてはじめてですよ。ありがとうございました」
作業台の上に乗り切らないほどの薬を作った。最近は夜更かしをしていなかったが、今回は真夜中まで作業をしなければ終わらなかったのだ。
「ゴードンさんが見たらびっくりしますね」
「どんな顔するかな」
翌日、ゴードンの顎が外れそうなくらい、あんぐりと口を開けた様子を見て、タクヤと一緒に大笑いしたのだった。
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